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森聡行

森 聡行(もり そうこう 1960年8月6日-)はアニメーション監督、映画監督、アニメーター、脚本家、作詞家、イラストレーター、音響監督。大阪府浪速区出身。東京造形大学中退。ARTBOX執行役員社長として会社の運営にも携わる。代表作は『いもたま』『暴走兵器 マリックス』『北の大地からアリガトウ』『まじかるえんじぇる』など。


家族

  • 父:森豊二郎(もり とよじろう)
    • 1935年東京生まれ。東映太秦撮影所、東映東京撮影所で撮影監督として勤務したのち、1992年に退社。ハリウッドでのCG技術研修、アニメ撮影スタジオ顧問を経て、「有限会社モリフィルム」を立ち上げる。現在は経営執行権を次男の謙介に譲り、事実上は引退。

  • 妻:森いずみ(もり いずみ)

  • 長女:森夏実(もり なつみ)
    • 1988年生まれ。慶応大学在学。同時に「シアター・ニュ→トウキョ→」を主宰し、脚本・演出・出演を担当。

  • 長男:森健太(もり けんた)

  • 弟:森謙介(もり けんすけ)
    • 1961年生まれ。旧モリフィルム代表取締役(現・ARTBOX Digital Frontier/撮影部TEAM-GENB主幹)。アニメーションの撮影監督を行なう傍ら、デジタルフォトグラファーとしても活躍し、数多くの受賞歴を持つ。個展の開催や写真集の出版も行なう。

  • 弟:森芳伸(もり よしのぶ)
    • 1963年生まれ。「フォレストオフィス」主宰。東北新社勤務、海外研修、オーディオシガ嘱託の音響監督を経て、現在はフリーの舞台演出家として活動。妻・森いずみとは学生時代に劇団を共に立ち上げた腐れ縁。非遺伝的にキレやすい性格で泣かされたスタッフや役者は数知れず。

来歴

幼い頃から実写やアニメーションに触れ、映画撮影やイラストを描き続ける日々を送っていた。関西出身だが、父親が元々東京生まれなため、関西弁は喋れない。小学校卒業後、父の栄転で東京都練馬区に引っ越す。中学校では古橋和哉、藤村靖宏、澁谷秀一といった現在もスタッフとして交流している人物と出会う。

当初は美術部に所属していたが、油絵・デッサンのみというルーチンに耐えられなくなった古橋と共にクレイアニメを制作。完成したフィルムは行列ができるほどの盛況だったが、これをよく思わない美術部員と顧問から追放される。しかし、他者からの干渉が無くなったこと、美術部にいる必要性が無くなったことから喜んで出て行ったと言う。その後もクレイアニメを作っては文化祭で(それも美術部の手前の教室で)発表していた。

一方、成績は平均よりも高く(但し、英語に関しては担任教師の反発以来、出来が悪く、現在もあまり得意ではないと語っている)、クラスからの人望も厚かったため学級委員を務めることが多かった。やがて生徒会に入り、藤村と出会う。

その頃、通っていた中学校では厳しすぎる校則と体罰の常態化が問題視されていた。この現状を打破するべく、藤村とともに教育委員会などにかけあったが、教師に感付かれてしまい、生徒会を解雇される。さらにこの後、親友が教師からの体罰を苦に自殺し、その原因を教師に揉み消されたことから森の怒りが爆発。深夜に父のコネを利用してテレビ局のスタッフと共に学校に忍び込み、翌日、森をリーダーに大規模なボイコットを決行。さすがに教育委員会も黙っていられなくなり、問題の教師をすべて左遷・解雇させる結果となった。この頃から、大胆な行動力と強大なリーダーシップが備わっていたと藤村は回顧している。尚、森はこの一件以来、一部の教育者に対して疑念を抱くようになったと言う。

高校にすると映画研究部に入部。積極的に映画を制作し、数多くのコンクールに入選。そのほとんどで賞を獲得した。卒業後は、映画研究部のメンバー数名とともに東京造形大学に進学。森によれば大学へ行く目的は映画研究会の活動のみで、後は東京を散策するだけだったと言う。そのため2年次では単位が取れないことが多くなり、留年してしまった。やがて1年先輩の郷田和久が中退すると、後を追うように中退した。中退後は、父の紹介で東映動画(現・東映アニメーション)に入社。そこで佐藤順一、西尾大介、島田満らと出会う。制作進行として入社したが、横山賢二がコンクール入選歴を買い、演出助手を任される。

