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18年10月25日 総会 議事録5 by 牡蠣の森を慕う会
足跡帳 by 田代奈々子

19年4月26日 第2分科会 議事録7

議事録1         10 11 12 13 14 15


○品川委員それでは、お手元の資料4をごらんいただきながら、簡単にお話をしていきたいと思います。

 今、山岡さん、それから、渥美先生から、特別支援教育のお話をいただきましたが、再チャレンジが可能な社会を作っていくためにも、社会の意識改革を促すためにも、私は再生会議ではもう少し広げた発想でやっていった方がいいであろうと考えております。これは私がいつも講演でお話させていただくことなのですが、教育のユニバーサルデザイン化という発想、教育にはWHOがいうところのICFモデル、つまり環境因子を整えるという視点が必要だと考えております。

 これをご覧ください。この写真はお手元にございませんので、画面を見ていただきたいのですが、これはイギリスのスティーブ・チンというディスレクシア、つまり読み書き困難とか読み書きのLDのことですが、その学者がつくったディスレクシア専門の初等中等学校に通う小学4年生の写真です。この子はIQが140ぐらいある、非常に頭のいい少年なのですが、彼の絵を見ていただくとおわかりいただけますように、魚の頭が左側にある……、あ、ごめんなさい、私も若干ディスレクシア傾向がございまして左右の認知が悪いんですが(笑)。目の前にある実際の魚の頭は左側を向いていますのに、彼がその魚の絵を描こうとすると顔が右側に来てしまっています。ちょうど鏡に映したような絵ですよね。これがLDの子供の特徴の一つです。こういう視覚認知をする子供は、訓練をしないと鏡文字を書いたりするという典型的なケースです。この子は私が取材したときに、ケンブリッジに入って建築を勉強すると言っていました。

 これもお手元にはない写真ですが、この子は少年院に入ってからディスレクシアだったとわかった子です。どうしてわかったかと申しますと、この少年は文庫本を読むときに5行ぐらいが塊になって見えるそうです。指でこのように一行分だけが見えるように他を覆って読んでいたので法務教官が気がついたわけです。これは私がアメリカで購入したディスレクシア用の補助器具なんですが、器具というほどのものでもなく補助用品で、少年が使っているのはこれを法務教官が彼用に工夫したものです。

 オックスフォード大学のジョン・シュタインという教授の研究に視覚認知の悪いディスレクシア児にカラーフィルターをかけると文字が浮き上がって見えるというものがございます。彼の論文によれば黄色かブルーのフィルターが効果があるとのことですが、私がこれまで取材してきた経験から申し上げますと、日本人、というか日本語なのかもしれませんがオレンジかピンクのカラーフィルターのほうが読みやすいと言う人が多いんです。少年院のほうでもいろいろな色をやらせてみた結果、この少年にはこの色が一番見やすかったそうです。そこで法務教官が彼のためにこういうちょっとした工夫をしたわけです。例えばこういうことですね。

 スライドに入っていきたいと思います。特別支援教育のポイントは、今、お2人からもお話がございましたように、対象となる児童、生徒、大人の数が非常に多い。文科省のデータでは6.3%と言われていますけれども、その中には不登校あるいは登校渋りをおこしていたらい、引きこもっている子供の数は入っておりません。欧米の学会に出ますと、10%ぐらい、つまり、全人口の1割ぐらいはそうだろうと言われています。

 それから、二つの目のポイントですけれども、二次的な障害になってからでは遅いということです。先ほど渥美先生の資料にもございましたけれども、ある程度なんらかのしんどさがあると分かっていて適切な対応や指導・支援を受けることができず二次的な課題を抱えてしまうことはもちろん多いのですが、例えば乳児などの場合、保護者には発達的な視点などそもそも知識がありませんし、医療関係者のなかにもなかったりすることが多々あります。言葉が遅れている幼児に『お母さん、もっと愛情を注いであげましょう』とか『もう少し様子を見ましょう』とか言ってしまい、それが結果として保護者を追い詰めるケース、早期対策を遅らせるケースを多々取材してまいりました。

 そもそも私が発達障害を取材し始めた一番のきっかけは虐待です。今から17年とか18年くらい前に虐待の取材を始めて、当時インターネットもありませんでしたのでアメリカの資料などを読んでいましたら虐待を受ける子供のなかに育てにくい子という一群があり、それがMBD,今でいう発達課題を持っている子供だと。

