第6話 謀略 -Trojan horse-
C.E.173年、5月15日――
一つの巨大な要塞と、それを護衛する6隻からなる艦隊が木星を目指していた。
そのうちの1隻の艦内にて、とある隊長が一人の男に指示していた。
「おそらく同盟軍の艦隊とともにキャプテン・インパルスの海賊団も現れるだろう。
そこでだ、今回は君にインパルスの暗殺をやってもらいたい」
インパルスが同盟軍の仲間であることは、同盟の捕虜からの尋問で判明したことだった。
本名を聞きだす前に死亡してしまい、不明であるものの、
海賊団壊滅のチャンスと見た隊長はインパルス暗殺計画を立てていたのである。
「ははっ、隊長。必ずやインパルスの首を差し出してごらんに入れましょう」
答えたのは、ロジャー・ダルトンという情報工作の専門家で、これまで参加した艦隊戦にて少なからず功績をたてた男である。
「期待しているぞ、ダルトン」
ユグドラシルが貴様の墓場だ、インパルス…隊長は不敵な笑みを立てた。
機動戦士ガンダムSEED Reborn 第6話
謀略 -Trojan horse-
「クロムウェル主席、敵の要塞がこちらに向かっているとのことだがどうなされるのか」
ホルスト・ワンの議会で、議員から質問を受けるクロムウェル。
「国民全員を、木星のガス・ラピュタに避難させる」
ガス・ラピュタとは木星の大気圏内に浮遊するガス田で、木星内に数箇所存在する。
ホルスト市は木星の資源採掘の前線基地で、いわゆる炭鉱都市としての性格をもつ。
しかしその後時代を経るにつれて農業地区や工業地区も充実し、小国家として十分機能するほどのインフラを備えていった。
「それは良いのですが、はたして国民全員避難できるかどうか…」
「とにかく事態は一刻を争う、早急に実行するとしよう」
各コロニーにて、貨物船への避難を呼びかける誘導員の声が響き渡った。
冷静に貨物船のドックに向かう民衆もいれば、パニックで殺到し、負傷者を発生させる民衆もあり、コロニーによってまちまちだった。
やがて、ホルストのコロニーから国民を乗せた貨物船が次々と木星に降下していく。
その様はさながら地表に降り注ぐ流星群のようであった。
一方、同盟軍艦隊も軍港を次々と飛び立っていった。
ドレイク提督は、旗艦ネブカドネザルにて自分の艦隊を指揮していた。
「同盟成立後の未曾有の危機か。さて、我々はこの試練を乗り越えられるかどうか…」
ドレイクは独語したが、声が小さかったのかブリッジのクルーには聞こえていなかった。
要塞ユグドラシルの内部にて、強大な兵器を得たザフトの兵士たちは士気が最高潮に達していたかに見えた。
その様子を、緑色のザフトの制服を着た一人の女性士官が見渡す。
「内部には潜入できたけど、コンピュータ室へはどこに行けばいいのやら」
彼女は正確にはザフトの士官ではない。名前はアウィルダ・ブロスナンといい、ザフトに潜入した同盟軍のスパイである。
潜入先のアーモリーにて要塞建設の情報を入手し、要塞配属となるよう情報を改ざんし、要塞内に侵入することが出来たのだった。
おそらく木星へと侵攻し、ジェネシスでコロニーを破壊するだろうと考えたアウィルダは、
せっかく要塞に潜入出来たのだから、せめて敵の内部から味方の利になるよう行動したいところだった。
「気分は一寸法師って感じね」
彼女が一寸法師なら、この巨大な機動要塞は鬼、同盟のコロニーは鬼に襲われる姫、
そういう風に例えられるだろう、と彼女は思った。
「それにしても、ナギ…元気にしているのかしら」
同じ同盟軍の士官であるナギ・アスカとアウィルダとは恋愛関係であるが、諜報の任務でもう一年も彼とは会っていない。
でも彼女は、いまだにナギを愛していた。
一年前、スパイとしての出発の前夜、二人きりで過ごした夜を思い出す。
「アウィルダ…やっぱり行ってしまうのかい?」
「仕方ないわ、これも任務だから」
ベッドに入ったナギとアウィルダが口をつけ、舌を絡ませあう。