勝間田具治に師事しながら演出助手を務めるが、既に同世代のスタッフが研修生として採用され、完全に遅れを取ってしまったことや自分の仕事に制限が出来るという理由で、1983年に退社。その後は活動休止し、プロダクション設立を画策する。1984年2月、映画研究会の出身者とアニメーターとして活動していた古橋和哉、円谷プロダクション勤務の藤村靖宏が合流し、森聡行の父・豊二郎の紹介によって東映企画営業部所属の鈴木秀雄を社長に据え、東京都練馬区の東映本社に近くに「有限会社東映アートボックス」を設立。取締役(2003年4月に社内編成によって取締役社長に昇格)に納まる。記録、制作進行としてTVドラマの制作に参加する傍ら、自らも映画を製作。1985年、実体験を基に『革命学校』を監督。日本アート・シアター・ギルドにて公開され、若者を中心に反響を呼んだ。ちなみにこの作品は石井聰亙監督作品である『狂い咲きサンダーロード』に影響されたもので、傾倒していた石井から『革命学校』を絶賛された際は「どんな賞や名監督の言葉より、石井さんから『最高の不良映画だったよ』と褒められたことがずっと嬉しかった」と語っている。

本格的な商業映画を制作したいと考えた森はアニメーションという表現方法を選択。東映動画社長(当時)の今田智憲の出資により動画部設立。森が以前から心惹かれていた「銀河を走る鉄道」を題材に『星空鉄道の少年』を製作し、興行的に成功を収める。これ以降、アニメーションを中心に関わり、その傍らで実写を撮るようになる。1987年に博報堂の社員・中西いずみと結婚し、二児を授かる。1990年『わたの子チックの冒険』で初めてTVシリーズの監督を務める。

1997年、柏原崇主演『いもたま』がベネチア国際映画祭特別招待作品に選ばれ、一躍その名が知られるようになる。これにより実写・アニメの両方で名声を手に入れる。2000年には『Some day』を監督(公開は2001年)。

2001年にはオリジナルテレビアニメーション『暴走兵器マリックス』が一大ブームを巻き起こし、ARTBOX史上最大のヒット作となる。この作品を境に、TEAM-NACSが森作品に出演するようになり、同時に自身のメディア露出も多くなる。完結編となる劇場版を監督し、2003年冬に公開するが、衝撃的な作品展開と周囲のプレッシャーに憔悴しきった森は2003年から2年ほど、監督作を発表せず、各話演出や原画など細かい仕事を多くこなし、モチベーションの立て直しを図る。その間にアダルトアニメに参加したこともあった。

モチベーションを立て直した森は2005年から『Some day』以来となる実写作品『北の大地からアリガトウ』の制作に入る。翌年2月に公開された同作はカンヌ国際映画祭審査員特別賞などを数多くの賞を獲得。名クリエイターの地位を確立した。その後実写作品『パステルカラーの手紙』『FILM THE UNDERGROUND』と『意地悪な魔女は艶やかに笑う』の主題歌である「薔薇色の口づけ」のPVを撮った後は再び実写から遠ざかり、『まじかるえんじぇる』の制作監修としてあらゆる役職で製作に関与。2008年には総監督に名目上就任した他、同作の劇場版である『劇場版まじかるえんじぇるPLUS』を監督した。

現在は2009年放送開始予定の『よつばと!』の監督作業中。その傍ら、ミュージカル制作へ向けた準備も進めるという。

人物像

実に多彩なペンネームを使うことでも知られている。多く知られているのはアニメーターの中西和哉(旧名もりさとし。名前の由来は妻の旧姓と古橋和哉から)、作詞家のCrazy-M、イラストレーターの夏希ケンである。公式に発表されているのはこの3名義であるが、この他にもペンネームがあるといわれている。

作詞家としての活動も目覚ましく、『ヘッポコどうぶつ忍者隊』のオープニングテーマ「進め!どうぶつ忍者隊」以降、ARTBOX関連作品で作詞を手掛けることが多い。『まじかるえんじぇる』ではテーマ曲とキャラクターソングの作詞・プロデュースを手掛けており、多彩な曲を生み出している。電波ソングメーカーでも知られており、書き手と曲のギャップをよくネタにされる。自称「中年電波ソングメーカー」。

