[
学問・文系
-
総合
] [PR]
ゲームテンプレ続々登場!
Web文芸
二十一世紀型文芸誌
編集
履歴
添付
設定
新規ページ作成
メニュー
トップページ
最近更新したページ
ページ一覧
タグ一覧
ジジイでポン
この記事へのトラックバックURL
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
>いまどきのカッコ良い若者を描く時に「いまどきのカッコ良い若者」と書けば、それはそういう概念でしかないですが、実際に、その若者のファッションや言動を細密に描写すれば、その小説を二十年後に見たときに、ダサい、古い
、なつかしい、当時の風俗を知る歴史的資料として貴重だなどの多様な解釈が生まれる可能性がある訳です。リアリズムは面白さや笑いよりも、そちらの効果を重視した表現方法だと私は思います。
なるほど。
一応断っておけば僕はリアリズムを否定するとかそういうつもりはありません。
ただ、まあ、あまり興味はないですけど。
丁寧な説明ありがとうございます。
木棚さんは「作者の描きたい物がそれであるなら、それが正しいと私は思います」と書いていらっしゃるので、僕には特に問いただすこともなく、ただ「なるほど」とうなづくだけのコメントとなってしまいした。
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月08日(水) 17:41:17
木棚さん、コメントありがとうございます。
>「ジジイは嫌いさ。」といったときの「嫌い」といった叙情、感情の描写は作者のバイアスで描かれます。
この小節自体は、出来事を描く叙事的なものだと思います。叙情よりもはバイアスが少ないですが、叙景よりもはバイアスが掛かります。
なるほど。
確かに非人称で書かれる方が感情のバイアスは掛かるでしょうね。
その点でバイアスが多くかかっているというのはその通りだと思います。
>情景描写は読者に対して作者の意図と無関係な解釈を引き起こす可能性が高いわけです。すると「無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができる」し、「複雑なイメージ」も発生します。
なるほど。
“可能性が高い”というのはいまいちピンとこないですが、そうした可能性があるのはうなづけます。
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月08日(水) 17:39:43
いまどきのカッコ良い若者を描く時に「いまどきのカッコ良い若者」と書けば、それはそういう概念でしかないですが、実際に、その若者のファッションや言動を細密に描写すれば、その小説を二十年後に見たときに、ダサい、古い
、なつかしい、当時の風俗を知る歴史的資料として貴重だなどの多様な解釈が生まれる可能性がある訳です。リアリズムは面白さや笑いよりも、そちらの効果を重視した表現方法だと私は思います。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 19:15:29
叙景は、物語とまったく無関係に古本屋の描写を細密に描いたりします。実際にその事件が起こった古本屋に行って物語上必要が無いと思えるようなことでも細かく写生すれば、作者の意図と無関係な何かがそこに発生するかもしれません。例えば、そこにサルトルが若者達に向かってアジテーションしている本があったとしましょう。1960年に20歳の若者だった人間が、47年して67歳になっても”若者として”古本屋の店主をしているとか、人それぞれ、色んな解釈が出来るわけです。情景描写は読者に対して作者の意図と無関係な解釈を引き起こす可能性が高いわけです。すると「無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができる」し、「複雑なイメージ」も発生します。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 19:14:33
私はヒシマサルタワシさんの作品は、作者の書きたい物がこれである以上、これで良いと思います。その前提の上で。
>どのような視点を取っても感情や現実に対してバイアスはかかると思います。
とすると、いかなる点でそれを多いといい、いかなる場合で少ないというのでしょう?
