べんかい たこじろう
1847年生まれ、現在、渡島支庁八雲町の落部コタンに生まれる。アイヌ名は、イカシパという。イカシパの意味は「何にでも優れている」という意味である。なお、「弁開凧次郎」とも表記されている。
獣医や園芸家としての才能も示す。八雲の「エカシ」として、アイヌの代表として、和人たちと、交流した。森村の医者の村岡格と交流を持つ。
1902年の八甲田山遭難事件の際、八雲町のアイヌの若者6人とともに、2月9日に、八甲田山へ行き、遭難の危険にもひるまず捜索活動を行い、遺体収容活動を担う。
1919年、後志支庁黒松内で死去する。
獣医や園芸家としての才能も示す。八雲の「エカシ」として、アイヌの代表として、和人たちと、交流した。森村の医者の村岡格と交流を持つ。
1902年の八甲田山遭難事件の際、八雲町のアイヌの若者6人とともに、2月9日に、八甲田山へ行き、遭難の危険にもひるまず捜索活動を行い、遺体収容活動を担う。
1919年、後志支庁黒松内で死去する。