「ザフトにバレたら、身包みはがされて首吊りにされるかもしれない。それでもいいのかい」
「わたしだって軍人なのよ、ナギ。それくらい覚悟はできてるわ…」
お互いの体がせめぎあい、息が荒くなる。それと同時に、一緒に味わってきた、いつもの感じがこみ上げてくる。
「そういえば、君の料理は誰よりも旨いな。しばらく食べられなくなるのが心残りだよ」
「フフッ、無事に帰れたら、いつでも振舞ってあげる」
二人は再び接吻を交わす。お互いいつまでも溺れていたい…そんな思いが部屋の熱気を充満させていった。
でも今は、敵の陣地の中。アウィルダは鬼から姫を救うよう、腹の中を突かなければならないのだ。
アウィルダはふと、天井を見上げる。そこには排気口のふたがあった。
「あそこからならいけそうね」
アウィルダは辺りを見回し、人が一人もいないことを確認して静かに排気口までよじ登り、ふたを開けて中に入った。
そんなアウィルダも、今ナギが戦場のさなかに到達しようとしていることを知る由も無かった。
同盟軍艦隊に先駆けて木星を飛び立ったユリウス・カエサル号の内部では、セシルとシロマ、そして新しく入ったシエロが、
スパロウズ・パニックで遊んでいた。作戦開始までは何をしてても自由なのがナギの方針である。
スパロウズ・パニックとはパーティー用の玩具で、樽を模した装置の中心に海賊のフィギュアが入っている。
ルールは樽の側面にある多数のスリットにプラスチック製のナイフ型プレートを差し込んで、
先にフィギュアを飛び出させてしまったプレイヤーの負けとなる。
「じゃ、ぼくの番…」
セシルは黄色いプレートを上段のスリットに差し込む。一瞬緊張が走ったが、フィギュアは飛び出なかった。
「次はあたしの番ね」
シロマが赤いプレートを下段のスリットに差し込んだが、フィギュアは飛び出ない。
「次はシエロの番…」
「なんでおれがこんなのやらなきゃなんないんだよ」
シエロは不満そうな表情をしていた。
「なんか仕事ないのかよ」
「だって仕事は作戦開始からだし、それまでは何をしててもいいってのが船長の方針だよ」
「たくさんいたほうが楽しいもんね、セシルちゃん」
シエロはあきれ、ため息をついた。
「はいはい、わかったよ。やればいいんでしょ」
シエロが青いプレートを手に取り、中段のスリットに差し込む。それでもフィギュアは飛び出さない。
「おいセシル、お前の番だぞ」
シエロが言ったとき、オシリス・カルテットの一人ボルが割り込んできた。
「おっ、お前ら。楽しそうなのやってるじゃないか」
「はい、スパロウズ・パニックっていうおもちゃで」
「おれにもちょっとやらせてくれよ」
「あ、ちょっと…」
ボルは白色のプレートをつまむと、上段のスリットに差し込んだ。すると、フィギュアが勢いよくとびだした。
「これって、おれの負けなのかい」
ボル以外の三人は、黙ってうなずいた。気まずそうな空気が蔓延したな、とボルは悟った。
「じゃ、おれはバルたち待たせてるんでな、あばよ」
ボルは一目散にその場から離れた。
「くっだらね、おれも離れさせてもらうぜ」
シエロが席から立ち上がると、部屋から出て行ってしまった。
「結局、二人になっちゃったね。シロマ」
「いいじゃない、セシルちゃん。またスパロウズ・パニックやろう」
一方、ブリッジでは些細な作戦が実行に移されていた。
「よし、ガラクタを発進させろ」
ユリウス・カエサルから戦闘機型のモビルアーマーが発進する。
下部には巨大なミサイルを搭載しており、無人で運転するように設定してある。
耐用年数を越えた軍のお下がりであるため、便宜上ガラクタと呼んでいる。
やがて、モビルアーマーが要塞をミサイルの射程距離内に収めると、立ち止まり、ミサイルを発射した。
ジェットノズルの上部につけられたフラッシュガンが点滅する。
「どうやら発射したようだ」
スクリーンに映し出される光の点滅が、ミサイルを発射したことをブリッジのクルーに知らせる。