作業スピードが速い上、クオリティも高いため社内では「神」として崇められている。忙しくても数多くの作品に参加し、その上質が高いと言われる所以だろう。すでに多くの名声を手に入れている彼ではあるが、その一方で数多くのアニメ作品に絵コンテや原画などで参加している姿勢を批判する声(「森聡行がこんな仕事をしていいのか」「積極的に監督作を生み出すべきだ」など)もある。しかし、森は「クリエイターとして自分のやりたい事、できる事をやっているだけであり、森聡行だからああしなければならないと言われ、黙って従うようなクリエイターにはなりたくない」と、頑として現在の作業姿勢を貫いている。そういった意味ではまれに見る奇特な映像作家と言っても過言ではない。

温和で面倒見のいい性格から、役者のみならず事務所、スタッフ、制作会社の運営者からの人望も厚い。特に声優に関しては、彼がキャスティングすれば事務所がスケジュール調整するほどである(その為、ARTBOX・ティムコムでは一部の作品を除いてほとんど彼の一存でキャスティングを行なっている)

普段は温厚で、声を荒げることはないが、ひとたび怒るととても怖い事でも有名である。元来、森は「役者としての姿勢がなっていない人間」「失敗しても責任を取ろうとしない人間」「理不尽に相手を糾弾したり、考えを強引に刷り込んだりする人間」「信頼する友人の悪口を言う人間」を大変嫌っており、これらの人間が何かしらのトラブルを起こした時に怒る事が多い。怒り方が普段の温和な彼とのギャップが激しいため、周囲のスタッフも怒られた気分になり、原因を作った人間はしばらく恨まれてしまう。ARTBOX社内では「一番怒らせてはいけない人」として恐れられている。尚、大泉洋はこの現象を「般若が目を覚ます」と表現している(温和な彼には長い眠りについている般若が住み着いており、その般若が叩き起こされると怒り狂って、森が鬼のようになる…という比喩)。

また、話題性重視の芸能人声優起用には強い抵抗感を示しており、オファーが来ると門前払いすることもしばしば。映画『暴走兵器マリックス』『まじかるえんじぇる』でもスタッフぐるみで話を断っている。これは彼が声優の存在とその演技力に並々ならぬこだわりを感じているせいである。しかし、作品を良くする目的で俳優を使う事もあり、芸能人声優を真っ向から否定しているわけではなく、専業声優も手放しで認めているわけではない。

実写では『いもたま』『Some day』など低予算(予算面は『北の大地からアリガトウ』で大幅に改善されている)で日常生活を軸にした作品を多く発表している。これは彼自身が下積み時代から低予算のなかで工夫して作品を生み出した経験を現在の作風にも生かしているという意見がある。森自身は低予算でもいい作品を生み出せることをアピールするために、未だに方針を変えていないという。また、高額の予算をかけた大掛かりな作品は製作に対する拘束時間が長く、面倒臭いのでやりたくないと語っている。同じく、大掛かりな作品であればアニメの方が融通が利くと語っており、森はアニメは現実と乖離した世界の表現、実写は人間本位の描写を表現するための手段と考えているようである。

映像としてはB級映画やマイナーな作品を好む傾向にある。メジャーな作品は一通り見ているそうだが、「こういうこと言っちゃ失礼だけど、小津安二郎がどうとか、黒澤明がどうとかって(両名が素晴らしい監督と認めつつも)話せるレベルにいない」「荒唐無稽で前衛的な映像作品の方が作家の思考回路が手に取るように分かって面白い」と語っており、大衆的な作品は、参考程度の鑑賞に終始することが多い。また、最近注目している監督に河崎実を挙げており、「やってることはバカバカしいんだけど、とかく保守的になりがちな映画界に風穴を開ける作風は見てて気持ちがいい」と評している。

あだ名は「監督」「社長」「ソウちゃん」。「社長」というあだ名は社長に就任する以前から呼ばれていた。元々、ARTBOXは森を筆頭に設立された会社なので、リーダー的意味で呼ばれている。森は「ソウちゃん」と呼んでほしいと思っているが、なかなか定着せず、「藤やんしか呼んでもらえないのが悲しい」と語ったことがある。