僕にはよくわかりません。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/140gou.txt
「ジジイは嫌いさ。」といったときの「嫌い」といった叙情、感情の描写は作者のバイアスで描かれます。
この小節自体は、出来事を描く叙事的なものだと思います。叙情よりもはバイアスが少ないですが、叙景よりもはバイアスが掛かります。「ゴホゴホと咳なのか泣き声なのかわからない音立てて。」も老人視点ですと、そんな情けない音は立てずに、凛とした態度で接した描写になるかもしれません。
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 19:09:53
ジジイでポンは面白いものを書こうという作者の意図が明らかにあってその意味でリアリズムではないと松平さんは言いたいのではないかと私は解釈しました。
個人的には芥川の鼻とかに近いニュアンスを感じます。日常生活の細部を全部写実すれば、ほとんどは日常的で詰まらない描写がほとんどだと思います。それを描かずに、面白い所だけを描く。作者の描きたい物がそれであるなら、それが正しいと私は思います。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/frame.htm
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 18:22:39
物凄く大雑把なことを言ってしまうと、写実主義=前期自然主義は、ロマン主義・ロマン派の逆をやると。
ロマン派と言えば、幻想文学とかで、天使や妖精や小人やゴブリンや魔法が出てくる。ドラゴンクエストの元ネタの元ネタである指輪物語とか、今の日本のメジャーどころでいうとドラゴンボールとかライトノベル全般とか。
自然主義が、社会問題を正面から扱ったドキュメンタリーだとすると、写実主義は、自然主義ほど社会性や公共性を重んじないが、詰まらない日常生活をありのまま淡々と描いた橋田寿賀子の「渡る世間は鬼ばかり」とかそんな感じだと思います。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/frame.htm
Posted by 木棚環樹 2007年08月07日(火) 18:21:33
wikiのリアリズムのページ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0
「1.(美術・文学)写実主義のこと。」
wikiの写実主義のページ
「19世紀フランスではロマン主義の風潮に対抗し、ギュスターヴ・クールベが写実主義を主張した(レアリスム宣言)。
文学史上のリアリズムとしてはフランスのギュスターヴ・フローベールが知られる。」
私の書いているメルマガのバックナンバー
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/149gou.txtより
ルネッサンス・古典主義=翻訳・学術研究
↓
ロマン主義・ロマン派=創作・芸能・芸術
↓
自然主義・写実主義=ルポタージュ・ドキュメンタリー
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/frame.htm
Posted by 木棚環樹 2007年08月07日(火) 18:20:16
リアリズムは自然主義のことを指すのですか?
ホント無知なものでよくわからないです。
自然主義と呼ばれる作品ならちょっと読んだことがあります。
『蒲団』は読みました。
ただしわからないのは松平さんがどういう点を模倣することを勧めているかです。
告白形式にしろ、というのか。葛藤しろ、というのか。
それとも何か別の点で。
そこが僕にはわからないです。
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月07日(火) 15:45:08
>ヒシマサルさんの作品には、どこか、表現の幅の狭さを感じます。
もっと細かいところまで小説を描きこんでみてもよいでしょう。
うーん、“どこか”と言われても若干困りますねえ。
それに“もっと細かいところ”まで描きこむ、というのは具体的にはどういうことなのでしょうか?
どうも松平さんのコメントは漠然としていて僕にはよくわかりません。
また何をもって表現の幅が狭いのか、というのも気になります(先のバイアスに関するのと同じ疑問です)。
別に僕が自分の描くものが表現の幅が広いと思ってるわけではなくて、そういったことを全く考えることがないんです。
だからわからないんですね、どういうことなのか。
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月07日(火) 15:44:41
横光の「機械」なんかもよい作品かと思いますし、まあ、「機械」はリアリズムの作品ではないですが。
ヒシマサルさんの作品には、どこか、表現の幅の狭さを感じます。
もっと細かいところまで小説を描きこんでみてもよいでしょう。
ウィキペディアの「自然主義」の項目です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E4%B8%BB%E7%BE%A9
語り手のあり方を見直した上で、あえて、一度、こういった作品の模倣をしてみてはどうかとも思います。
Posted by 松平 2007年08月07日(火) 03:43:25
複雑なイメージ、という言葉が単純なものなのでなかなか想像しにくいですね。
どういうものでしょうか?
残念なことに僕にはこれまたよくわからないのです。
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月06日(月) 19:31:07
どのような視点を取っても感情や現実に対してバイアスはかかると思います。
とすると、いかなる点でそれを多いといい、いかなる場合で少ないというのでしょう?
僕にはよくわかりません。
個人的には無意識は無意識的に全ての言葉の中に刻まれるものだと思っています。
それは意識的に書かなくても、知らぬ間に書かれてしまうのだから気にしなくて良い、と考えています。
松平さんはどうお考えでしょうか?
