広大な城の一角に設けられた、蝋燭の明かりに揺れる仄かに薄暗い書庫。
物心ついたばかりの幼い時から、俺はこの書庫で静かに本を読むのが大好きだった。
それはつい先日19歳を迎えたばかりの今も全く変わることなく、相変わらずこうして誰もいない部屋の中で古びた本のページを繰ることに夢中になっている。
この国の王である父は数年前から頻りに俺へ結婚の話を勧めてきているのだが、正直どんな絶世の美女を紹介されたところで俺はまだその気にはなれそうもなかったのだ。
長男の俺がこう言うのはおかしいのかも知れないが、結婚は3歳年下の弟が立派に引き受けてくれることだろう。
もちろん、俺も結婚というものに全く興味がなかったわけではない。
だが2年程前からこの国に起こっているある災厄が、そんな俺の興味を一手に引き寄せていた。

小さな天窓から見える空の様子から察するに、もうすぐ日が暮れることだろう。
前回彼らがやってきたのは3日前だから・・・今日辺りはまた城下の町に警鐘が鳴り響くかも知れない。
俺は最早確信めいたそんな予感に蝋燭の炎をフッと吹き消すと、手にしていた歴史書を元の書棚にしまって書庫を後にしていた。
そして晩餐の場へ向かおうと城の回廊を歩いている内に、予想していた通りの甲高い鐘の音が城下町の中心にある教会の方から聞こえてくる。
カァン!カァン!カァン!
そんな胸を掻き乱す不穏な音につられるようにして回廊の窓から眼下の町を見下ろすと、その上空に10匹程の真っ黒なドラゴン達が群れを成して飛び回っている様子が目に飛び込んできた。
とは言え町の人々ももうそんな光景に慣れてしまったのか、外を出歩く人の姿は何処にも見えない。
恐らくは誰もが皆、堅牢な家の地下室で脅威が去るのをじっと待ち続けていることだろう。

ドラゴン達の襲撃・・・それが、今この国を襲っている災厄の正体だった。
いや、城の書庫にある多くの歴史書を読んできた俺から見れば、これは寧ろ天罰だと言うべきかも知れない。
150年程前、今から4代前の国王が行ったある愚かしい行為が、この災いを生み出しているのだ。
300年以上前の建国からこの国は四方を深い森に囲まれた戦争とは無縁の平和な国だったのだが、にもかかわらずたった1度だけ大規模な武力を行使したことがある。
それは国の西側の森に棲んでいた大勢のドラゴン達を、害意有りとして無残にも虐殺したこと。
だが何処をどう調べてみても、この国がそれまでドラゴンから何らかの被害を受けたという記録は見当たらない。
秘められた国策があったのかそれともドラゴン達のあの恐ろしげな外見がそうさせたのかはわからなかったが、とにかく彼らは150年という長い月日を隔ててこの国に復讐を始めたのだろう。
まあ、幸いにしてドラゴン達も炎を吐いたりする種ではないお陰で、最近の襲撃の被害は建物だけの軽微なものに止まっているのが救いだったのだが。

やがてそんなことを考えながら両親と弟の待つ食堂へと辿り着くと、俺は大きなテーブルにそっと腰を掛けて給仕達が料理を持ってくるのを静かに待ち続けていた。
「今日も、ドラゴンがやってきたようだな」
「ええ・・・初めは月に1度程度だったというのに、近頃は週に2、3度の頻度で襲ってきます」
「でも、町の人々は全員が地下室に避難しているのでしょう?」
やがて母の漏らしたその言葉に、思わず小さな溜息が漏れてしまう。
「確かに最近はほとんど人々に被害はないですが、今では誰も夜に外を出歩かなくなってしまったのですよ?」

それはつまり、町から完全に活気が消えてしまったことを意味している。
ドラゴンが襲撃を始めた最初の頃は屋外にいた何人もの人々が次々とドラゴン達に何処かへと連れ去られ、そして2度と生きて戻って来ることはなかったのだ。
恐らくは彼らの住み処か、或いは人目の付かない場所へと連れ込まれて敢え無く食い殺されてしまったのだろう。
それに何時ドラゴンが襲って来るかも知れないという不安が人々の間に広がってしまった以上、再び町に活気を取り戻すのが容易でないことは簡単に想像が付く。
「とにかく、早く食事を済ませるとしよう。この城も、何時ドラゴン達に襲われるかわからぬのだからな」
「そうね・・・外には衛兵も立たせているし、彼らの身が心配だわ」
だがそう言いながらさしたる憂いも無い様子で料理に手を付け始めた両親の姿を見て取って、俺は隣にいた弟と一瞬だけ顔を見合わせると黙ってフォークを手に取っていた。

父も母も自分の治める国が成す術も無くドラゴン達に踏み荒らされているというのに、彼らはどうしてこんなにも平気な顔をして晩餐などを楽しんでいられるのだろうか・・・?
終始無言のまま食事を続ける2人の間には最早この国の復興を諦めているかのような暗い雰囲気が流れていて、この場にいるだけで何とはなしに俺も気分が落ち込んで行くような気がする。
やがて気まずい晩餐が終わってようやくゆっくりと落ち着ける自分の部屋に舞い戻ると、俺は大きな窓から相変わらずドラゴンの大群という静かな災厄に見舞われている町へと目を向けていた。
町の人々に避難を促す警鐘を鳴らした誰かも、今頃はもう教会の地下室でじっと息を潜めているのに違いない。
とは言うものの、ドラゴン達は時折家の屋根を引き剥がしたり窓や壁に尾を打ち付けて破壊することはあっても地上に降りてきたり建物の中へと押し入ってきたりしたことはこれまで1度も無かったという。
まあドラゴン達の目的がこの国の消耗にあるのだとしたら、それはもう十分過ぎる程に達成されているのだろう。
だがそれにしても・・・どうしてあのドラゴン達は決してこの城を襲おうとはしないのだろうか・・・?
ドラゴン達の襲撃が始まった2年程前から今日に至るまで城下町での被害は枚挙に暇がないというのに、どういうわけかこの城にだけ彼らの手が及んでいないのには、きっと何か理由があるはずだった。
何しろドラゴン達が150年前の虐殺の復讐にやってきているのだとすれば、ドラゴンの討伐隊を派兵した国王こそが真の敵であるはずなのだから。

やがて陽の落ちた暗い空を舞うドラゴン達がそっと南の空へと帰って行くと、ようやく闇に沈んだ町の中にポツポツと篝火の明かりが灯っていった。
「ふぅ・・・行ったか・・・」
今日も町の人々にはさしたる被害は無かったようだが、早く何か手を打たないとこの国は弱っていく一方だろう。
日に日に襲撃の頻度が上がってきていることを考えれば、いずれは毎日ドラゴン達の脅威に怯えて暮らさなければならない日がやってくるに違いない。
コンコン・・・
とその時、不意に誰かが部屋の扉を叩く乾いた音が辺りに響き渡っていた。
だが一体何事かと思って誰何の声を掛けようとした次の瞬間、扉越しに聞き慣れた弟の声が耳に届いてくる。
「兄さん・・・いるかい?」
「ああ、いるよ」
そしてそっと扉を押し開けてやると、何処か疲れた様子の弟がゆっくりと部屋の中へ入ってきた。

「どうかしたのか?」
「いやさ・・・父上も母上も、あまりに町で起こってることに無関心過ぎるとは思わない?」
「ああ・・・それは俺も考えていた。だけど、ドラゴン達の襲撃なんてどうやったら止められるって言うんだ?」
そんな俺の率直な問いに、弟が事も無げにとんでもない答えを口にする。
「誰かが、ドラゴン達のところへ和解を申し入れてくるしか方法は無いと思う」
「何だって・・・?」
ドラゴン達のところへ行くだって?ただでさえも人間達を憎んでいるような、あの怪物達のもとへ・・・?
もしそんなことをしたら、和解など申し入れる間もなくあっと言う間に彼らの餌食にされてしまうだけだろう。
「無理だよ・・・そんなこと・・・」
「とても危険だけど、ドラゴン達に会う方法はあるんだ。でも失敗したら、今度こそこの国はお終いになる」
「方法・・・?どんな方法なんだ?」
心の中ではまさかとは思いながらも、何か考えがあるかのような弟の言葉に思わず興味を示してしまう。

