FrontPage

「看護覚え書」のすすめ

 ナイチンゲールは一般には、「清く気高く、奉仕の精神に満ちた女性」というイメージがあります。しかしナイチンゲールといえば「看護覚え書」といわれる、この著書にこそ、彼女の凄さが詰まっています。

 この「看護覚え書」が出版されたのは、1860年で何と今から148年も前のことです。では、どうしてこんなに古い時代の著書を読もうというのかをお話しします。

 一般に古い何かの本についての新しさを言うとき、多くの場合「これは古い本ではあるけれど、現代にも通じる力がある。さらに現代に通じるのみならず、それ以上に今の時代に訴えかけ、警告し、考えさせる力を持っている。とてもこんな古い時代のものとは思えない。」などといわれたりします。このような古い本は、古典と呼ばれるものが多く、昔から読み継がれてきたという継続性だけでなく、その中味が現代に生きるという面もあるのですが、そのような本は、その素晴らしさを理解するには、読み手に、ある程度の読解力がないと本質を見る前に、難しいとか古臭いという評価となり、本棚の奥に追いやられることになってしまいます。

 それではもったいないということで、解説本や注釈本などが出版されたりするのですが、そのような本の力を借りても、やはり読み手には読み取るための一定の力量は必要であり、それが古典としての面白さではありますが、その本質は素人には理解しづらいものとなっているようです。

 また、ある古い本の中には、解説や注釈の力を借りなくても、今その本をそのまま読んでも、すぐにその内容が理解できるというものがあります。「あたかも現在書かれた本であるかのような」新鮮さが得られるというものです。読書力のある人には読めるが、素人には中々読めないというものでなく、誰が読んでも、その本が語りかけてくる内容を理解できるというものです。

 この「看護覚え書」は、この二つの面を併せ持った本なのです。「あたかも現在書かれた本であるかのよう」な新しさは、本当に驚くばかりであり、古典の部分である、「昔から読み継がれてきたという継続性だけでなく、その中味が現代に生きるという面」である質の高さは、素晴らしいものです。このように非常に優れた本である「看護覚え書」を読もうというのが、今回、企画立案中のプログラムです。

 「あたかも現在書かれた本であるかのよう」な新しさの部分は、そのままを読み取り、「古典の部分の質の高さ」には、多少の解説や注釈の力を添えることで、併せ持った二つの面を味わいたいと考えます。

 このプログラムの目的は、「看護覚え書」を読むことだけではなく、いくつかの効果を期待しています。

 もちろん、素晴らしい内容を理解して、看護の本質を垣間見ようということが大きな目的となります。

 この「看護覚え書」を読み進めていくと、人が人に対して行うこと、人が人を受け止めていくことは、年代や文化を越えて学んでいけるものであることが見えてきます。人間としての看護の本質の一端が見えるということは、看護という職業を選択しなくても、人間としての大きな財産となることでしょう。

 看護を目指す者には、より強い気持ちで臨むことができ、看護そのものの理解が浅い者は、それを埋めて余りあるものを得ることができるでしょう。つまり、看護という目標や方向を向いている者には、その気持ちが強まることと高めることができる効果を期待します。

 もうひとつは、人間としての生き方や社会に対する考え方をナイチンゲールから見てとってもらいたいのです。そこは、先に述べた古典としての普遍的なものの内容を理解するために、解説や注釈の力は必要だと思います。特に時代背景や社会状況の違いなどを捕捉していないと彼女の本質を誤解してしまうリスクがあるようです。しかし、この解説や注釈が適切であれば、現代にも通じる彼女の生き方や考え方を理解し、学んでいけるという効果は十分に期待できるものと確信しています。

 さらに欲張れば、別の視点での解説・注釈を用意することで、国語力の向上という効果にも期待したいと考えます。



  

2008年05月07日(水) 18:33:25 Modified by florence2008