旧来の友人たちは口をそろえて「嫉妬しない人」と述べている。実際、他のクリエイターに敵意をむき出しにすることは極めて稀である。反面、「気になった人は徹底的に分析し、いいとこはまんまと取っていく、狡賢い人でもある」との評もある。

スタンス

  • 自身の作品の満足な受けを想定する際、「10人いて8人を満足させたら最高」と語っている。これはアンチの存在を認めた上での目標で、「アンチが多くても良くないが、少なすぎても良くない。万人受けの丁度いいバランス」と語っている。

  • 賞には関心が全く無く、自身宛の個人賞は全て辞退している(ただし、作品賞は「関係者が頑張った証拠」として受け取っている)。また自身の手腕における非を認めたり、自分の手柄を主張せずに「○○(スタッフ、キャスト)の仕事が良かった」と他人の仕事ぶりを絶賛するなど、近年ではあまり類を見ない性格を持つクリエイターでもある。森の考えとして「映画は一人で作るものではない」という考えがあり、「いくらいいプランがあっても、それを支える人がいないと、意図に従ったフィルムは出来ない」という思想を持っている。

  • 映画鑑賞後、端的なコメントはするものの、評論を雑誌やウェブ上ではほとんど行わない。「あくまで自分は作り手であり、論じ手ではない」「ヘタに知識のない大衆からのジャッジがストレートで公正だと思っている」という理由から、自らは評論家ではなく、またジャッジの権限ははあくまで大衆であるべきという信条である。

  • 絵コンテを切ることに関しては天才とも呼ばれ、若い頃は1話分の絵コンテを一晩で仕上げたこともある。画面作りも小道具を意識した構図やキャラクターを動かすことを念頭に置いた演出を効率よく使い分けている。現在、ペースは若干落ちているものの(年齢面と、彼自身がコンテを以前よりきっちり書くようになったため)、依然スピードは社内でもトップクラスである。しかし、モブシーンや複雑なレイアウト構成を要求することが多いため、違う意味でアニメーター泣かせと言われている。また、実写でも必ず絵コンテを切り、絵コンテを読める身内スタッフのチェックで流れやストーリーを変えたりしている。

  • 大物になるほど蔑視になりがちなオタク文化に森はかなり寛容である。しかし、「創作を語るものさしがアニメしかないのはどうかと思う」「アニメを現実逃避の手段にしないで欲しい」と語るなど、行きすぎな行為に関してはやはり苦言を呈している。

  • 上のように作業ペースがかなり速く、脳内の分刻みのスケジューリングが組み込まれているため、複数の仕事を平気で掛け持ちする。

  • スタッフや出演者の協調性を大事にするスタイルをとっているため、人望が厚い。それ故、身勝手なスタッフは容赦なく外すなど、厳しい面も持ち合わせている。

  • ARTBOX・ティムコム作品の声優キャスティングは一部の作品を除いて、森にキャスティングが一任されている。これは森が声優事務所の上層部と仲が良く、声優との親交が深いこと、またキャラクターのイメージに合ったキャスティングをすぐさま導き出し、難なく手配できるため、オーディオシガと委任協定を結んでいる。キャスティングの偏りはないが、近年は下記のような御用達声優をなにかしらの役にキャスティングすることが多い。また、そのスタイルゆえ、森に何かしらの役を貰おうと枕営業に来た声優もいたことを告白している(当然、森は断った)。キャスティングする際は、声優のイメージに囚われていないせいか、奇妙な配役をすることもしばしば。

  • 大の嫌煙家。20歳の時にタバコを1回吸った際に、喉を痛めてしまった経験からトラウマになっている。家族はおろか、ARTBOX社内でも会長の鈴木秀雄が同じく嫌煙家であるため、喫煙者がいない。また、自身の前でタバコを吸うことは御法度である。曰く「タバコを吸ってカッコいいと思っている方がおかしい」「あんなの吸ってたら早死にする」