「核には劣るものの、コロニーを一撃で半壊させる極低周波ミサイルだ。直撃すれば要塞とてひとたまりもないだろう」
ナギは遠くのモビルアーマーからの報告を待った。
ミサイルは要塞のセンサーに補足されていた。
「敵モビルアーマーからのミサイル攻撃!迎撃しますか」
「放っておけ、ユグドラシルからすれば蚊に刺されたも同然だ」
低周波ミサイルが要塞の外壁に直撃する。しかし、かすり傷ひとつもない。
モビルアーマーのフラッシュガンが再び点滅し始めた。
「やはりな、要塞はフェイズシフト装甲で守られているようだ」
「まさに鬼に金棒、勝算は少なそうですね」
セリヌンティアスがロボット特有の無機質な声で述べる。
「どうなさいますか?ナギ船長。木星が射程距離内に入るまであと48時間ですよ」
「さあな、今のところは星を眺めながら考えるさ」
突然、前方に遭難船が救助信号を発信していることをエステルが告げた。
「見逃すわけにもいくまい、救助しよう」
ナギはそう指示すると、遭難船に接舷し、手の空いたクルーが中の人を救助した。
乗組員はたった一人だったが、健康状態に問題はなさそうに見えた。
「もう丸二日食事を口にしてない、なんか食べさせてくれないか」
クルーのひとりが男を食堂へと連れて行った。
そこでは、多数のクルーが酒が注がれたジョッキを片手にどんちゃん騒ぎを起こしていた。
「よーし、飲め飲め」
「もう死んで飲めなくなっちまうかもしれねえんだ、今だけでも酒を味わっておこうぜ」
あるクルーが酒を飲もうとすると、同じような顔のクルーが脅かせ、口に含んだ酒を噴出す。
「げえっ、おれがもう一人いる」
そのクルーがあごの辺りを掴むと、分厚い皮のようなものがはがれ、本当の顔を出す。
「なんだよ、びっくりさせるなよ」
「ちょっとフェイスメーカーってやつで脅かしてみたくてね」
「それにしてもこのマスク、精巧に出来てるなぁ」
クルーは皆陽気なことだ、と男は思った。何かをたくらんでいるかのような不敵な笑みを浮かべて。
突然、後ろから肩をかけられる。
「あんたも助かったんだろ?生還祝いだ、一緒に飲もうぜ」
フリオニールが酒の注がれたジョッキを男に手渡す。
「いや、わたしはあんまり酒は…」
「いいから飲めよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
男は一気にジョッキ一杯の酒を飲み干した。
「いやぁ、旨いね。こんなに酒が旨いの久しぶりだ」
「そうだろ?もう一杯いけよ」
フリオニールが二杯目を手渡す。男は今度は豪快に飲み干した。
「ああ旨かった。なんだか眠くなってきたなぁ…」
「もうおしまいかい?じゃあ寝てな」
「おやすみ…」
男はその場に突っ伏し、眠りに着いた。
ブリッジでは、ナギがぼーっと窓ガラスの星界を見つめている。そこに誰かが入ってくる。
「フリオニール、入ります」
「ああ、何か用か?フリオニール」
フリオニールがナギのそばに近づいた。
「ちょっと船内にゴキブリが入り込んでましてね、今大人しくさせたところですよ」
ナギが眉を吊り上げた。
「ザフトの暗殺者か」
「ええ、まあ。あの遭難した人、二日間何も食べてないって言ってましたが、ゴミ箱にはまだ新品の食糧が大量に捨てられてました。
おそらく船長とかを暗殺するために乗り込んできたのでしょう。とりあえず睡眠薬仕込んだ酒を飲ませましたがね」
「何時間くらい寝ていられる?」
「まあ、この戦闘が終わる頃には目を覚ますでしょうよ」
ここで、ナギが何かを閃いたようだ。
「そうだ、そいつをフェイスメーカーにかけてくれ。ちょっといいこと思いついたんでな」
一方、こちらはザフトの護衛艦隊。とある戦艦の艦橋で、以前暗殺を目論んだ隊長が報告を待っていた。
その戦艦に通信が入った。ロジャー・ダルトンからである。
「隊長、キャプテン・インパルスを暗殺いたしました。
ただいまより帰還したいところですが、船が故障しちゃったんで救助に来てください」
「そうか、わかった」