 発達課題のある学童期の子供でしたら、いじめにあったり不登校になったりする子は少なくありませんし、思春期以降で言えばいじめ不登校は言うまでもなく、リスカや摂食障害、引きこもったりといったしんどさを抱えます。大人の方でしたら、鬱になったり依存症になったりひきこもったりといろいろです。

 つまり逆にいえば、虐待やいじめや不登校、ひきこもり、リスカや摂食障害等の子供たちの背景に発達的な課題がある場合も少なくないのではないか。そう私は考えております。それから、先ほどございましたように、非行とかいじめなど反社会的な行動を取る少年たちですね。反社会的行動を取るリスク因子は多数ありますし保護因子もあるわけですから、単純に発達障害イコール少年犯罪とは絶対に言えません。ここは報道等でもよく誤解されているところです。ただ、発達課題があるにもかかわらず誰にも気がつかれず、ただ勉強のできない子、しつけの悪い子、問題ばかり起こす子と周囲がとらえてその子を責め、結果的に反社会的行動に進んでいくケースもある。いずれにしても、不登校も引きこもりも非行もなってからでは遅い。その子の苦しみが増すだけです。

 それから発達的な視点を持つということが人の多様性を認めるという視点につながり、それは結果的にすべての子供へのメリットにつながります。安倍総理や山谷補佐官に視察いただいた広島少年院はまさにこの発想でやっている矯正施設です。向井義首席専門官(当時)が広島少年院に行かれて、ご自身が20年かけて研究し開発されたマネジメントプログラムと指導プログラムを導入したことで、出院一年以内の再非行率が限りなくゼロに近づき、保護観察結果もかなり良好な少年が増えました。だから総理も視察に行かれたわけですが、一方で、はっきり私に「ここに入っている子の3割は戻ってくる子ですから」とおっしゃる少年院の院長もいることを思えば、これは驚嘆に値することだということがお分かりいただけるかと存じます。だからこそ向井首席がおやりになっておられるような、発達的な視点を持って、つまり個々の認知と学習スタイルの多様性を視野にいれ、将来の進路を見据えて全ての子供を集団の中で指導するという教育は奥深く、無限の可能性を秘めていると考えるわけです。

 特別支援教育に期待する効果は何かということですが、私は1番目は日本社会の国際化を推進していく一つの原動力になると考えています。日本が真の意味で国際化していくブレイクスルーになる、と。先ほど山岡さんもおっしゃっておられましたけれども、我々はこれだけ「個性的な子供に育てよう」と言って、教育シーンでも個性、個性と強調しますが、実際に個性が強いと教師に嫌われて排除されたり、友達にいじめられてしまいます。子供ほど「みんなと同じ」にこだわるんですね。そうしないといじめられますから。

 ですが特別支援教育とは人にはいろいろな認知、いろいろな学習スタイルがあるのだということを認め、そこからスタートするという教育です。教育現場で多様性を認めるということが、実社会の多様性を認める第一歩になろうかと考えます。確かに国際化を推進していく上で英語教育は大事です。でも、いくら英語を教えても、それが国際教育のベースになるのか、といえば帰国子女である私はそうは考えません。他言語ができるから国際人かといえばそうではない。英語がしゃべれる人が多くなったから国際化といえるのか。ここは国際化の定義から検討すべきだと思っておりますが、そうだとしても前提に多様性を認めるメンタリティがなければ変わってはいかないのではないかと考えます。先日、野依座長が「社会はまだまだ留学生を受け入れる土壌が少ないのではないか」とおっしゃっておられましたけれども、私も全く同感でございます。こういった社会の多様性、日本社会の真の意味での国際化を推進するのが、実は特別支援教育であろうと考えます。

 それから、もう一つ大きい効果ですが、それは教育効果による国家予算のコスト合理化ということです。アメリカでは“I have ADHD”というと、「君は将来、起業家、アントレプレナーになれるね」と言われるぐらい、ADHDがある方は非常に発想が豊かだったりします。あるいは、アスペルガー症候群の方は物理学者など一つのことに没頭してすばらしい研究成果を挙げられる。LDの人だったら建築家や作家、アーティストなどすばらしい才能を持っておられる。そういった将来の可能性を見据えて彼らの認知と学習スタイルに応じた指導をすることで、でこぼこのでこを伸ばしぼこを引き上げてあげると、彼らは自立して幸せな大人になり、結果として立派なタックスペイヤーになる。当然税収は増加するでしょうし、二次的障害にならなければ医療費の削減にもつながります。

