先日ご紹介した、賢治の「雨ニモマケズ風ニモマケズ」のなかの一文。
「一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」
この「少しの野菜」が、ちょっと引っかかったわけです。
後日、菜園にお詳しいD友のパンジーさんより、たいへん示唆的なコメントをいただきました。
以下引用です。

* * *
どうして賢治が、野菜が少なくていいのか考えていました。
農家(米を作り、野菜は家族の分だけ作っている)の人に今まで聞いたところでは、愛知県だけじゃなく三重県でも、分量としてナスなら一人あたり苗で3本見当。
つまり5人家族だと、15本も苗を植えるみたいです。
ってことは…
毎日ナスが2本ずつ収穫できるとすれば、5人家族で毎日30本のナスが食卓に並ぶことになります。
もちろん、その時期はナスだけじゃなく他の野菜もどっちゃりと…
賢治の「少ない野菜」って、私たちが思う「少ない」と単位が違うのでは、って思ったのであります。
* * *

あくまで仮説ですが…
野菜の量を多い少ないという、その基準が根本的に違う! 
賢治のいうところの「少ない」は、現代の我々にとっては「かなりの大量」とみることができます。
更に、戦後60年余りのなかで野菜のビタミン・ミネラル量が激減しているという事実。野菜の種類によっては酷いもので1/10にまで減ってしまっている。
ビタミン・ミネラル量が1/10になって、では10倍の量を食べているかといえば、そんなはずはない。むしろ野菜の食機会は一般的に確実に減少を続けている。
質・量ともにビタミン/ミネラル・プアな現状にあるわけです。

メタボリックの名のもとに、脂質や炭水化物ばかりが問題視されていませんでしょうか。
自分が子供の頃、アトピーなどのアレルギー疾患の人って、こんなに身近に大勢いませんでしたよね? 
いわゆるキレるなんて現象も、言葉さえ無かった。
アレルギー疾患のみならず、成人病をはじめとするあらゆる現代病のことごとくが、つまるところ免疫力の低下に起因しています。

賢治が「雨ニモマケズ風ニモマケズ」を手帳に記したのは、昭和6年11月3日。
昭和6年といえば1931年。78年前の来月です。
野菜のこと、改めて考えてみたいと思っています。

<2009/10/11記>
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