「あのドラゴン達・・・どうしてこの城だけは襲ってこようとしないのか知っているかい?」
「いや・・・何か理由があるのか?」
「もちろんさ。でもその理由は、皆が寝静まってから教えに来るよ。もちろん、ドラゴン達に会う方法もね」
弟はそれだけ言うと、そっと廊下の様子を窺ってから静かに部屋を出て行った。
ドラゴン達が・・・この城を襲ってこない理由だって?
確かに幾ら町を荒らしても一向に城へは近付いてこないドラゴン達の行動には疑問を抱いていたものの、どうして弟がその理由を知っているというのだろうか・・・?
だが幾ら考えてみたところでその答えが出てくるはずもなく、俺は黙って大きなベッドに腰掛けると弟が再び部屋にやってくるのをじっと待ち続けることにした。

「もうそろそろか・・・?それにしても眠いな・・・」
1度は焚かれた町の灯が時とともに1つ、また1つと消えていく様子を眺めながら、俺は相変わらずベッドに腰掛けたまま徐々に襲い掛かってくる睡魔と戦い始めていた。
時刻は午前1時。
父も母も流石にもう眠りに落ち、俺を除けば城の中で目を覚ましているのは少数の衛兵達と弟だけだろう。
そしてそんなことを考えている内に、再び部屋の扉が乾いた音を立てて小さく震える。
コンコン・・・
「兄さん?」
「大分待ちくたびれたけど、まだ起きてるよ」
そんな俺の返事を聞いて、弟が遠慮がちに扉を開けて中を覗き込んできた。

「それじゃあ、行こうか」
「行く?一体何処へ行こうって言うんだ?」
やがて突然俺を何処かへと連れ出そうとする弟に思わずその行き先を訊ねてみると、彼が革紐の付いた小さな真鍮製の鍵を指先で回しながらサラリと答える。
「宝物庫さ。大丈夫、鍵はあるから」
「いや、そういう問題じゃ・・・」
宝物庫だって・・・?
だがこれ以上は何も答えてくれなそうな彼の様子に諦めておとなしく後についていくと、何時の間にか人気のない地下へと続く階段が俺の前に姿を現していた。
「なあ、宝物庫の前には見張りがいるだろう?」
「ドラゴンが町を襲うようになってからは、滅多に見張りを立たせなくなったんだよ。城の外を見張るためにね」
成る程・・・幾らなんでもこの国がそこまで人材不足だったようには思えないのだが、一応は父も母もドラゴンに対してある程度の危機感は持っているということなのだろう。
そしてしばらく通路を歩いた末に弟の言う通り誰もいない宝物庫の前に辿り着くと、彼が手にしていた鍵でそっとその大きな観音開きの扉を引き開けていた。

王子という身分故か財宝などにはさして興味がなかったお陰で、小さい頃に1度中を覗いたきりずっと足を踏み入れることのなかった秘密の部屋。
だが弟についてその金銀財宝に埋め尽くされた部屋の中へ入って行くと、不意に彼が俺の方へと視線を向ける。
「それで・・・ここに一体何があるって言うんだ?」
「・・・これさ」
そう言いながら、弟が豪奢な宝飾品の中で場違いな存在感を放っていた1本の黒くて細い棒を取って寄越す。
俺は最初それが何かわからなかったものの、手に触れた感触から察するにどうやら木でできた杖らしかった。
これまで見たことも無いまるで吸い込まれるかのような漆黒に染まる不思議な杖・・・
だが今初めてこの杖を目にした俺にも、これが凄まじいまでの禍々しさを秘めているのがわかってしまう。
「なんだ・・・これ・・・?」
「何の木でできているのかはわからない。でも、この杖が作られた目的ははっきりしているんだ」

それを聞いて反射的に彼の方へと向けた俺の顔には、きっと怪訝そうな表情が貼り付いていたことだろう。
この杖が作られた目的だって・・・?
こんな材料以外には特に何の変哲も無い杖に、老人や盲人が歩くための補助に使う以外のどんな用途があるんだ?
「僕は兄さんと違って読書が苦手だからね・・・書庫に引き篭もる代わりに、よくこの宝物庫を覗いていたんだ」
「ああ、それは知ってるよ」
「それで、大分前からこのおかしな杖の存在には気が付いていたんだ。なんでこんな場所に・・・ってね」
確かにどんな素人が見ても高価な物とわかるような様々な宝飾品に混じってこんな奇妙な杖が置かれていたら、流石に違和感を感じない人間はまずいないことだろう。ましてや、ここは宝物庫なのだ。
「だけど以前町へ行った時に、たまたま来ていた旅の行商人がこれと同じ杖を突いていたことがあったんだ」
「それで?」
「その人に訊いてみたのさ・・・どうして盲目でも年寄りでもないのにそんな杖を突いているのかってね」
その後に継がれた彼の言葉を聞いて、俺は自分の顔に驚きの表情が浮かぶのを抑えることができなかった。

「彼が言うには、この杖にはドラゴンを遠ざける力があるらしいんだ。それも、その効果はかなり強力らしい」
「この杖に・・・ドラゴンを遠ざける力が・・・?」
余程高密度な木材なのか見た目の割にズッシリと重いその漆黒の杖に、またしても視線を吸い寄せられてしまう。
「だから行商人に限らず、山林を旅する人達には大層重宝されてる品物だって言っていたよ」
「成る程・・・だけど、どうしてそんなものがこの城の宝物庫なんかに保管されてるんだ?」
「この杖、100年以上前に一時的に量産された後はめっきり市場には出回らなくなったらしいんだけど・・・」
そこまで言うと、弟が俺の他には誰もいないというのに静かに声を潜めて顔を近付けてくる。
「製造場所はどうやら、当時この城に隣接されていた小さな工房だったっていう話なんだ」

100年以上前に、この城に工房があった・・・?
そう言われれば確かに、城の裏門の傍に今は取り壊された後造りの部屋のようなものがあった気がするけど・・・
「まあ兄さんが知らないのも無理はないと思う。多分、歴史書にも残されない秘密裡の事業だったんだろう」
「じゃあこの杖がここにあるから、あのドラゴン達はこの城を襲ってこないって言いたいのか?」
「僕はそう思っている。そしてもしそうだとすれば、ドラゴンを遠ざける効果は非常に高いと言えるはずだ」
やがてそう言いながら、弟が俺から取り上げた杖をそっと高い天井へと掲げて見せる。
「わかった・・・その杖のことは後で調べておくよ。だけど、まだ本題の方を聞いていないぞ」
「ああ、ドラゴン達に会う方法かい?」
あのドラゴン達の襲撃を止める方法・・・
ドラゴン達のもとへと和解を申し入れに行くなどという無謀な案を実現する方法が、本当にあるのだろうか?
「これが方法さ、兄さん・・・この杖を持って、ドラゴン達の住む南の森へ行くんだ」
「え・・・?」
「この杖を持っている限り、ドラゴン達は決して手を出せない。問題はどうやって説得するかなんだけど・・・」