隊長はオペレーターに要塞にキャプテン・インパルス暗殺成功の報告とダルトンの救助の許可をとるように指示した。
要塞からは同盟艦隊が近づいているから速やかに救助するようにとの通信がとどいた。
「よし、ダルトンのところへ向かう」
一隻の戦艦が艦隊から離脱し、ダルトンの船に向かって発進した。
6時間後、ダルトンの船のところまでたどり着くと、隣には私掠船ユリウス・カエサルがうち捨てられていた。
「インパルスもこれで終わったか。とにかくダルトンを救出しろ」
ザフトの戦艦が接舷し、ハッチをあけると中から武装した兵士が銃を乱射しながら乱入してくる。
全くの無防備だったザフト兵はそのまま銃撃に斃れていく。
「隊長!艦内に敵侵入!」
「くっ、罠だったのか!総員迎え撃て!!」
ザフトの兵士が全員、中に侵入した敵の排除のために立ち上がるが、煙が蔓延し倒れていく。
「隊長…催眠ガスです」
「お、おのれ…」
隊長始め、ブリッジのクルー全員が意識を失った。
「あと36時間で射程距離に入ります、船長」
セリヌンティアスが残り時間をナギに告げる。
「今度はザフトのクルーに化け、要塞内に侵入し、フェイズシフト装甲を解除する」
「ナギ様、危険すぎます」
セリヌンティアスが単身潜入しようとするナギをとめようとする。
「どうせ36時間たったらおれたちの負けだ。危険なんてどうってことないさ」
ナギが済ました顔で返事を返すと、フリオニールが寄ってくる。
「船長、おれも同行します。子供の頃鬼ごっこが得意でしてね」
「いいだろう、だが今回は命がけの鬼ごっこだ」
「分かってますって」
ナギは、戦艦内部のクルーには全員ユリウス・カエサルに戻るように告げ、ティーチには同盟艦隊に加わるよう通信で指示した。
要塞ユグドラシル内では、アウィルダが見張りの兵士一人を麻酔銃で眠らせ、コンピュータ室に潜入した。
「とりあえずこの要塞の弱点を探らないと…」
アウィルダは忙しくコンソールを叩き始めた。画面にはさまざまな情報が表示される。
「あった、これだわ」
アウィルダは要塞がフェイズシフト装甲で守られていることを突き止め、装置の場所も割り出した。
「とにかく急いでフェイズシフトを解除しないと、同盟の勝機は無い」
彼女は再び排気口へと入っていった。排気口の中は狭く、暗いが文句は言っていられない。
突然、目の前に鼠が現れ、彼女は驚いてしまい、排気口の中を強く叩いてしまう。
下の部屋ではザフトの兵士たちが驚き、上を見上げる。
「誰かいるのか!」
(しまった…)
もはやこれまでか…とアウィルダは思った。
「なんだ、気のせいか」
兵士たちは何気ない表情で再びすわる。アウィルダはほっとした。
「待ってて、今フェイズシフトを解除しに行くわ」
アウィルダは再び、静かに前へと進み始めた。
要塞のオペレーター室では、先ほど救助に向かった戦艦から報告が入っていた。
「救助に向かいましたが、残党の奇襲を受け、残り2名しかいないとの報告です。
生存者も負傷しており、治療を受けたいとのことです」
「なんだと、最後の最後でしくじりおって。まあいい、怪我しているんだ、入れてやれ」
オペレーターは戦艦に入港の許可を出した。戦艦がユグドラシルの中に入っていく。
その戦艦の内部では、隊長に扮したナギ・アスカと生存者の兵士に扮したフリオニールが会話していた。
「いよいよっすね、緊張します」
「とにかく一発勝負だ、ぬかるんじゃねえぞ」
同盟軍艦隊は、要塞を肉眼で確認できるほどまでに接近していた。
「あれが、要塞ユグドラシル…」
ドレイク提督は窓ガラスの向こうに映る要塞に、息を呑んだ。
「そろそろですね、我々同盟の命運をかけた戦いが…」
「そうだな、我々はなんとしてでも要塞を破壊しなければならない」
同盟軍の艦艇は、どこもかしこも異様な緊迫感に包まれていた。
残り24時間、後世に「ユグドラシル戦役」と呼ばれる戦いが、今火蓋を切って落とされようとしていた。
第7話に続く。