 それから、理解されなくて反社会的行動になってしまうと、そこの部分の社会保障費がかかってきます。犯罪白書を見れば分かることですが、少年院では少年1人当たり年間確か300万円ぐらいかかったはずです。しかも被害者も生まれてしまっている。大事なことは少年院に入ってからお金をかけるのではなくて、入る前にいかに教育的にかけていくかということではないでしょうか。それが加害者を作らず、被害者も生まず、かつ才能も伸ばして新しいビジネスや新規研究も生まれ、結果として個人も国も豊かになることにつながると考えております。

 それから、先ほどフィンランドの話がございましたが、理研とオックスフォード大学の共同開催の国際シンポに、フィンランドのリッテマン博士がいらしていました。彼はシュタイン博士やチン博士同様、世界的なディスレクシアの権威ですが、彼によるとフィンランドの場合、政府に直結した形で科学的根拠のある指導の導入を推進している教育センターみたいなところがあるそうです。私が取材して確認した話ではございませんが、おそらく国とかかわりのある大学の附属機関だろうと思うのですが、とにかくそういう研究機関の研究が発達課題を持つ子供たちへの早期発見早期支援に直接つながる。香港大のホー博士も同様の研究、早期発見早期支援を香港政府とコラボしてやっておられる。日本でも文科省も非常に力を入れておられるし、研究現場でも熱心に研究されておられますが、それがなかなか現場まで降りていかない。どこか隔靴掻痒な感が否めないんですね。

 このスライドをご覧ください。これは拙著『心からのごめんなさいへ』に掲載している写真からからもってきました宇治少年院の写真です。「右足を上げてください」と指示に対して、この少年は左足が上がっていることがお分かりいただけると思います。先ほど魚の絵を描いているイギリス人の男の子の写真を紹介いたしましたが、この少年もあの子と同じで左右の認知が悪い。こういう少年に対して「回れ右」と指示をしたところで左を向いてしまったりする。それは指示を聞いていない、まあそういう場合もあるでしょうが、あるいは怠けているというわけではなくて、左右の認知が悪い。そういうことなんです。この少年も宇治少年院でしっかり訓練を受けたことによって自分の苦手さを知り、苦手さを視野にいれた教育を受け変わっていく。それが認知に対する指導です。

 再生会議で何ができるかということですが、科学的根拠のある指導の徹底を目指すべきであろうと。これは小宮山委員がいつもおっしゃっている教育院にもつながることです。

 日本は1次研究、1次研究の収集、あるいは2次研究が進んでおりません。脳科学や生物学といった理系の学問だけではなく、コーホート研究のある社会学や教育学を含んだ話です。いかにエビデンス・ベースの指導を教育現場に落とし込んでいくか。これをぜひやっていく必要があると私は考えます。特別支援教育は脈々と続いた職人技の教育指導をパラダイムシフトするいい機会だと考えます。社会科学の研究が進むことは政策提言にも直結するわけで、そういったマクロな視点での提案をぜひ再生会議としてはしていただきたいと考えております。

 2つ目は、現行制度の不備を解消するということです。幼・小・中、幼はまだまだこれからかもしれません、小・中は随分進んできましたが、それでも小学校での研修はまだ5割程度です。そういう調査結果が先日文科省から出されました。それでもずいぶん進んでおりまして私はその点はとても評価しているのですが、ただ小・中で手厚く指導しても、高校でぷっつりと途切れてしまっている。そうするとどうなるか。高校で不登校になったり引きこもったり、鬱状態になったり、中には反社会的行動を取ったりするケースもあります。それから、特別支援教育についてはこれだけ大学の研究者たちが関わっておられるのに、なぜか自分の大学内における大学生に対する支援システムは悲しいぐらい整っていません。個々の教授レベルにまかされているのが現状です。