だが淡々とした様子でとんでもない話を続ける弟に、俺は慌てて口を挟んでいた。
この本気なのか冗談なのか判別が付かない淡泊な物言いは、弟の数少ない欠点なのかも知れない。
「ちょ、ちょっと待てよ。さっきの話が事実なら、この城はその杖があるから無事に済んでいるんだろ?」
「そうさ・・・杖を持ち出すってことは、この城をドラゴン達に対して無防備にすることを意味している」
「失敗したらこの国が終わるって言うのは・・・そういうことか」
部屋で聞いた弟の不吉な言葉が脳裏に蘇り、俺は急激に背筋が冷たくなっていくのを感じていた。
しかしそれでも、このまま何もしないのでは確実にこの国に明るい未来は無いだろう。
「くそっ・・・でも、誰かがやるしかないんだな?」
そして胸の内に固められた覚悟の程を自問するように、厳しい口調で弟に詰め寄っていく。
「ああ・・・だから、誰か交渉事の得意な有志を募って・・・」
「いや、南の森へは俺が行く。今日襲撃があったばかりだから、明日はきっと奴らもやっては来ないだろう」

それを聞いて、今度は弟の方が初めて取り乱したように引き攣った声を上げる。
「な、何だって!?駄目だよそんな・・・だって兄さんは・・・」
「王子だから、か?だけどこの国の命運を左右する大仕事を、見知らぬ他人に任せるわけにはいかない」
国王も王妃もこの事態の解決を諦めているのなら、王子である俺がその役目を果たさなくてはならないのだ。
「そ、それなら、代わりに僕が行くよ」
「お前は今年16歳になったばかりだろう?まだ結婚もできない歳の子供に、こんな危険な真似はさせられない」
「そんな・・・」
まさか自分の提案で俺の身を危険に晒すことになるとは夢にも思っていなかったのか、弟がガックリと落胆した様子で肩を落とす。
だが一見馬鹿げたことのように聞こえる彼の案が、この絶望的な状況の中でも確かな説得力を持っていたのだ。
「お前には、万が一俺に何かあった時にしっかりとこの国を纏めていってもらいたいんだ」
「・・・わかったよ・・・でも、絶対に無事に戻って来てね」
「ああ、約束だ」
俺はそう言って漆黒の杖を片手に宝物庫を後にすると、もう1度弟と顔を見合わせてからお互いの部屋へと戻っていった。

翌日、俺は昨夜遅くに寝付いたこともあってか昼前になってようやく目を覚ましていた。
そして召使い達に頼んで軽い昼食を部屋まで持ってきてもらうと、ベッドの下に隠していたあの不気味な杖を手に取ってみる。
本当にこんな杖を持っているだけで、ドラゴン達は手出しが出来ないのだろうか・・・?
一体これが何の木でできているのかだけでも判れば多少の手掛かりにはなるのだろうが、今となってはそれを確かめる術など何処にも残っていないのに違いない。
そしてもしかしたらこれで人生最後になるかも知れない食事を終えると、俺は人目に付かないように杖を麻布で覆ってからそっと自分の馬小屋へと向かっていた。
小さな頃から乗り回している愛馬を危険な道中に付き合わせてしまうことには多少の後ろめたさがあったものの、ドラゴン達の説得に失敗すればこの国そのものが滅びてしまうことだって十分に有り得るのだ。
やがてそう自分に言い聞かせながら美しい白馬を小屋から連れ出してくると、俺は静かに紅のマントをはためかせながらその鞍上へと飛び乗っていた。

パカラッパカラッパカラッ・・・
地を駆ける軽快な蹄の音が、胸の内に渦巻く暗い不安を多少なりとも和らげていく。
腰にはあの杖とともに一応は真新しい一振りのサーベルを身に着けているものの、巨大なドラゴン相手には何の役にも立たないであろうことは俺が1番よくわかっていた。
そしてまだ人通りの多い城下町の曲がりくねった広い道を通り抜け、視界一面を覆い尽くす薄暗い南の森へと向かってなおも馬を走らせていく。
だがいざ欝蒼と茂る木々の群れの中へ飛び込んで行こうとした次の瞬間、不意に乗っていた馬が大きな嘶きを上げてその場に立ち上がっていた。

「ヒヒヒィーン!」
「うわっ!」
ドサッ・・・
そのあまりにも突然の事態に思わず掴んでいた手綱を放してしまい、馬の背から勢いよく振り落とされてしまう。
そして地面に強か打ち付けた背中の痛みに顔を顰めている間に、長年連れ添ってきた愛馬が俺をその場に残したまま一目散に町の方へと逃げて行った。
「う・・・いてて・・・」
一体どうしたというのだろうか・・・?
確かに馬は臆病な生物ではあるのだが、まだ姿も見せていない存在にここまで過剰な反応を示すことは珍しい。
この森の奥に巣食っているドラゴン達が、それ程までに不穏な気配を放っていたとでも言うのだろうか?

だがそうは言っても、ここまで来たらもう後に引くことはできなかった。
そして唯一の命綱であるあの杖がまだしっかりと腰に差さっていることを確認して、落馬の痛みに軋む体をそっと深い森の中へと滑り込ませていく。
この広大な森の何処かに、凶暴なドラゴン達が棲んでいるのだ。
果たして話の通じる相手なのかもわからないが、国を救うためにはどうあっても彼らを説得し、場合によっては150年前の罪について許しを請わなければならないことだろう。
燦々と頭上に降り注いでいるはずの明るい陽光は分厚い木々の梢に遮られ、森の奥へと進む内に辺りがだんだんとその闇の度合いを深めていく。
鳥の鳴き声や獣の息遣いさえ聞こえないその不気味なまでの静けさに、野性的な勘に乏しい人間の俺でさえもが逃走を促す警鐘を感じ始めていた。

何という恐ろしさなのだろうか・・・
まだ時刻は昼を少し回ったばかりだというのに、周囲を包んでいるのはまるで夜と見紛うばかりの深い闇。
徒歩で進んできたはずだというのにもう後ろを振り返っても森の出口は遥か遠くに消えていて、明らかに俺が立てたのとは違うガサガサという茂みを揺らす音が時折耳に入ってくる。
くそっ・・・怯えるな・・・俺には、この杖があるんだ・・・
初めて弟からその話を聞いた時には何処か半信半疑だったというのに、今や俺はじっとりとした汗に濡れる手で麻布の包みを握り締めながら襲い来る恐怖に必死に耐え続けていた。

ガサ・・・ザワザワ・・・
風の通り過ぎる音か、何者かの足音なのか・・・
時とともに俺の周囲を取り巻く不穏な気配が少しずつ、しかし確実に濃くなっていく。
そして永遠にも感じられる程のその永く耐え難い不安に歩みを止めると、ついに俺の視界の中に鋭いドラゴンの双眸が無数に浮かび上がっていた。
「うっ・・・うあ・・・」
闇の中に溶け込むかのような黒き鱗を身に纏い、禍々しい殺気を撒き散らす恐ろしい巨獣・・・
燃えるように鮮やかな朱色の瞳が、無謀にも縄張りへと侵入してきた人間に突き刺すような視線を向けてくる。
前も後ろも右も左も・・・
気が付けば俺は、そんな凶暴極まりないドラゴン達にすっかりと周囲を取り囲まれてしまっていた。
町の上空を飛び回っている様子を遠くから眺めていた限りではそれ程でもなかったものの、こうして間近で相対すると彼らが皆どれ程の巨躯を誇っているのかがよくわかる。
それでもこの杖が俺を護ってくれているのか、彼らは黒々とした底知れぬ殺気を撒き散らしながらも相変わらず俺との間に一定の距離を保って様子を窺っているばかりだった。

