舞姫
ぼちぼち教科書系作家の話を進めていきましょう。森鷗外のほぼデビュー作。
お勧め度:17
難易度:やや易
最初に言ってしまいます。私は鷗外があんまり好きじゃありません。鷗外偉い偉いって言う人は目無しだと思います。当時人気があったのは、年齢を偽装して19歳でT大I学部を卒業してしまうほどのお偉い人が、「舞姫」やら『ヰタ・セクスアリス』(お勧め度:7、難易度:易)やらの、当時の言葉で言う人情を語ったことが、官尊民卑と申しましょうか、権威あるものをわりと素直に羨む風潮に叶ったと。あとは外国語にきわめて堪能であり、翻訳に大きな仕事を残した、と言うより外国文学が日本に入ってくる入り口が当時はことごとく鷗外であった。その業績とごっちゃになってるのが今の評判なんでしょうね。なんせ明治の文明開化、欧化政策だ鹿鳴館だなんて暴投も飛び出すような世の中でしたから、外国語ができるってことは強烈に尊敬されたのでしょう。それで鷗外も漱石もだいぶ水増しされた値段がついてます。
生島遼一先生が「二葉亭四迷と森鷗外が翻訳において残した業績は何人たりとも疑いえないのであって云々」と仰った日には膝を打ちましたが、鷗外って小説家である以上に翻訳家なんです。岩波さんの『舞姫・うたかたの記』に入ってる「ふた夜」なんて、本当に掛け値なしの名訳です。名高い『即興詩人』はまだ読んでなかったりするのですが、手元にありますのでさっさと読んでアンデルセンの項でまとめて語りましょう。
何ですか、Eauoiが思うに、鷗外は文章の人です。物語とか思想とか詩情とかに見るべきものは、これと言ってありません。と言うか鷗外がそういうことにあまり興味を持ってなかったようなんですね。『青年』(お勧め度:11、難易度:中)あたりで、「文学と生活が乖離するのはよろしくないなあ、でも自然主義ってなんか違うんだよなあ」と言っているのがかなり作家の本音に近いと思いますが、そこに「生活」という字が出てくるのがもう、文学に興味ない人の言い分なんですね。詳しくは菊池寛の項で論じましょう。鷗外について言うなら、遅くとも『ヰタ・セクスアリス』では既に小説を信じられなくなっていて、自然主義駄目だ駄目だと言いながら私小説に傾いてみたり、「かのように」(お勧め度:9、難易度:易)みたいな理屈に落ちたのを書いてみたり、まあ明治から大正にかけて文壇に起こった混迷を一人で代表してくれたような、そういう意味では歴史上有意義なテクストになってくれています。その結果行き着いた歴史小説路線は、正直言って藤沢周平かそこらと大して選ぶところがないと思います。幸田露伴と同じところに落ちたって感じです。その程度の感性しか持ってない人なので、小説よりも評論だ考証だに興味が向かう、それも話題は現実、生活、科学と、詩の紛れ込まないところに傾く、という、言わば理系の書き手の典型とでも申しましょうか。
と、散々けなしておいてですが、まあ鷗外の文章がうまいことにまではさすがに反対しません。ただ初期に限ってですけど。後ろのほうのはなんせ方法論が立たないまま書いてるので、あっちにふらふらこっちにふらふら、頼りないと言うかもどかしいと言うか。これが「舞姫」のころは幸福だったんですね。男がピカピカの(79)もとい、鷗外が花咲く浪漫叙情を信じていられた、ごく短い蜜月でした。そのときの文章は、まあ「舞姫」と続く「うたかたの記」(お勧め度:11、難易度:易)とでは雲泥の差があったりして不安定なんですけど、いいんです。格調高いし、ノリがある。必要な情報を必要なだけ、必要な場所に出すという、文章の基礎がガッチリと体現されている。「我が学問は荒みぬ」とか、ビシッと言い切る歯切れのよさの中に、哀愁が漂っている。三島がやたらと褒めた「水のような味わい」にしても、やたらと言われる和魂洋才にしても、「舞姫」に限っては間違いなく見出されます。「舞姫」以外にはほとんどないですが。
で、今ぱらぱら見返してたら、エリスの部屋にショーペンハウエルの本が置いてありました。おおショーペンハウエル。鷗外は死ぬまでエリスの部屋から卒業できなかったんですね。そういうお人です。