 もう一つ、世界に先駆けて是非日本がやるべきことは企業内の支援なんですね。アメリカやイギリスでもまだ全然遅れています。人事研修や企業内啓蒙等を含め企業内支援を推進することによって、眠っている人材をより活性化させていくことが可能になります。それから、専門家の育成も大事です。これはある製薬会社のデータですが、ADHDを正しく診断できるドクターは500人いるかいないかと言われています。こういった専門家の育成も積極的にやっていくべきだろうと。

 それから、大きいことはこれですね。成人の教育施設が皆無です。今、文科省でやっているのは初等教育、中等教育です。もちろん段階があるのは重々承知しておりますが、大人になってから自分は発達課題があったと分かる方もすごく多いんですね。こういうケースがございます。私が取材した方ですが、東大を出てSEをやっておられた、対人関係がうまくいかずいつも会社で揉め事を起こし結果的に辞めることになってしまう。本人もしんどくて病んでいくわけですが、ネットで調べたらどうも自分は世間でいうところのアスペルガーではないかと思った。それで彼はハローワークに相談に行くわけです。そういう自分が仕事ができるようになるための訓練機関があるのではないかと思って。ところが窓口ではアスペルガー症候群なら障害認定しますね、するなら障害枠での仕事を斡旋します、と。彼はひどく混乱するわけです。そこで紹介された仕事が自分の能力を最大限生かすものとは思えないからです。

 ではどうすればいいのか。発達障害の方に必要なのは教育的な訓練、社会を生き抜くスキルを身につけることです。お薬が解決するわけではないんですね。でも、大人の方々が訓練する施設がございませんので、コミュニティスクールなのか、それはちょっとわかりませんが、何らかの教育施設が必要であると申し上げたいのです。

 いつも申し上げることですが文科省、厚労省、あるいは、法務省、それぞれがそれぞれのお立場からいろいろと情報を収集されておられますし、研究もされておられますし、政策もやっておられます。ですが、子供の成長発達の視点、子供の権利を保障する視点から見ますと知見や情報の出所を一つにすることが必要だと考えます。毎回のように繰り返し申し上げている少年家庭省、虐待からニート、不登校や引きこもり、問題親対策も含め子どもの権利を守るための行政審判所、ここでは少年家庭審判所と言っていますけれどもそういうものとか、小宮山委員がおっしゃる教育院というものを一つのものにして提案する時期なのではないと思っています。

 お手元に、少年家庭省や少年家庭審判所に関します私の資料がございます。後でお読みいただけますと、私が申し上げていることがいかに現場救済につながるか、子供の権利保障につながるかということがおわかりいただけるのではないかと思います。こういった制度改革が徳育や職業教育にもつながってまいります。子供や家庭に関する部局を一つにまとめることで、情報発信を一つのところからしていく。それが現場の行政には大きな影響を与えていくでしょう。

 時間がきてしまったので急げということですが、ディスレクシアの子供ならこういったデイジー(DAISY)、これは視覚障害者のためにスウェーデンで開発されたソフトですが、それを使って教科書を音声デジタル化したものです。これはDVDでして、このDVDをPCに入れることによって、画面で教科書が読めたり文字が音声化されたりするなど非常に有効なツールです。こういうIT機器を教育現場で使えるようにしていただきたいと思っております。

 13ページ以降をごらんください。先ほど山岡さんがLDの疑似体験をしてくださいましたけれども、ここに書いていますのはADHDの状態像あるいはLDの状態像です。見ていだたくと、そんなに自分とかけ離れた話ではないということをわかっていただけると思うんですね。私が取材してわかる当事者が抱えている共通課題というのは、よく申し上げるように自己理解が低い、他者理解が低い、準拠する集団内に理解者がいない、ゆえにセルフ・エスティームが低く、結局「生きるスキル」が身につかない。大事な点はここにあります。

 でも、このセルフ・エスティームが低いという話は発達課題がある人だけの話ではありません。東京都の青少年の意識調査を見ていただくと、「自分はダメだと思っている」高校生が56%います。「自分に満足していない」と思う高校生が、日本人の場合、63.9%もいるんですね。アメリカは9.7%、中国は39.8%です。それから、「自分に満足している」という中学生はわずか9.4%しかいないです。アメリカ人だと53.5%、中国人も24.3%います。あるいは、「自分はほかの人々に劣らず価値のある人間である」、この問いにイエスと答えた日本人中学生はたった8.8%しかいないんですね。アメリカでも中国でも半数以上の子供たちです。