とは言えどう見ても穏便に話し合えるような雰囲気ではない怒れるドラゴン達の様子に、ますます絶望的な不安が俺の胸を締め付けていく。
「お、落ち付いて聞いてくれ・・・俺はただ、あんた達の・・・主と話がしたいんだ」
果たしてこんな凶暴なドラゴン達の群れを纏める長がいるのかどうかについては甚だ疑問だったものの、俺は一縷の望みを掛けてまだ見ぬ暗闇の奥へとそう呼び掛けていた。
だが、案の定返事はない。
それどころか、周囲のドラゴン達がグルグルと恐ろしげな唸り声を上げながら何時でも俺に飛び掛かれるようにとその身を低めている。
その見上げるような巨体を宙に浮かせる大きな翼・・・捕らえた獲物を無慈悲に引き裂く鋭利な鉤爪・・・
それに巨木さえ薙ぎ倒せそうな程の妖しく蠢く太い尾が、眼前の人間の命を刈り取るべく静かに揺れていた。
「なあ・・・頼むよ・・・俺の話を聞いてくれ・・・」
自分の置かれている極めて危機的な状況よりも、あの国をドラゴンの襲撃から救う方法が潰えてしまったという受け入れ難い事実の方が弱り切った俺の心を痛め付けていく。

「私に・・・何か用か・・・?」
だがその時、不意に闇の中から透き通った艶のある声が辺りに響いていた。
そんなあまりに予想外の出来事に驚いて項垂れていた顔を上げると、生い茂った木々の奥から美しい青紫の体毛に覆われた1匹の雌竜が顔を出している。
このドラゴンが・・・群れの長・・・?
周囲を取り巻く野蛮な雄のドラゴン達からは想像もできぬような凛々しい顔立ちをした長の出現に、俺はしばし声を失ってその場に立ち尽くしていた。



鼻先から後頭部へ向かって真っ直ぐに伸びた薄い紫色の2本の角。
その双角の間から長い首筋に向かって棚引く水色の鬣。
そして人間以上の知性を感じさせる落ち着いた黒い瞳が、彼女がこのドラゴン達の女王であることを示している。

「あ、ああ・・・」
何という美しさなのだろうか・・・
屈強な筋肉を纏う太い腕を地面の上に組んだまま横目でこちらを見ている彼女の妖艶さに見惚れてしまい、俺は卑小な人間としての、或いは女王に傅く雄としての本能に思わずその場へと跪いてしまうところだった。
だが寸でのところでここへ来た本来の目的を思い出し、危うく屈し掛けた雄としての矜持を再び強く握り締める。
「あんたと話がしたい・・・できれば、誰の邪魔も入らないところで・・・」
「・・・何故だ・・・?」
「自分の国を、救いたいからだ」
雌竜はそれを聞くと、やがてついて来いとばかりにそっと森の奥へとその身を滑り込ませていった。
そして闇の中で彼女の姿を見失わないように必死に後を追っていくと、しばらくしてあれだけ深かった森が開けて夕焼けの空に照らされた大きな湖の畔が見えてくる。
「ここで聞こう・・・心配せずとも、ここは私だけの聖域・・・他の者達は近付かぬ」
やがてそう言いながら雌竜が艶めかしい仕草で湖畔の湿った土へ腰を下ろしたことを見届けると、俺は彼女から少し距離を空けて同じように冷たい地面の上に座り込んでいた。

「あんたには話が通じそうだから結論から言わせてもらうが、もう俺達の国を襲わないでもらいたいんだ」
「別に私が襲わせているわけではない。あの者達は、かつて人間達から受けた非道への復讐に走っているだけだ」
「・・・150年前にあったドラゴン達の虐殺のことか?」
それを聞くと、それまで幾分か柔和さを残していた雌竜の顔に微かな怒気が宿る。
「そうだ・・・ここの者達は皆、己の私利私欲のために大勢の同胞を殺したお前達人間を憎んでいる」
「私利私欲のため・・・?じゃあやっぱり、ドラゴン達に害意があったからというのは嘘だったんだな?」
「当然だ。我らはそれまで、お前達の国はもとより人間を襲ったことさえただの1度もなかったのだからな」
真っ直ぐに俺の顔を見つめたままそう語る雌竜の眼に、嘘を言っているような様子は微塵も見受けられなかった。
「でも、一体何の為にそんな酷いことを?」
だがふと脳裏に過ぎった素直な疑問を吐き出しただけの俺の言葉に、突然雌竜がその身を起こす。
ズッ・・・
「うっ・・・な、何を・・・?」
やがて今にも俺に向かって飛び掛からんと不気味に巨体を沈めた雌竜の様子を見て取って、俺は反射的に腰に差したままの杖をギュッと握り締めていた。

「・・・お前は、その手にしている物が何かを知らぬのか?」
しばしの張り詰めた静寂の後に雌竜の放ったその言葉が、緊張に震えていた俺の耳にゆっくりと沁み渡っていく。
「え・・・?」
そして巻いていた麻布を取り払って黒々としたその不気味な杖の姿を露わにすると、周囲の森で俺達の様子を窺っていたのであろう他のドラゴン達から明らかな動揺にも似たざわめきが届いてきた。
更には雌竜自身もその影響を受けたらしく、眼前に出現した漆黒の杖を憎々しげに眼を細めて睨み付けている。
「一体・・・これは何なんだ・・・?」
「その杖の材料は・・・黒竜天樹という呪われた樹木だろう」
「の、呪われた樹木だって・・・?」

どんな歴史書にも記されていなかった謎の杖の材料を、何故彼女が知っているのだろうか?
だがそんな俺の顔に貼り付いていた疑問の表情を読み取ったのか、雌竜がさっきまでの威圧的な構えを解いて再び地面の上へ蹲りながら先を続ける。
「我らにとって、天は死を意味する。その名が示す通り、多くの竜が息絶えた場所に稀に芽吹く不吉な樹なのだ」
多くの竜が息絶えた場所・・・まさか・・・?
「そしてそれには、同族達の死の気配が染み付いている。だから我らは、その樹にだけは近付くことができぬ」
「じゃ、じゃあまさか・・・150年前に起こった虐殺の理由っていうのは・・・」
「そう・・・人間達はその忌まわしき樹を発芽させるために、静かに暮らしていた我らに刃を向けたのだ」

何てことだ・・・つまりドラゴン達は、この呪われた杖を作るためだけに殺されたということじゃないか。
そんなふざけた理由で多くの同胞を失ったのでは、彼らの凄まじいまでの憤怒にも納得がいく。
「で、でも・・・どうして今頃になって復讐を・・・?」
「200年以上連れ添った夫も敢え無く命を落とし、あの無残な虐殺で生き残ったのは成竜ではこの私だけだった」
雌竜はそんな俺の問いに怒りというよりは深い悲しみに満ちた表情を浮かべながら、静かに言葉を紡いでいった。
「そして辛うじて人間の魔の手を逃れた幼い仔竜達を引き連れて、私達は命辛々この森へと逃れてきたのだ」
ということは、あの雄竜達はその時の仔竜だったのか・・・
それが十分に成長して力を蓄えた今、ようやく人間達に反撃を始めたということなのだろう。
「親を殺されたあの者達にとって、人間は憎むべき敵でしかない。無論、最愛の夫を失ったこの私にとってもな」

やがて終始落ち着いた口調で話す雌竜の様子をじっと観察していると、俺は彼女がその美しい巨体を時折フルフルと震わせていることに気が付いていた。
やはり表面上は平静を装っていても、心の何処かでは人間に対して強い敵意と憎悪を抱いているのだろう。
その憎き人間が目と鼻の先にいるというのに手を出すこともできぬという狂おしい程の葛藤が、静かな怒りの炎となって彼女の内で燻っているのが俺にも痛い程よくわかった。
こんな調子では、とても彼らにかつての罪についての許しなど請えるはずもない。
俺がこの杖を持っている限り、俺とあの雌竜との間には到底埋め難い深い溝が横たわっているのだ。
だがこれ以上人間に話すことはないとばかりにそっと身を伏せた雌竜の様子を見て取って、俺は一握りの覚悟を胸の内に塗り固めると手にしていた唯一無二の命綱である黒き杖を湖に向かって勢いよく放り投げていた。