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月06日(月) 19:30:48
コメントありがとうございます。
とはいえ何と返答していいやら困っています。
>語り手の語りは非常に理性的でシニカルです。
リアリズムの作品ではありませんね。
感情や現実というものに対して、バイアスが多くかかっているものと思います。
その場合、どんなふうに、無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができるかがポイントになることと思います。
正直に言って僕にはこの文章がどういうことを指すのかほとんどわからないです。
まず僕はリアリズムを知らない(もしかしたらそういった小説を読んだことがあるかもしれませんが)。
カテゴリーとして学んだこともちょっとかじったこともないのです。
ですので何か良い参考文献が教えていただきたいです。
Posted by ヒシマサルタワシ 2007年08月06日(月) 19:30:29
「なかなかこれが精密で言葉を喋ることも歌を歌うこともなんならピースサインを作ることもできる」
の部分など、表現がユニークで面白いですね。
「もや」と「もやし」がかかっていることに最初気付きませんでした。
最後の「出ていけ」は、ジジイのテリトリーから追い出され、語り手とジジイの関係が逆転することでオチとなっています。
語り手の語りは非常に理性的でシニカルです。
リアリズムの作品ではありませんね。
感情や現実というものに対して、バイアスが多くかかっているものと思います。
その場合、どんなふうに、無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができるかがポイントになることと思います。
Posted by 松平 2007年08月05日(日) 23:09:37
名前
メール
URL
コメント
、なつかしい、当時の風俗を知る歴史的資料として貴重だなどの多様な解釈が生まれる可能性がある訳です。リアリズムは面白さや笑いよりも、そちらの効果を重視した表現方法だと私は思います。
なるほど。
一応断っておけば僕はリアリズムを否定するとかそういうつもりはありません。
ただ、まあ、あまり興味はないですけど。
丁寧な説明ありがとうございます。
木棚さんは「作者の描きたい物がそれであるなら、それが正しいと私は思います」と書いていらっしゃるので、僕には特に問いただすこともなく、ただ「なるほど」とうなづくだけのコメントとなってしまいした。
>「ジジイは嫌いさ。」といったときの「嫌い」といった叙情、感情の描写は作者のバイアスで描かれます。
この小節自体は、出来事を描く叙事的なものだと思います。叙情よりもはバイアスが少ないですが、叙景よりもはバイアスが掛かります。
なるほど。
確かに非人称で書かれる方が感情のバイアスは掛かるでしょうね。
その点でバイアスが多くかかっているというのはその通りだと思います。
>情景描写は読者に対して作者の意図と無関係な解釈を引き起こす可能性が高いわけです。すると「無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができる」し、「複雑なイメージ」も発生します。
なるほど。
“可能性が高い”というのはいまいちピンとこないですが、そうした可能性があるのはうなづけます。
、なつかしい、当時の風俗を知る歴史的資料として貴重だなどの多様な解釈が生まれる可能性がある訳です。リアリズムは面白さや笑いよりも、そちらの効果を重視した表現方法だと私は思います。
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 19:15:29
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 19:14:33
>どのような視点を取っても感情や現実に対してバイアスはかかると思います。
とすると、いかなる点でそれを多いといい、いかなる場合で少ないというのでしょう?