一つの巨大な要塞と、それを護衛する6隻からなる艦隊が木星を目指していた。
そのうちの1隻の艦内にて、とある隊長が一人の男に指示していた。
「おそらく同盟軍の艦隊とともにキャプテン・インパルスの海賊団も現れるだろう。
そこでだ、今回は君にインパルスの暗殺をやってもらいたい」
インパルスが同盟軍の仲間であることは、同盟の捕虜からの尋問で判明したことだった。
本名を聞きだす前に死亡してしまい、不明であるものの、
海賊団壊滅のチャンスと見た隊長はインパルス暗殺計画を立てていたのである。
「ははっ、隊長。必ずやインパルスの首を差し出してごらんに入れましょう」
答えたのは、ロジャー・ダルトンという情報工作の専門家で、これまで参加した艦隊戦にて少なからず功績をたてた男である。
「期待しているぞ、ダルトン」
ユグドラシルが貴様の墓場だ、インパルス…隊長は不敵な笑みを立てた。
機動戦士ガンダムSEED Reborn 第6話
謀略 -Trojan horse-
「クロムウェル主席、敵の要塞がこちらに向かっているとのことだがどうなされるのか」
ホルスト・ワンの議会で、議員から質問を受けるクロムウェル。
「国民全員を、木星のガス・ラピュタに避難させる」
ガス・ラピュタとは木星の大気圏内に浮遊するガス田で、木星内に数箇所存在する。
ホルスト市は木星の資源採掘の前線基地で、いわゆる炭鉱都市としての性格をもつ。
しかしその後時代を経るにつれて農業地区や工業地区も充実し、小国家として十分機能するほどのインフラを備えていった。
「それは良いのですが、はたして国民全員避難できるかどうか…」
「とにかく事態は一刻を争う、早急に実行するとしよう」
各コロニーにて、貨物船への避難を呼びかける誘導員の声が響き渡った。
冷静に貨物船のドックに向かう民衆もいれば、パニックで殺到し、負傷者を発生させる民衆もあり、コロニーによってまちまちだった。
やがて、ホルストのコロニーから国民を乗せた貨物船が次々と木星に降下していく。
その様はさながら地表に降り注ぐ流星群のようであった。
一方、同盟軍艦隊も軍港を次々と飛び立っていった。
ドレイク提督は、旗艦ネブカドネザルにて自分の艦隊を指揮していた。
「同盟成立後の未曾有の危機か。さて、我々はこの試練を乗り越えられるかどうか…」
ドレイクは独語したが、声が小さかったのかブリッジのクルーには聞こえていなかった。
要塞ユグドラシルの内部にて、強大な兵器を得たザフトの兵士たちは士気が最高潮に達していたかに見えた。
その様子を、緑色のザフトの制服を着た一人の女性士官が見渡す。
「内部には潜入できたけど、コンピュータ室へはどこに行けばいいのやら」
彼女は正確にはザフトの士官ではない。名前はアウィルダ・ブロスナンといい、ザフトに潜入した同盟軍のスパイである。
潜入先のアーモリーにて要塞建設の情報を入手し、要塞配属となるよう情報を改ざんし、要塞内に侵入することが出来たのだった。
おそらく木星へと侵攻し、ジェネシスでコロニーを破壊するだろうと考えたアウィルダは、
せっかく要塞に潜入出来たのだから、せめて敵の内部から味方の利になるよう行動したいところだった。
「気分は一寸法師って感じね」
彼女が一寸法師なら、この巨大な機動要塞は鬼、同盟のコロニーは鬼に襲われる姫、
そういう風に例えられるだろう、と彼女は思った。
「それにしても、ナギ…元気にしているのかしら」
同じ同盟軍の士官であるナギ・アスカとアウィルダとは恋愛関係であるが、諜報の任務でもう一年も彼とは会っていない。
でも彼女は、いまだにナギを愛していた。
一年前、スパイとしての出発の前夜、二人きりで過ごした夜を思い出す。
「アウィルダ…やっぱり行ってしまうのかい?」
「仕方ないわ、これも任務だから」
ベッドに入ったナギとアウィルダが口をつけ、舌を絡ませあう。
「ザフトにバレたら、身包みはがされて首吊りにされるかもしれない。それでもいいのかい」