音も無くクルクルと回転しながら放物線を描いて飛んで行った杖が、やがてポチャンという小さな響きを残して湖中へと消えていく。
ドガッ・・・ドドッ・・・
「が・・・ぁっ・・・」
そしてその空しい余韻が終わるか終らないかの内に、俺は突然弾かれたように飛び掛かってきた巨大な雌竜に突き飛ばされて声を上げる間も無く地面の上へと組み伏せられてしまっていた。
悠久の時に鍛え上げられたその巨体を容赦無く預けられ、押し潰されそうになった体がメキメキと悲鳴を上げる。
「う・・・はぁっ・・・」
喉元へと据えられた大きな手の先に生え伸びる鋭利な鉤爪。
端正な顔立ちからは想像もできぬ程にギッシリと生え揃った無数の牙。
そして俺の顔を睨み付ける大きく見開かれた2つの竜眼が、捕らえられた無力な獲物に確実な死を告げている。

やがてその恐ろしげな顎がゆっくりを開けられる様を眼前で見せ付けられて、俺は両の拳をギュッと力一杯握り締めたまま圧倒的な死の予感に雌竜から顔を逸らしていた。
あまりの恐怖にきつく閉じられた瞼がもたらす永遠の闇の中で、耳に聞こえてくるのはハァハァという荒々しい雌竜の息遣いとバクバクと暴れ回る自分の鼓動だけ。
ツツッ・・・
「あ・・・」
だがいざ唾液に濡れる鋭い牙の先が露わになった首筋に触れると、俺は完全に抵抗を諦めて体の力を抜いていた。
そしておとなしくなった俺の細首を、雌竜がじっくりと時間を掛けて咥え込んでいく。
もうほんの少し顎を閉じられたら、俺の命は実にあっさりと吹き消されてしまうことだろう。
ガチガチと噛み合わぬ上下の歯を必死に食い縛りながら、俺は成す術も無く震えていることしかできなかった。

「・・・何故だ・・・?」
しばらくして、ジワジワと迫ってくる死の気配に麻痺していた俺の頭の中に不意にそんな雌竜の声が響いてくる。
既に殺されるものと思い込んでいた俺はそれでも辛うじてその言葉の断片を何とか拾い集めると、恐る恐る閉じていた目をゆっくりと開けていた。
そんな俺の眼前に、依然として怒りの表情を保ったままの雌竜の顔が揺れている。
「お、俺は・・・あの国を救えるのならあんたたちの生贄にでもなるつもりでここへ来たんだ・・・」
「お前1人が犠牲になったところで、親を殺されたあの者達が人間への復讐を止めるとでも思うのか?」
「わからない・・・でも、あの杖を持っている限りあんた達と話し合いなんてできないと思ったんだよ」
それを聞いて、雌竜が俺の胸に更にグッと体重を預けてくる。
「話し合いだと・・・?私はともかくとしても、あの者達の怒りがそんなことで収まるものか・・・!」
「う・・・ぐ・・・」
やがて肺を圧迫されて呻き声を上げるばかりの俺を素早く長い尻尾で巻き上げると、彼女は俺を抱えたまま静かに森へ向かって歩き始めていた。

「な、何を・・・するんだ・・・?」
ようやく息苦しい巨竜の腹下から解放されたのはいいものの、ズシッズシッと地面を踏み締める雌竜の荒々しい足音が俺の不安を否応無く煽っていく。
そして空の開けた湖畔から夜を迎えて闇に染まった森の方へと視線を向けた瞬間、俺は背筋が冷たく凍り付いていくような感覚に襲われていた。
真っ暗な森の闇の中に浮かぶ、朱に染まった無数の眼光・・・
杖を放して無防備になった人間の獲物を待ち侘びる大勢の雄竜達が、森の中へと集まってきている。
「ひっ・・・や、やめ・・・」
そしてその恐ろしい企みに気付いて尻尾のとぐろの中で身を捩った俺を眺めながら、彼女が不気味に抑えられた低い声を耳元に囁いてきた。
「どうだ・・・あの者達の中へ投げ込まれたら、さぞや苦しい最期を迎えることになるだろうな・・・」
「あ・・・ぁ・・・頼むからそれだけは・・・ゆ、許してくれぇ・・・」
今にも怒れる雄竜の群れの中へと放り込まれそうで、俺は必死に雌竜の尻尾にしがみ付いたまま泣き叫んでいた。

やがてほとんど全力を込めるようにして青い毛尾を抱き抱えていた俺を、雌竜がそのとぐろごとゆっくりと雄竜達の待つ森の境界線へ近付けていく。
それに応えるようにして、早く獲物を寄越せとばかりに黒い鱗に覆われた恐ろしい腕がまるで冥府の奈落へと誘う亡霊の如く幾本もこちらへと伸ばされてきた。
あれに捕まったら最後、彼らの待つ暗がりの中に引きずり込まれて・・・俺は・・・
だが逃げようにもこの雌竜には最後まで俺を手放すつもりなどないらしく、彼女は微塵の躊躇いも見せぬまま俺をその雄竜達の腕の群れへグイッと差し出していた。

ガシッ・・・ガシッワシッ・・・
その瞬間尻尾の外に露出していた腕が、足が、そして頭までもが、漆黒に染まる雄竜達の手に掴まれてしまう。
「あ・・・あ・・・」
もしこのまま彼女に体へ巻き付けられている尻尾を解かれたら、もう俺の命は無い。
先程から全身を蝕んでいた激しい恐怖からくる震えがついに最高潮に達し、大きな手に掴まれてピクリとも動けぬ顔からボロリと大粒の涙を溢れさせてしまう。
そしてしばらくそんな風前の灯の気分を嫌という程に味わわされると、ようやく彼女が雄竜の手から俺を離すように尻尾を引き寄せてくれていた。
そして死の恐ろしさに涙と鼻水でクシャクシャになった俺の顔を悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込みながら、微かな嘲りを含んだ小さな鼻息とともに胸に突き刺さる一言をポツリと漏らす。
「フン・・・我らの生贄にでもなる覚悟と言ったが、随分と安っぽい覚悟なのだな」
だが肝心の俺の方はというと、正に九死に一生を得たという深い安堵と先の見えぬ不安に打ちひしがれていた。

「ど、どうすれば・・・はぁ・・・はぁ・・・許して・・・くれるんだ・・・?」
「あの者達は竜としてはまだ若いし、知識を受け継ぐべき親を失ったせいで人語を解することもままならぬのだ」
そう言ってペロリと俺の顔を舐め上げながら、彼女がすっかりと落ち付いた口調で先を続ける。
「だからどうしても人間への復讐を止めさせたいというのなら、彼らの本能に訴え掛けるより他にないだろう」
「ほ、本能・・・って・・・?」
「我ら竜族は、人間以上に同族意識が強いのだ。それは裏を返せば、同じ血族には決して牙を向けぬということ」
それはつまり、あの国にドラゴン達の血族を住まわせばいいということか?
「私も人間達に夫を殺されたが、あの者達に比べればまだ人間に対する憎しみは軽い方だろう。だから・・・」
「だから・・・?」
「私と夫婦の契りを交わしてお前と共にあの国へ住めるというのなら、彼らももう人間を襲うことはないだろう」
全く表情を変えずに雌竜が言い放ったその言葉に、俺は思わず大きく目を見開いていた。

「お、俺が・・・あんたと・・・夫婦に・・・?」
「私の4分の1しか生きていないあの雄竜達は、生憎とまだ私とは到底釣り合わぬのでな・・・」
「だからって・・・人間の俺なんかが・・・」
幾ら竜としては若いとは言え150歳以上の雄竜達が釣り合わないというのに、どうして彼女はまだ成人も迎えていない人間の俺を夫にしようとしているのだろうか・・・?
「急にそんなこと言われても俺・・・答えられないよ」
「その身形を見れば、お前が王族だということは一目でわかる。出来ぬ相談ではないと思ったのだがな・・・」
やがてそんな歯切れの悪い俺の返事を聞くと、彼女はそっと俺を解放して湿った地面の上へと腰を下ろしていた。
「まあいい・・・どうしても嫌だというのなら、何処へなりとも消えるがいい」
彼女の取り付く島も無いその物言いに、結局何もできなかったという落胆だけが俺の背に重くのしかかってくる。
だが仕方なく城へ帰ろうと静かに踵を返したその瞬間、俺は重大なことに気が付いていた。
行く手を遮る深い森の中に、今も怒れる黒い雄竜達が犇いていたのだ。