  • 上記の通り、近年の話題集めによる芸能人声優起用には強い抵抗感を示しており、「声優の良さを活かせるチャンスが減る」「基礎もなっていないタレントがお遊び感覚でやる仕事じゃない」と語る一方、若手声優の一部や声優志望者に対して「ただ声を入れれば良いと思って、舞台をやりたくないとか表立って演技したくないとか言ってる奴は今すぐ廃業しろ(夢をあきらめろ)」「アイドルになったり、好きな声優に会えるために、声の仕事をやるんじゃないんだ」と厳しく批判したこともある。他にも、ラムズのプロモーション手法に苦言を呈したり、アイドル活動主体になった声優の起用を控えるなど、顔出し・歌手活動の否定はしないものの、声優本来の活動からかけ離れた者への処遇は厳しいことが伺える。

  • 近年のスタジオジブリに関しては、芸能人声優起用をはじめ、作品レベルの低下などからあまりいい目では見ていない(ただし『崖の上のポニョ』に関しては賛辞のコメントを残している)。しかし、ジブリの衰退が同時にアニメ業界の衰退につながると危惧していることから、何とか持ち直してほしいとも語っている。

  • 細田守、新海誠ら若手クリエイターの活動は好意的に見ており、「宮崎駿などの才能に続くものがいないと立ち行かなくなる」と期待を寄せている。

  • 公私混同を嫌う性格もあってか、ホームパーティーや個人的な飲み会は仕事で付き合いの少ない者と開くことが多く、逆に仕事で付き合いの多い者(特に声優)とは一定の距離を置いており、仕事の打ち上げ以外で飲みに誘うことは滅多にない。常連声優の生天目仁美はラジオにて「仕事のラインを飛び越えると、途端に冷たくなる。いい意味でも悪い意味でも、森さんから見て私たちは仕事仲間なんだなと思ってしまう」と語っており、森の時折見せる頑なな態度に複雑な感情を抱いている者も少なくない。

エピソード


  • 若い頃はガリガリに痩せており、ヒゲや頭髪も伸ばし放題だった。そのため、成宮禎幸は、実際は4歳年上だったにも関わらず、「40歳ぐらいの人かと思った」と当時の印象を語った。現在の夫人と交際するようになってから、さっぱりした風貌になり、今はセミロング気味の髪型でヒゲなしのスタイルで定着している。

  • 東映動画時代はあまり仕事せず、各部署に出入りしたり、資料室にこもることが多く、担当演出とは撮影出しまで顔を合わせないこともあった。これは人知れず演出として独自に勉強していたせいだが、当時のスタッフには不真面目と思われていた。退社する際、独学のメモを発見されたときはスタッフに「不真面目なフリして(技術を)盗んでいたな」と詰め寄られたという。

  • インタビューでの発言や作品に対する姿勢からは想像できないが、普段はかなりフランクな性格で、周囲のテンションが高まったり、酒が入ったりすると下ネタトークを展開する。また、出演者からいじられたり、呼び捨てされたりすることもある。

  • 小学生時代に父親から『めんこい仔馬』の替え歌を教わって以来、替え歌に凝るようになる。音楽の時間で習っていた時期に爆発的に広め、担任教師に怒られて以来、反骨精神として、あらゆる曲を下ネタや皮肉にすげ替えて歌うようになったという。

  • 最近は佐藤順一の影響でおしゃれメガネを着用。またサングラスをかける頻度も高くなった。

  • 役者、映像関係者からは「監督」の印象が強く、「絵描き」としての印象は極めて薄い。

  • 趣味は料理。高校生から始めたものらしく、調理方法・飾り付けの概念が映画製作に共通していること、物作りであれば何に対しても興味があり、料理に対しては最も興味があることから、こだわりを持ってやっている。自身の手料理は関係者・役者から評判が良く、腕前はプロ顔負け。自身が料理を作り、味にうるさいため、レストラン内でもまずいものは率直にまずいと言う。そのため妻とともにレストランでトラブルを起こした事もある。

  • 高校時代に父親から麻雀を教わり、20代は仲間内や雀荘で夜通し打つほど入れ込んでいた。レベルが高かったためイカサマ麻雀といった玄人プレイを展開した他、女性3人相手の脱衣麻雀で身包みを剥がすなどの武勇伝を作る。一時期、麻雀から離れていたものの、ここ数年は植田佳奈の影響で声優や仕事仲間と手を合わせることが多くなる。また、『鋼鉄真龍ドラゴンサーガ』を通して、念願だった萩原聖人との勝負が実現した。その後、日本プロ麻雀連盟に入り、段位初段を獲得する。