お勧め度:17
難易度:やや易
最初に言ってしまいます。私は鷗外があんまり好きじゃありません。鷗外偉い偉いって言う人は目無しだと思います。当時人気があったのは、年齢を偽装して19歳でT大I学部を卒業してしまうほどのお偉い人が、「舞姫」やら『ヰタ・セクスアリス』(お勧め度:7、難易度:易)やらの、当時の言葉で言う人情を語ったことが、官尊民卑と申しましょうか、権威あるものをわりと素直に羨む風潮に叶ったと。あとは外国語にきわめて堪能であり、翻訳に大きな仕事を残した、と言うより外国文学が日本に入ってくる入り口が当時はことごとく鷗外であった。その業績とごっちゃになってるのが今の評判なんでしょうね。なんせ明治の文明開化、欧化政策だ鹿鳴館だなんて暴投も飛び出すような世の中でしたから、外国語ができるってことは強烈に尊敬されたのでしょう。それで鷗外も漱石もだいぶ水増しされた値段がついてます。
生島遼一先生が「二葉亭四迷と森鷗外が翻訳において残した業績は何人たりとも疑いえないのであって云々」と仰った日には膝を打ちましたが、鷗外って小説家である以上に翻訳家なんです。岩波さんの『舞姫・うたかたの記』に入ってる「ふた夜」なんて、本当に掛け値なしの名訳です。名高い『即興詩人』はまだ読んでなかったりするのですが、手元にありますのでさっさと読んでアンデルセンの項でまとめて語りましょう。
何ですか、Eauoiが思うに、鷗外は文章の人です。物語とか思想とか詩情とかに見るべきものは、これと言ってありません。と言うか鷗外がそういうことにあまり興味を持ってなかったようなんですね。『青年』(お勧め度:11、難易度:中)あたりで、「文学と生活が乖離するのはよろしくないなあ、でも自然主義ってなんか違うんだよなあ」と言っているのがかなり作家の本音に近いと思いますが、そこに「生活」という字が出てくるのがもう、文学に興味ない人の言い分なんですね。詳しくは菊池寛の項で論じましょう。鷗外について言うなら、遅くとも『ヰタ・セクスアリス』では既に小説を信じられなくなっていて、自然主義駄目だ駄目だと言いながら私小説に傾いてみたり、「かのように」(お勧め度:9、難易度:易)みたいな理屈に落ちたのを書いてみたり、まあ明治から大正にかけて文壇に起こった混迷を一人で代表してくれたような、そういう意味では歴史上有意義なテクストになってくれています。その結果行き着いた歴史小説路線は、正直言って藤沢周平かそこらと大して選ぶところがないと思います。幸田露伴と同じところに落ちたって感じです。その程度の感性しか持ってない人なので、小説よりも評論だ考証だに興味が向かう、それも話題は現実、生活、科学と、詩の紛れ込まないところに傾く、という、言わば理系の書き手の典型とでも申しましょうか。
と、散々けなしておいてですが、まあ鷗外の文章がうまいことにまではさすがに反対しません。ただ初期に限ってですけど。後ろのほうのはなんせ方法論が立たないまま書いてるので、あっちにふらふらこっちにふらふら、頼りないと言うかもどかしいと言うか。これが「舞姫」のころは幸福だったんですね。男がピカピカの(79)もとい、鷗外が花咲く浪漫叙情を信じていられた、ごく短い蜜月でした。そのときの文章は、まあ「舞姫」と続く「うたかたの記」(お勧め度:11、難易度:易)とでは雲泥の差があったりして不安定なんですけど、いいんです。格調高いし、ノリがある。必要な情報を必要なだけ、必要な場所に出すという、文章の基礎がガッチリと体現されている。「我が学問は荒みぬ」とか、ビシッと言い切る歯切れのよさの中に、哀愁が漂っている。三島がやたらと褒めた「水のような味わい」にしても、やたらと言われる和魂洋才にしても、「舞姫」に限っては間違いなく見出されます。「舞姫」以外にはほとんどないですが。
で、今ぱらぱら見返してたら、エリスの部屋にショーペンハウエルの本が置いてありました。おおショーペンハウエル。鷗外は死ぬまでエリスの部屋から卒業できなかったんですね。そういうお人です。
2009年03月13日(金) 23:47:44 Modified by eauoi