ああ・・・そんな・・・これじゃあ、ここから出られないじゃないか・・・!
やがて反射的に助けを求める視線を雌竜の方へ向けてしまうと、彼女が何処か勝ち誇ったかのような表情を浮かべて微笑んでいる。
最初から、俺に他の選択肢など無かったのだ。
そして力無く雌竜のもとまで歩いていくと、彼女がわざとらしく気の無い振りをしながら小さな呟きを漏らす。
「どうした・・・気でも変わったのか・・・?」
「ああ・・・俺の負けだよ・・・後は煮るなり焼くなり、どうとでも好きにしてくれ」
その屈辱的な降伏宣言とも取れる俺のプロポーズを確かに聞き届けると、彼女の美しい顔にようやく初めて見た時の柔和な表情が戻ってきていた。

「では・・・契約成立ということだな・・・」
やがてそう言いながら、雌竜がゴロリと伏せていた巨体を翻す。
そして仰向けになったまま艶めかしいその四肢を俺の前で大きく左右に広げると、青き体毛に埋もれた彼女の股間に秘められた大きな赤い割れ目がその姿を現していた。
「さあ、来るのだ・・・この期に及んで、どうしてよいか分からぬなどとは言わせぬぞ」
もちろん、そんな心配など必要ない。
有無を言わせぬその凄艶さに満ちた雌竜の表情を目にした途端、俺は自らのペニスが言い知れぬ興奮とともに急速な膨張を遂げていることに気付いていたからだ。
相手は人間ですらない、見上げるような巨躯を誇る竜の女王・・・
なのにこうもあっさりと雄の本能を焚き付けられてしまったのは、俺の眼前で不気味に蠢いている真っ赤な蜜壷が立てる淫靡な水音を聞かされたせいだろう。
ジュブッ・・・グブッ・・・というまるで煮え立つ溶岩の池が放つような熱い粘液の弾ける音が、辛うじて俺の理性を御していた最後の箍を正に粉々に打ち砕いていった。

夜を迎えた空にはひんやりとした澄んだ空気が満天の星々を煌かせ、折しも大きな金色の満月までもが顔を見せている。
更にはそんな漆黒の空を埋め尽くす輝きが波の無い静かな湖面にも全く褪せることなく映り込み、深い森に囲まれた湖は宛ら光の粒に覆い尽くされた暗室のようになっていた。
そして眩いばかりの月光をその身に浴びて雄を誘う美しい雌竜が、こちらへ伸びた尻尾を扇情的にくねらせる。
俺はそんな彼女に視線を釘付けにしたまま、そっと身に着けていた衣服を脱ぎ始めていた。
パサッ・・・ファサッ・・・
徐々に地面の上へと積み重ねられていくその服の音が、激しい情事の前の静けさを見事に演出していく。
湖の周囲を取り巻く暗い森からは相変わらず無数の雄竜達の鋭い視線を感じるものの、すぐ傍で横たわっている雌竜の圧倒的な魅力の前では全裸の姿を晒すことに欠片程の羞恥も感じはしなかった。

やがて上も下もすっかりと纏いを脱ぎ去った俺の姿を見て、雌竜が満足げにその眼を細める。
「さあ、来るのだ・・・孤独とともに紡がれていた私の150年の空白を・・・お前が埋めてくれ・・・」
その言葉とともに更に大きく広げられた彼女の股間に、俺は尻尾を跨ぐようにしてそっと跪いていた。
雄の到来を待ち侘びてヒクヒクと戦慄く彼女の熱い淫唇が、煮え滾るねっとりとした愛液に濡れている。
だが極度の緊張と興奮にゴクリを息を呑んだ瞬間、柔らかな体毛に覆われた尻尾が不意に俺の股間を撫で上げた。
サワッ・・・
「はうっ・・・」
肌触りのよい毛尾にギチギチに膨れ上がったペニスの裏筋と睾丸を滅茶苦茶に擦り上げられて、思わず上擦った情けない嬌声を上げさせられてしまう。
「どうした・・・早く、その雄槍で私を貫くがいい・・・」
「あ、ああ・・・」

その巨大な竜膣の持つあまりの迫力に俺はしばらく一線を越えることを躊躇していたものの、やがて彼女のふくよかな腹の上に両手を付いて静かに自らの怒張を彼女の中へと押し込んでいった。
ズッ・・・ズブブ・・・ズル・・・
「ふっ・・・あっ・・・はあぁ・・・」
分厚い肉襞が、小刻みに震える小さな突起が、そして雄を惑わす芳香とともに熱く灼けた愛液が、まだ挿入を始めたばかりの俺の思考を蕩けるような快楽の嵐へと巻き込んでいく。
その途端体重を支えるために精一杯突っ張っていたはずの両腕からはあっさりと力が抜け、俺はほとんど彼女の上に崩れ落ちるようにして熱い秘所を貫いていた。
ズズリュッ・・・!
「かはっ・・・あふ・・・」
根元まで呑み込まれた敏感な肉棒が、無数の力強い肉襞にゆっくり締め上げられていく。
燃えるように熱い愛液の感触に身悶えながらもその背筋を震わせるような凄まじい快楽に溺れまいと必死に握り締めた両拳に力を込めてみるものの、それが何の抵抗にもならぬだろうことは俺が1番よくわかっていた。

グチュグチュという淫らな音を発する彼女の膣壁はまるで餅のように柔らかな感触だというのに、それが大きなうねりとなって波打つ度に捕らわれたペニスが右へ左へと木の葉のように翻弄される。
そして愛液のもたらすジンジンという焼け付くような熱に鋭く研ぎ澄まされていた俺の雄槍が、いよいよ根元からグギュギュッと扱き上げられていた。
「あ・・・はあぁぁっ・・・」
決してとどめを急がぬ、それでいて確実に雄を追い詰めるその焦らすような雌竜の責めを受けて、際限無く昂る快感に吐き出す息がより熱く、そしてより荒々しく乱れていく。
挿入の快楽を耐え切れずに崩れ落ちた時からだらしなく投げ出されていた手足は完全に弛緩し切っていて、最早自力で体を動かそうという気力までもが彼女から与えられる甘美な刺激と誘惑の前に残らず消し飛んでいた。
骨抜きにされるというのは、正にこういう状況のことを言うのだろう。
そして彼女はそんな俺の体を長い尻尾と太い腕でしっかりと抱き抱えながら、柔らかくて温かい腹の上へと押し付けるようにギュッと力を込めた。

「ふあ・・・あぁ・・・」
「どうだ・・・悪くない抱かれ心地だろう・・・?」
悪くないどころの話ではない。
身も心も全て委ねてしまいたくなるようなその歳経た雌竜の包容力に、俺は何処までも何処までも堕とされていくような背徳感を味わっていた。
キュッ・・・ギュウッ・・・
「ひゃあぁ・・・」
ゆっくりとした蠕動とともにその肉襞でペニスをこの上も無く優しく一撫でされただけだというのに、表情までもが蕩けてしまいそうな程の強烈な多幸感がその微かな快感を何十倍にも増幅させる。
「そろそろゆくぞ・・・」
そして激しい恍惚に満ちた俺の顔をうっとりと見つめたまま、彼女が凶暴な雌の本性を露わにしていた。