  • 周囲が心配するほどの気前の良さで知られており、仕事仲間には毎回誕生日祝い、引っ越し祝いをプレゼントしており、ご飯をおごることもしょっちゅうである。

  • 大の愛妻家。誕生日、結婚記念日、クリスマスのお祝いは欠かせない。その愛妻ぶりは堂々と「カミさん一筋」と発言したり、女性のお色気攻撃(単に森自身がそのアクションに昔から嫌悪感を抱いているという説も)に見向きしなことからも伺える。

  • ケチャップに名前を書かれるのが嫌いで(曰く、中学生時代に友人を自宅に招いた際に、母親にケチャップで名前を書かれ、大笑いされたことでトラウマになった)、子供が幼い頃、妻にやられてしまった際に離婚寸前の大ゲンカに発展したことがある。

  • 『機動戦士ガンダム』の大ファンで、特にファースト、Zなど富野由悠季が深く関わったシリーズを愛好。DVD-BOXを全て揃え、1/12スケールのガンダムフィギュアを所有するなどの入れ込みぶり。また、各話のサブタイトルやストーリーも全て把握していており、同じくガンダムファンの戸次重幸とガンダム談義で夜を明かしたり、雑誌の企画でGacktと対談したりするなど、随所でガンダム談義を展開している。ガンダムにおける富野の作風を絶賛する一方、彼が雑誌等で繰り広げる歯に衣着せぬ物言いにはあまりいい目で見ていない。

  • ガンダムキャラクターの声マネが得意。特にシャアとブライトは本人からお墨付きをもらうほど。また、アムロの延長線で神谷浩史の声マネも得意とし、その声を利用して小野大輔を騙したこともある。他にもニャンちゅう、福山雅治、畑正憲など数多くのレパートリーを持つ。

  • まじかるえんじぇる』では制作監修や総監督として名を連ねているが、あくまでチーフディレクター・佐藤真弓の教育係や田無スタジオ主幹としてのサインによる役職であり、作品における権力はそれほど強くないと語っている。しかし、各話演出や劇場版監督、キャラクターソングのプロデュースなどで作品に貢献している。

  • ジュニアアイドルを愛好したり、子役だけ食事に連れていくなど、度々ロリコン疑惑をかけられている。本人は「純粋に子供が好きなだけだ」と語っているが、ある時追い詰められ、「そうだよ、ロリコンだよ!! 文句あんのかコノヤロー!!」と逆ギレしながら認めた。

  • 人を騙したり、おちょくることに関しても才能を発揮しており、共演した女性声優に嫌がらせに近いいたずらを試みたり、ドッキリ企画では自ら最前線に立ち、恐怖感を演出させた。

  • かなりの出たがりで、これまで何度か一言だけセリフを放ったりモブに混ざるなどしてきた。『まじかるえんじぇる』では芸能プロダクションのマネージャー・柴崎役で声優と遜色ない演技を見せつけ、声優や視聴者を驚かせた。

  • 近年は音響監督としての作品参加も増えている。声優に対する指導や音響世界の構築が非常に丁寧で、森自身も「音響監督としてやっていくのも悪くない」と将来の方向性の一つとして語ったことがある。ただし、声優は「厳しい」と口を揃える。

  • 「自分が責任を持つから若い奴に監督をやらせろ」と『まじかるえんじぇる』の監督に当時27歳の佐藤真弓を起用したり、若手演出から「処理の方法がわからない」とメールが来ると、「素材がないと教えられない」とわざわざスタジオに足を運んだりするなど、後輩の指導にはかなり積極的で、2年に1度、社内で演出家を養成する際は必ず教鞭をふるっている。

  • こうした姿勢から保守派の演出家には疎まれているが、「自分の道具も見せられないような奴が演出なんてやるな。道具を見せてこそ本物の演出であり、教える者の姿だ」と論破している。


御用達役者(森ファミリー)

キャスティングに関しては森が一手に引き受けていることもあり、長期的に見ると、起用の傾向が見られる。こういったメンバーは「森ファミリー」と呼ばれる。基本的にアニメ担当のため、声優が多い。オーディションを行う場合でも脇役は彼の一存でキャスティングされるが、ゲストに関しては音響サイドにゆだねている。