「わたしだって軍人なのよ、ナギ。それくらい覚悟はできてるわ…」
お互いの体がせめぎあい、息が荒くなる。それと同時に、一緒に味わってきた、いつもの感じがこみ上げてくる。
「そういえば、君の料理は誰よりも旨いな。しばらく食べられなくなるのが心残りだよ」
「フフッ、無事に帰れたら、いつでも振舞ってあげる」
二人は再び接吻を交わす。お互いいつまでも溺れていたい…そんな思いが部屋の熱気を充満させていった。
でも今は、敵の陣地の中。アウィルダは鬼から姫を救うよう、腹の中を突かなければならないのだ。
アウィルダはふと、天井を見上げる。そこには排気口のふたがあった。
「あそこからならいけそうね」
アウィルダは辺りを見回し、人が一人もいないことを確認して静かに排気口までよじ登り、ふたを開けて中に入った。
そんなアウィルダも、今ナギが戦場のさなかに到達しようとしていることを知る由も無かった。
同盟軍艦隊に先駆けて木星を飛び立ったユリウス・カエサル号の内部では、セシルとシロマ、そして新しく入ったシエロが、
スパロウズ・パニックで遊んでいた。作戦開始までは何をしてても自由なのがナギの方針である。
スパロウズ・パニックとはパーティー用の玩具で、樽を模した装置の中心に海賊のフィギュアが入っている。
ルールは樽の側面にある多数のスリットにプラスチック製のナイフ型プレートを差し込んで、
先にフィギュアを飛び出させてしまったプレイヤーの負けとなる。
「じゃ、ぼくの番…」
セシルは黄色いプレートを上段のスリットに差し込む。一瞬緊張が走ったが、フィギュアは飛び出なかった。
「次はあたしの番ね」
シロマが赤いプレートを下段のスリットに差し込んだが、フィギュアは飛び出ない。
「次はシエロの番…」
「なんでおれがこんなのやらなきゃなんないんだよ」
シエロは不満そうな表情をしていた。
「なんか仕事ないのかよ」
「だって仕事は作戦開始からだし、それまでは何をしててもいいってのが船長の方針だよ」
「たくさんいたほうが楽しいもんね、セシルちゃん」
シエロはあきれ、ため息をついた。
「はいはい、わかったよ。やればいいんでしょ」
シエロが青いプレートを手に取り、中段のスリットに差し込む。それでもフィギュアは飛び出さない。
「おいセシル、お前の番だぞ」
シエロが言ったとき、オシリス・カルテットの一人ボルが割り込んできた。
「おっ、お前ら。楽しそうなのやってるじゃないか」
「はい、スパロウズ・パニックっていうおもちゃで」
「おれにもちょっとやらせてくれよ」
「あ、ちょっと…」
ボルは白色のプレートをつまむと、上段のスリットに差し込んだ。すると、フィギュアが勢いよくとびだした。
「これって、おれの負けなのかい」
ボル以外の三人は、黙ってうなずいた。気まずそうな空気が蔓延したな、とボルは悟った。
「じゃ、おれはバルたち待たせてるんでな、あばよ」
ボルは一目散にその場から離れた。
「くっだらね、おれも離れさせてもらうぜ」
シエロが席から立ち上がると、部屋から出て行ってしまった。
「結局、二人になっちゃったね。シロマ」
「いいじゃない、セシルちゃん。またスパロウズ・パニックやろう」
一方、ブリッジでは些細な作戦が実行に移されていた。
「よし、ガラクタを発進させろ」
ユリウス・カエサルから戦闘機型のモビルアーマーが発進する。
下部には巨大なミサイルを搭載しており、無人で運転するように設定してある。
耐用年数を越えた軍のお下がりであるため、便宜上ガラクタと呼んでいる。
やがて、モビルアーマーが要塞をミサイルの射程距離内に収めると、立ち止まり、ミサイルを発射した。
ジェットノズルの上部につけられたフラッシュガンが点滅する。
「どうやら発射したようだ」
スクリーンに映し出される光の点滅が、ミサイルを発射したことをブリッジのクルーに知らせる。
「核には劣るものの、コロニーを一撃で半壊させる極低周波ミサイルだ。直撃すれば要塞とてひとたまりもないだろう」