ジュルッ・・・ニュチュルッ・・・ジョリジョリリッ・・・
「あっ・・・ああぁっ・・・!」
ビュビュビュッ・・・!
それまで優しくペニスを包んでいた幾重にも折り重ねられた肉厚の襞達が、嵐の海を彷彿とさせるような荒波の如きうねりとなって襲い掛かってくる。
既に快楽への抵抗力を徹底的に削ぎ取られていた俺にその一撃を耐えることなど到底できるはずも無く、俺は一瞬にしてなおも淫靡に蠢いている彼女の蜜壷へと大量の精を放っていた。
グッチュ・・・グリュッギュグッ・・・
「うあっ・・・そ、そんな・・・あひぃ・・・」
ただでさえ天にも昇るような無上の心地良さを味わわされたというのに、射精中のペニスまでもが容赦無く荒れ狂う雌の暴挙に蹂躙されていく。
竜の女王によるそんな意識が飛びそうになる程の苛烈な責めに、俺はただただ喜びの悲鳴を漏らしながら悶え狂うことしかできなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁぁ・・・」
それから、一体どのくらいの時間が経ったのだろうか・・・
しばらくしてその永遠にも思えるような歓喜の一時がようやく過ぎ去ると、俺は両目に大粒の涙を浮かべながら荒い息を吐いていた。
熱く燃え上がった体に掻いていた薄っすらとした汗が冷たい夜風に冷やされて、ぼーっとしていた頭が久し振りの現実へと舞い戻ってくる。
辺りは相変わらずの美しい闇夜のままだったものの、全身に残る激しくも満足げな倦怠感から察するに俺には恐らくもう1滴の精の滴さえも残ってはいないことだろう。

「も、もう・・・終わり・・・だよな・・・?」
「何だ・・・まだ足りぬのか・・・?」
「い、いや・・・そういうわけじゃ・・・」
そう言われて慌てて否定しようとしたものの、あまりの疲労と快楽の余韻に指先さえピクリとも動かせないこの状況では彼女にその意思を伝えることもままならなかった。
だが不安げな表情を浮かべる俺の顔をしばらく愉しげに眺めてから、彼女がやっとその抱擁から解放してくれる。
「フフフ・・・冗談だ・・・お前はもう私の夫・・・大切に扱わねばならぬ身だからな・・・」
そしてその大きな手でそっと頭を撫でられると、俺は深い安堵とともにそのまま安らかな眠りへと落ちていった。

サワ・・・サワ・・・
「ん・・・うん・・・」
翌朝、俺は優しく背中を摩っている心地良い体毛の感触に擽られながらふっくらとした温かい雌竜の懐でおぼろげな意識を取り戻していた。
やがて瞼越しに目を焼く眩いばかりの朝日から逃げるように、グリグリと彼女の胸へと思い切り顔を擦り付けてしまってから思わずハッと顔を上げる。
これでは、まるで俺がこの雌竜へ甘えているように見えたかも知れないじゃないか。
だがそんな俺の酷く慌てた様子を見て、彼女がクスクスと小さな含み笑いを漏らしている。
「随分と気に入ったようだな・・・?」
「あ、ああ・・・」
そしてつい自ら体を委ねてしまったという気恥かしさに彼女から逃げるようにして離れると、俺は一晩中冷たい夜風に冷やされていた服を身に纏っていた。

周囲の森の中にはあれからずっと俺と彼女の様子を窺っていたのか昨夜と変わらぬ雄竜達の姿が幾つも覗き、新たに仲間へと加わった人間へ向けて興味深げな視線を一心に注ぎ続けている。
「これで・・・本当にもうあの雄竜達は町を襲わないんだよな・・・?」
「そんなに疑うのなら、自分で確かめてみたらよかろう?」
怪訝そうな表情を浮かべて放ったその問いに、のそりと地面から体を起こした雌竜があっさりと答える。
それを聞いて、俺は恐る恐る雄竜達の待つ森の方へと近付いていった。
ややあって徐々に近付いてくる俺の姿を認めたのか、雄竜達の間に微かなざわめきのようなものが広がっていく。
そして終始こちらを見つめている雄竜の1匹と目を合わせながら、俺はそっと彼らの待つ薄暗い森の中へと思い切って足を踏み入れてみた。

「う・・・」
流石にあの雌竜程ではないものの、俺にとっては十分に巨大な数匹の雄竜達が間近から俺の顔を覗き込んでくる。
漆黒の体に朱色の竜眼を爛々と輝かせるそんな彼らの恐ろしげな威容と迫力に、俺は安全だと頭では理解していながらもゴクリと大きく息を呑んでいた。
だが彼らの瞳からすっかりと殺気が消え去っていることを確かめると、試しに眼前に突き出されていた雄竜の顎を震える指先でそっとなぞってみる。
「グルルル・・・」
やがて相変わらず険しい表情浮かべながらも気持ち良さそうに喉を鳴らした彼を見て、俺は納得したとばかりに湖畔で佇む雌竜の方へと視線を向けていた。

「では、そろそろお前の国へ行くとしよう・・・さあ、私の背に乗るのだ」
「の、乗るって・・・まさか飛んで行く気なのか?」
「もちろんだ・・・お前は、この私の翼が飾りだとでも思ったのか?」
そう言いながら彼女が大きな翼でバサリと煽った強風をまともに受けて、思わずフラフラとよろめいてしまう。
「い、いや、そうじゃなくて・・・俺を・・・乗せてくれるのかってことだよ」
これまで町の人々にとっては恐怖の対象でしかなかった空を舞うドラゴン達・・・
だがその背に乗ることができると思った途端に、俺は激しい期待と興奮が湧き上がってくるのを感じていた。

「何を訳の分からぬことを・・・早く乗らぬのなら置いて行くぞ」
「あっ、ま、待てって・・・乗るよ」
そして不意に立ち上がった巨大な雌竜に縋り付くようにしてその背に攀じ登ると、彼女が勢いよく大地を蹴って晴れ渡った森の上空へと飛翔する。
遥か北の方角に見えている城へ向けて大きな翼を広げながら真っ直ぐに飛んで行く彼女の姿は、宛ら青き炎を纏った1本の矢のように見えたことだろう。
来るときは馬と徒歩で約半日は掛かったはずの長い道中が、ものの数分であっと言う間に過ぎ去っていく。
やがて深緑の絨毯で覆われていた眼下の視界が無数の建物が立ち並ぶ城下町のそれへと変わった頃には、ドラゴンの襲来を告げる教会の鐘の音が辺りに甲高く響き渡っていた。

カァン!カァン!カァン!
「え・・・か、鐘の音・・・?」
夜が明けても一向に帰ってくる気配のない兄の安否を気遣いながらベッドの上で寝不足の目を擦っていた僕は、まだ午前中だというのにもかかわらず突然町から聞こえてきた教会の鐘の音でガバッと飛び起きていた。
空が明るい内からドラゴンが町を襲ってきたことなどこれまで1度も無かっただけに、昨日森へ行った兄の身に何かあったのかと言い知れぬ不安が募っていく。
だが窓に掛かっていたカーテンを開けて城下町の方に目を向けてみると、予想していたものとはあまりに異なる信じられない光景が僕の目に飛び込んできた。

そこに見えたのは、大きな翼を優雅に羽ばたきながらこちらに向かってくる1匹の青いドラゴン。
だが何よりも僕が驚いたのは、どうやらそのドラゴンの背に誰か人間が乗っているように見えたことだった。
しかもその人間が身に着けている服装に、僕は見覚えがある。
あれは・・・つい昨日の昼頃に愛馬を駆って南の森へと向かった、兄の服だ。
じゃあ・・・まさか・・・
「兄さん・・・?」
そしてまさかという思いで呟いた僕のその声が聞こえたかのように、ドラゴンの背に跨った人影がこちらに向かって大きく手を振っていた。