この傾向に関して森は「声優も作り手の一人であり、制作チームの一員である」「良い仕事をしてくれるアニメーターはその次も使いたいし、つなぎ止めたくなる。それは声優も一緒」とインタビューで語っている。

  • 八嶋智人
    • 実写作品『いもたま』『Some day』『パステルカラーの手紙』に出演。『北の大地からアリガトウ』に出演できなかったことが相当悔しかったらしく、「俺もカンヌへ行きたかったよ!!」と言われた。

  • TEAM-NACS(森崎博之、安田顕、大泉洋、戸次重幸、音尾琢真)
    • 当初は「演技力より勢いで芝居している」と批判していた上で、「誤魔化しをせず、ありのままで演じている」との評価だった。最近は演技力も知名度も上昇したため「雲のような存在になって、使いづらくなってしまった」と嘆いている。実写やアニメ作品のゲストでよく起用され、俳優の中ではトップの出演頻度を誇る。


  • 田中理恵
    • 『ミラクルドライバー』から端役として出演しており、付き合いは最も長い。

  • 能登麻美子
    • 森曰く「(昔は)下手くそで辟易していた」。しかし、その反面、秘めた可能性を信じ、役柄に囚われないキャスティングをすることが多かった。他作品においての鍛錬もあり、森自身も実力を認めてきたせいか、最近は重要な役どころを任されることが多くなった。

  • 生天目仁美/伊藤静
    • 自身がフロアディレクターを務めた『ミルク・ファンタジー』以降、必ずといって良いほどARTBOX作品で何かしらの役が与えられている。森によると「声や役の幅が広い役者は使い勝手があり、気に入っている」とのこと。

他に、小清水亜美、神谷浩史、福山潤、柿原徹也、小西克幸、井上麻里奈、沢城みゆき、矢作紗友里、阿澄佳奈、花澤香菜、白石稔、若本規夫をよく起用している。また、自身と会社も含め、ミュージックレイン(戸松遥、高垣彩陽、豊崎愛生、寿美菜子)との関わりも強い。

 

著書・編書

  • 「MARRIX THE SCREEN PLAY〜暴走兵器マリックスシナリオ集」(全2巻・角川書店・2002年、監修)
  • 「MARRIX THE CONTINUTY SCRIPT〜暴走兵器マリックス絵コンテ集」(全5巻・角川書店・2003年、監修)
  • 「暴走兵器マリックス原画集」(全3巻・ARTBOXパブリシング・2003〜2004年、成宮禎幸と共同監修)
  • 「劇場版暴走兵器マリックス原画集」(ARTBOXパブリシング・2004年、成宮禎幸と共同監修)
  • 「MARRIX MOVIE THE SCREEN PLAY〜劇場版暴走兵器マリックスシナリオ集」(角川書店・2004年、監修)
  • 「アニメーション演出技法」(ARTBOXパブリシング・2004年、藤村靖宏・川路正彦と共著)
  • 「最新デジタルアニメーション技法」(ARTBOXパブリシング・2005年)
  • 「アニメーター技法〜基本編」(ARTBOXパブリシング・2005年、アニメーター技法編集委員会名義による共著、編集委員長)
  • 「アニメーター技法〜応用編」(ARTBOXパブリシング・2006年、アニメーター技法編集委員会名義による共著、編集委員長)
  • 「北の大地からアリガトウ 絵コンテ集」(ARTBOXパブリシング・2006年)
  • 「森と、語る」(幻冬舎・2006年)
    • 2005年6月から2006年6月まで『ダ・ヴィンチ』で連載されたコーナーを大幅に加筆修正したもの。庵野秀明、福井晴敏、本広克行、鈴井貴之、本谷有希子、松尾スズキ、佐藤順一、行定勲、山寺宏一、大友克洋、蜷川実花、堤幸彦との対談集。
  • 「森聡行脚本集」(幻冬舎・2007年)
  • 「MORI ISM〜森聡行作家生活25年史」(キネマ旬報・2007年、監修・執筆協力、著者:森いずみ
2009年04月01日(水) 19:34:57 Modified by sak3916