ナギは遠くのモビルアーマーからの報告を待った。
ミサイルは要塞のセンサーに補足されていた。
「敵モビルアーマーからのミサイル攻撃!迎撃しますか」
「放っておけ、ユグドラシルからすれば蚊に刺されたも同然だ」
低周波ミサイルが要塞の外壁に直撃する。しかし、かすり傷ひとつもない。
モビルアーマーのフラッシュガンが再び点滅し始めた。
「やはりな、要塞はフェイズシフト装甲で守られているようだ」
「まさに鬼に金棒、勝算は少なそうですね」
セリヌンティアスがロボット特有の無機質な声で述べる。
「どうなさいますか?ナギ船長。木星が射程距離内に入るまであと48時間ですよ」
「さあな、今のところは星を眺めながら考えるさ」
突然、前方に遭難船が救助信号を発信していることをエステルが告げた。
「見逃すわけにもいくまい、救助しよう」
ナギはそう指示すると、遭難船に接舷し、手の空いたクルーが中の人を救助した。
乗組員はたった一人だったが、健康状態に問題はなさそうに見えた。
「もう丸二日食事を口にしてない、なんか食べさせてくれないか」
クルーのひとりが男を食堂へと連れて行った。
そこでは、多数のクルーが酒が注がれたジョッキを片手にどんちゃん騒ぎを起こしていた。
「よーし、飲め飲め」
「もう死んで飲めなくなっちまうかもしれねえんだ、今だけでも酒を味わっておこうぜ」
あるクルーが酒を飲もうとすると、同じような顔のクルーが脅かせ、口に含んだ酒を噴出す。
「げえっ、おれがもう一人いる」
そのクルーがあごの辺りを掴むと、分厚い皮のようなものがはがれ、本当の顔を出す。
「なんだよ、びっくりさせるなよ」
「ちょっとフェイスメーカーってやつで脅かしてみたくてね」
「それにしてもこのマスク、精巧に出来てるなぁ」
クルーは皆陽気なことだ、と男は思った。何かをたくらんでいるかのような不敵な笑みを浮かべて。
突然、後ろから肩をかけられる。
「あんたも助かったんだろ?生還祝いだ、一緒に飲もうぜ」
フリオニールが酒の注がれたジョッキを男に手渡す。
「いや、わたしはあんまり酒は…」
「いいから飲めよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
男は一気にジョッキ一杯の酒を飲み干した。
「いやぁ、旨いね。こんなに酒が旨いの久しぶりだ」
「そうだろ?もう一杯いけよ」
フリオニールが二杯目を手渡す。男は今度は豪快に飲み干した。
「ああ旨かった。なんだか眠くなってきたなぁ…」
「もうおしまいかい?じゃあ寝てな」
「おやすみ…」
男はその場に突っ伏し、眠りに着いた。
ブリッジでは、ナギがぼーっと窓ガラスの星界を見つめている。そこに誰かが入ってくる。
「フリオニール、入ります」
「ああ、何か用か?フリオニール」
フリオニールがナギのそばに近づいた。
「ちょっと船内にゴキブリが入り込んでましてね、今大人しくさせたところですよ」
ナギが眉を吊り上げた。
「ザフトの暗殺者か」
「ええ、まあ。あの遭難した人、二日間何も食べてないって言ってましたが、ゴミ箱にはまだ新品の食糧が大量に捨てられてました。
おそらく船長とかを暗殺するために乗り込んできたのでしょう。とりあえず睡眠薬仕込んだ酒を飲ませましたがね」
「何時間くらい寝ていられる?」
「まあ、この戦闘が終わる頃には目を覚ますでしょうよ」
ここで、ナギが何かを閃いたようだ。
「そうだ、そいつをフェイスメーカーにかけてくれ。ちょっといいこと思いついたんでな」
一方、こちらはザフトの護衛艦隊。とある戦艦の艦橋で、以前暗殺を目論んだ隊長が報告を待っていた。
その戦艦に通信が入った。ロジャー・ダルトンからである。
「隊長、キャプテン・インパルスを暗殺いたしました。
ただいまより帰還したいところですが、船が故障しちゃったんで救助に来てください」
「そうか、わかった」
隊長はオペレーターに要塞にキャプテン・インパルス暗殺成功の報告とダルトンの救助の許可をとるように指示した。