僕にはよくわかりません。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/140gou.txt
「ジジイは嫌いさ。」といったときの「嫌い」といった叙情、感情の描写は作者のバイアスで描かれます。
この小節自体は、出来事を描く叙事的なものだと思います。叙情よりもはバイアスが少ないですが、叙景よりもはバイアスが掛かります。「ゴホゴホと咳なのか泣き声なのかわからない音立てて。」も老人視点ですと、そんな情けない音は立てずに、凛とした態度で接した描写になるかもしれません。
個人的には芥川の鼻とかに近いニュアンスを感じます。日常生活の細部を全部写実すれば、ほとんどは日常的で詰まらない描写がほとんどだと思います。それを描かずに、面白い所だけを描く。作者の描きたい物がそれであるなら、それが正しいと私は思います。
Posted by 木棚 2007年08月07日(火) 18:22:39
ロマン派と言えば、幻想文学とかで、天使や妖精や小人やゴブリンや魔法が出てくる。ドラゴンクエストの元ネタの元ネタである指輪物語とか、今の日本のメジャーどころでいうとドラゴンボールとかライトノベル全般とか。
自然主義が、社会問題を正面から扱ったドキュメンタリーだとすると、写実主義は、自然主義ほど社会性や公共性を重んじないが、詰まらない日常生活をありのまま淡々と描いた橋田寿賀子の「渡る世間は鬼ばかり」とかそんな感じだと思います。
Posted by 木棚環樹 2007年08月07日(火) 18:21:33
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0
「1.(美術・文学)写実主義のこと。」
wikiの写実主義のページ
「19世紀フランスではロマン主義の風潮に対抗し、ギュスターヴ・クールベが写実主義を主張した(レアリスム宣言)。
文学史上のリアリズムとしてはフランスのギュスターヴ・フローベールが知られる。」
私の書いているメルマガのバックナンバー
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/149gou.txtより
ルネッサンス・古典主義=翻訳・学術研究
↓
ロマン主義・ロマン派=創作・芸能・芸術
↓
自然主義・写実主義=ルポタージュ・ドキュメンタリー
Posted by 木棚環樹 2007年08月07日(火) 18:20:16
ホント無知なものでよくわからないです。
自然主義と呼ばれる作品ならちょっと読んだことがあります。
『蒲団』は読みました。
ただしわからないのは松平さんがどういう点を模倣することを勧めているかです。
告白形式にしろ、というのか。葛藤しろ、というのか。
それとも何か別の点で。
そこが僕にはわからないです。
もっと細かいところまで小説を描きこんでみてもよいでしょう。
うーん、“どこか”と言われても若干困りますねえ。
それに“もっと細かいところ”まで描きこむ、というのは具体的にはどういうことなのでしょうか?
どうも松平さんのコメントは漠然としていて僕にはよくわかりません。
また何をもって表現の幅が狭いのか、というのも気になります(先のバイアスに関するのと同じ疑問です)。
別に僕が自分の描くものが表現の幅が広いと思ってるわけではなくて、そういったことを全く考えることがないんです。
だからわからないんですね、どういうことなのか。
ヒシマサルさんの作品には、どこか、表現の幅の狭さを感じます。
もっと細かいところまで小説を描きこんでみてもよいでしょう。
ウィキペディアの「自然主義」の項目です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E4%B8%BB%E7%BE%A9
語り手のあり方を見直した上で、あえて、一度、こういった作品の模倣をしてみてはどうかとも思います。
どういうものでしょうか?
残念なことに僕にはこれまたよくわからないのです。
とすると、いかなる点でそれを多いといい、いかなる場合で少ないというのでしょう?
僕にはよくわかりません。
個人的には無意識は無意識的に全ての言葉の中に刻まれるものだと思っています。
それは意識的に書かなくても、知らぬ間に書かれてしまうのだから気にしなくて良い、と考えています。
松平さんはどうお考えでしょうか?
とはいえ何と返答していいやら困っています。
>語り手の語りは非常に理性的でシニカルです。
リアリズムの作品ではありませんね。
感情や現実というものに対して、バイアスが多くかかっているものと思います。
その場合、どんなふうに、無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができるかがポイントになることと思います。
正直に言って僕にはこの文章がどういうことを指すのかほとんどわからないです。
まず僕はリアリズムを知らない(もしかしたらそういった小説を読んだことがあるかもしれませんが)。
カテゴリーとして学んだこともちょっとかじったこともないのです。
ですので何か良い参考文献が教えていただきたいです。
の部分など、表現がユニークで面白いですね。
「もや」と「もやし」がかかっていることに最初気付きませんでした。
最後の「出ていけ」は、ジジイのテリトリーから追い出され、語り手とジジイの関係が逆転することでオチとなっています。
語り手の語りは非常に理性的でシニカルです。
リアリズムの作品ではありませんね。
感情や現実というものに対して、バイアスが多くかかっているものと思います。
その場合、どんなふうに、無意識的なものや、複雑なイメージをプラスさせることができるかがポイントになることと思います。