「あまり人目に付かないように、城の裏側へ降りてくれ。広い中庭があるんだ」
ゴオゴオと鳴り響く激しい向かい風の中で自分自身にさえ聞こえ辛かったそんな俺の声を聞き取ったのか、千切れ雲1つ無い快晴の大空を滑空しながら彼女が何も言わずにただコクリと小さく頭を垂れる。
それを確かめてからふと眼下に流れる町の様子を窺ってみると、これまで昼間に教会の鐘が鳴ったことは無かったというのに町の人々が見事なまでに1人残らず視界の中からその姿を消していた。
過去に例の無い突然の事態にもこれだけ機敏に避難できるということは、それだけこの町の人々にはドラゴンへの恐怖が強烈に根付いているのだろう。
そしてそんな無人の町を尻目に巨大な城をフワリと飛び越えると、俺は翼を羽ばたくバサッバサッという大きな音を立てながら中庭へと降りていく彼女に興奮で熱く火照った体を預けていた。

だが色取り取りの草花に埋め尽くされた中庭へ彼女がゆったりと着地したのを見計らったように、騒ぎを聞き付けた大勢の衛兵達と弟がその周りへと集まってくる。
「兄さん、無事だったんだね!でも・・・そのドラゴンは・・・?」
「ああ・・・まあその・・・色々あってね・・・とにかく、もう町がドラゴン達に襲われることはないよ」
「ほ、本当かい?それじゃあ、すぐに町の人達にそう伝えるようにするよ」
やがて当面の危険は無さそうなことを知って周囲から衛兵達が残らず引き払うと、俺は彼女を伴って何だかしばらく振りに見るような気のする自分の部屋へと戻っていた。
部屋の入口が両開きの大きな扉だったお陰で見上げるようなその巨体も難なく通り抜けられ、どうやら生活に不自由はなさそうな様子に彼女が安心したとばかりに大きなベッドの上へとその身を横たえる。

ギシッ・・・
「ふむ・・・人間の寝床というのも、なかなかに悪くないものなのだな」
「お、おいおい・・・あんたがそのベッドを占拠しちまったら、俺は一体何処で寝ればいいんだ?」
「何を言っているのだ・・・お前の寝床は、ここにあるではないか」
そんな俺の問いに、巨大な翼と背中でダブルのベッドをほとんどまるまる覆い尽くした彼女が微かな溜息とともに自らの柔らかな体毛に覆われた腹をポンポンっと叩いて見せた。
俺としてはどうにも半信半疑だったのだが、どうも彼女は本当に俺を対等な夫として見てくれているらしい。
そして仕方なく誘われるがままに彼女の腹の上へ攀じ登って横になってみると、雌竜の優しげだが力強い命の温もりが俺の全身へジワリと伝わってくる。
これはこれで・・・案外グッスリと眠れるかも知れないな・・・
だがそんな幸福感の隙を突いて襲ってきそうになった睡魔に一旦の休戦を申し入れると、俺は緩み掛けた表情を引き締めて愛おしげにこちらを見つめている雌竜と真っ直ぐに目を合わせていた。

「なあ・・・俺、どうしても腑に落ちないことがあるんだ」
「何がだ?」
「あの森に棲んでる雄竜達、150年前の生き残りの仔竜だって言っただろ?」
それを聞いて、雌竜が俺の背中にそっと温かい手を載せながら小さく頷く。
「それがどうかしたのか?」
「だったら、どうしてあれだけ大勢いる中に1匹も雌がいないんだ?全部人間達に殺されちまったのか?」
「そうだ・・・だが、雄竜しかいない理由は他にもある」
そしてそう呟きながら、彼女が先程までより艶を含んだ視線を俺の顔へと注いできた。
「雌雄の竜が交尾をしても、我らは滅多に雌を産むことができぬのだ。そういう、特殊な種族なのでな」
「え・・・?」
「恐らくは、そうだな・・・100個の卵から雌が1匹産まれるかどうかというところだろう」

竜同士の交尾で、雌竜の産まれる確率が1%以下だって・・・?
「じゃ、じゃあ・・・その内子孫が残せなくなっちまうんじゃないのか?」
「我らだけではな・・・だが反対に、雄竜以外との交尾では必ず雌の仔竜が産まれてくる」
「雄竜以外って・・・一体誰と・・・」
だがそこまで言ってから、俺は自分も正に彼女の言う"雄竜以外の交尾相手"であることに気が付いていた。
「まあ、婉曲な言い回しは止そう・・・つまり私は、人間の雄と交わることで雌の仔竜を産むことができるのだ」
そうか・・・彼女があの雄竜達のことを釣り合わぬ相手と言ったのは、増えすぎた雄に対して産まれてくる子供の雌雄のバランスが取れなくなるからということだったんだな・・・
だがそうだとすると、新たにもう1つの疑問が俺の脳裏へと浮かび上がってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・あんたが、雌竜を産むために俺を夫に選んだのはわかったよ。けどさ・・・」
「何だ?」
「150年前まで、あんた達は一体どうやって雌を産んでたんだ?それまで人間を襲ったことは無かったんだろ?」

彼女はそんな俺の言葉にますます魅惑的な笑みを浮かべると、静かにその逞しい両手で俺の服を脱がせ始めた。
じっと俺の目を見据える彼女の大きな瞳に射抜かれて、抵抗することもできずに次々と纏いを剥がされていく。
「もちろんだ・・・私は、人間を殺したことなど1度も無い。何しろ、種を残すための大切な父親なのだからな」
「ほ、本当は、人間を攫って交尾をしていたんだな・・・?」
「攫ったなどとんでもない・・・私がほんの少し姿を見せて誘うだけで、人間の方から近付いてくるのだ」
今のお前のようにな・・・とでも言いたげな荒々しい雌の本性が発露した彼女の表情に気付いた時には、俺は何時の間にか着ていた物を1つ残らずすっかりと剥ぎ取られていた。
彼女の鋭い牙はもちろんのこと、長い鉤爪にも、屈強な尻尾にも、そして妖しい蠢きに戦慄いている肉壷にさえ無防備な産まれたままの姿が、愛しい雄を見つめる妖艶な雌竜の眼前に曝け出されてしまっている。
そしてフサフサとした巨大な腹の上で何も出来ぬまま震え始めた俺を見て、何処か愉しげな彼女の声が静かな部屋の中に響き渡っていた。

「どうした・・・今更私に怯える必要など無いだろう?それとも・・・それは期待からくる震えか?」
「くそ・・・あの杖はドラゴンに襲われることじゃなくて・・・この誘惑を防ぐために作られたんだな・・・」
「別に命までは取られぬというのに、何故大勢の仲間達を殺してまであんな物を作ったのかは理解できぬがな」
やがてそう言いながら、彼女が俺の裸の体を撫で回すようにして長い尻尾を巻き付けていく。
だが拘束されているという感じは全く無く、サワサワという心地良い愛撫がただただ俺の期待を煽っていった。
確かに彼女の言う通り、雌竜達の誘惑に掛かったところで命の危険は全く無かったのかも知れない。
それは、あの美しい月下の湖畔で彼女とともに一夜を過ごした俺にはよくわかる。
だが・・・俺はそれとは別のある大切な物が既に彼女に奪われてしまったことに気付いていた。
グルグルと長い尾を巻き付けられながらも自由の利く体をそっと浮かせてみると、興奮に屹立した俺の肉棒の眼前で熱く燃える赤い食虫花が自ら中へと飛び込んでくる憐れで愚かな獲物を今か今かと待ち焦がれている。
「俺にはわかるよ・・・この身も心も魂も、それに愛情まで・・・全部あんたに奪われちまったからな・・・」
そしてそんな屈服の声に応えるようにして彼女の煮え滾る愛液を纏った割れ目が大きな口を開けると、俺は誘われるがままにその決して逃れ得ぬ妻の深い懐へと己の全てを捧げていた。

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