要塞からは同盟艦隊が近づいているから速やかに救助するようにとの通信がとどいた。
「よし、ダルトンのところへ向かう」
一隻の戦艦が艦隊から離脱し、ダルトンの船に向かって発進した。
6時間後、ダルトンの船のところまでたどり着くと、隣には私掠船ユリウス・カエサルがうち捨てられていた。
「インパルスもこれで終わったか。とにかくダルトンを救出しろ」
ザフトの戦艦が接舷し、ハッチをあけると中から武装した兵士が銃を乱射しながら乱入してくる。
全くの無防備だったザフト兵はそのまま銃撃に斃れていく。
「隊長!艦内に敵侵入!」
「くっ、罠だったのか!総員迎え撃て!!」
ザフトの兵士が全員、中に侵入した敵の排除のために立ち上がるが、煙が蔓延し倒れていく。
「隊長…催眠ガスです」
「お、おのれ…」
隊長始め、ブリッジのクルー全員が意識を失った。
「あと36時間で射程距離に入ります、船長」
セリヌンティアスが残り時間をナギに告げる。
「今度はザフトのクルーに化け、要塞内に侵入し、フェイズシフト装甲を解除する」
「ナギ様、危険すぎます」
セリヌンティアスが単身潜入しようとするナギをとめようとする。
「どうせ36時間たったらおれたちの負けだ。危険なんてどうってことないさ」
ナギが済ました顔で返事を返すと、フリオニールが寄ってくる。
「船長、おれも同行します。子供の頃鬼ごっこが得意でしてね」
「いいだろう、だが今回は命がけの鬼ごっこだ」
「分かってますって」
ナギは、戦艦内部のクルーには全員ユリウス・カエサルに戻るように告げ、ティーチには同盟艦隊に加わるよう通信で指示した。
要塞ユグドラシル内では、アウィルダが見張りの兵士一人を麻酔銃で眠らせ、コンピュータ室に潜入した。
「とりあえずこの要塞の弱点を探らないと…」
アウィルダは忙しくコンソールを叩き始めた。画面にはさまざまな情報が表示される。
「あった、これだわ」
アウィルダは要塞がフェイズシフト装甲で守られていることを突き止め、装置の場所も割り出した。
「とにかく急いでフェイズシフトを解除しないと、同盟の勝機は無い」
彼女は再び排気口へと入っていった。排気口の中は狭く、暗いが文句は言っていられない。
突然、目の前に鼠が現れ、彼女は驚いてしまい、排気口の中を強く叩いてしまう。
下の部屋ではザフトの兵士たちが驚き、上を見上げる。
「誰かいるのか!」
(しまった…)
もはやこれまでか…とアウィルダは思った。
「なんだ、気のせいか」
兵士たちは何気ない表情で再びすわる。アウィルダはほっとした。
「待ってて、今フェイズシフトを解除しに行くわ」
アウィルダは再び、静かに前へと進み始めた。
要塞のオペレーター室では、先ほど救助に向かった戦艦から報告が入っていた。
「救助に向かいましたが、残党の奇襲を受け、残り2名しかいないとの報告です。
生存者も負傷しており、治療を受けたいとのことです」
「なんだと、最後の最後でしくじりおって。まあいい、怪我しているんだ、入れてやれ」
オペレーターは戦艦に入港の許可を出した。戦艦がユグドラシルの中に入っていく。
その戦艦の内部では、隊長に扮したナギ・アスカと生存者の兵士に扮したフリオニールが会話していた。
「いよいよっすね、緊張します」
「とにかく一発勝負だ、ぬかるんじゃねえぞ」
同盟軍艦隊は、要塞を肉眼で確認できるほどまでに接近していた。
「あれが、要塞ユグドラシル…」
ドレイク提督は窓ガラスの向こうに映る要塞に、息を呑んだ。
「そろそろですね、我々同盟の命運をかけた戦いが…」
「そうだな、我々はなんとしてでも要塞を破壊しなければならない」
同盟軍の艦艇は、どこもかしこも異様な緊迫感に包まれていた。
残り24時間、後世に「ユグドラシル戦役」と呼ばれる戦いが、今火蓋を切って落とされようとしていた。
第7話に続く。
2008年08月20日(水) 00:28:20 Modified by yotman3