 つまり、セルフ・エスティームが低いというのは、発達障害の有無に関わらず日本の子供たちを理解する大きなキーワードだと私は考えております。実際、セルフ・エスティームをあげるというのは、発達障害にも密接に関わってまいります。というのは、二次障害の有無を握るのはセルフ・エスティームだということが言われていまして、セルフ・エスティームの下位概念はこういうことです。エビデンス・ベースでこれらをあげていくことをどうやって教育の中で導入していくか。そこを考えなければいけない。

 最後に、今一番考えなければなりませんのは、障害の概念だと思っています。先ほど山岡さん、渥美先生も、発達障害、発達障害とおっしゃっていました。確かに障害は障害なんですが、WHOが2001年に「障害の社会モデル」というものを出しています。これは個人因子だけではなくて、環境を整えて、社会参加できたり社会活動できれば、個人因子つまりディスオーダー、機能不全ですね、があったとしても障害、つまりハンディキャップにはならないという考え方です。ICFモデルは厚労省のホームページに出ていますが、文科省のホームページにはまだ出ていないかったと思っております。

 発達障害はこの個人因子の部分ですね。では子供達の活動の場、参加の場がどこかといいましたら、学校がメインです。つまりICFモデルで言うところの環境因子は、子供の場合、学校にあたるわけです。だからこそ、子供たちにとって良い環境をどうやってつくっていくかというところが問われてくるのかなと思っています。環境が整えば、発達的な課題があったとしても、ちゃんと生きるスキルを獲得できる。

 ご存じだと思いますが、チャーチル元英国首相もバージン・アトランティック航空をつくったリチャード・ブランソンもディレクシアですし、アメリカ文学の一人者ジョン・アーヴィングも息子がLDだとわかったときに自分もそうだと知ったと言っています。アメリカにここ10年くらいで大成功したブルージェットという大陸横断のエアラインがありますがここの創業者もADHDですし、ノーベル賞をとったディスレクシアやアスペルガー症候群の研究者も何人もいます。我々の中にも診断を受けていなくて成功をしている方はいっぱいいらっしゃる。だからこそ、これからの新しく社会に出ていく子供たちが一人ひとりその認知と学習スタイルの多様性を視野に入れ、将来の進路を見据えた指導を受けられるように、「障害」というレッテル張りにならないような形で指導・支援するというところを考えていかなければいけない。「特別支援教育」は障害児教育の新しい呼称になってはいけないと、私は強く考えております。

 先ほど「キミはキミのままでいい」ということがありました。確かに「みんな違って、みんないい」です。と同時に、すべての子供をいかに社会化させるか、つまり社会のルールを教え、生きるスキルを身につけさせていくか、それこそが教育だろうと痛感しています。就労の安定とパートナーとの出会い・安定、これは再犯をさせないための最低条件だというのが犯罪学の常識だと向井さんに教わりましたが、何も非行少年に限った話では全くない。誰しも生きていく上で就労の安定は大事です。就職が大事なわけではなく就職した後、安定して働いていくことが大事ですよね。そしてパートナー、もちろん大事です。心の安定、幸せに直結します。ここにターゲットを置いた指導を我々は考えていかなければいけないと思っております。

 確かに基礎学力も大事ですが、学力以前の基礎体力も大事です。でもどれだけ教科書を厚くしても、授業時間数を増やしても、自分は生きていてもしようがないとか、自分には価値がないと思っている子供には規範意識も基礎学力も入りません。自己理解・他者理解そしてセルフ・エスティームの向上は指導者が発達的な視点を持つことと直結します。一人ひとりの多様性を見ることが自己理解を深め、セルフ・エスティームをあげていくからです。だからこそ、特別支援教育は大事であり、そこを導入することは教育のパラダイムシフトにつながり、全ての子供を幸せにすると考えております。そして、子供たちの幸せは私たち大人の幸せに確実につながるのです。どうもありがとうございました。(拍手)

○池田主査 どうもありがとうございました。大変な熱弁で、いろいろとお教えていただきました。時間が大分押しておりますが、事務局からの資料の説明をお願いします。

議事録1         10 11 12 13 14 15

2007年06月02日(土) 06:06:59 Modified by nipponkamoshjka




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