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彼岸過迄

文鳥」に引き続き漱石先生の話です。後期三部作の始まりということになっている長編。

お勧め度:20
難易度:やや易

このところ「20」を連発してますが、粗製乱造にならないよう自ら戒めるものはありますのでどうか狼少年とは思われませんよう。ただ『彼岸過迄』に「20」をつけたのにはちょっと言い訳が要ります。

「お勧め度」が何を表してるかって問題です。

「Eauoiが読んで面白かったかどうか」でないことは確かです。それなら野矢先生の本とか三浦しをんのエッセイあたりで「18」や「19」がバリバリ出てるはずです。まだ出してませんが、スポ根ものが軒並み「20」になるってこともあるでしょう。でもそういうことはやらないつもりです。

「人が読んで面白いと予想するかどうか」だとすれば、『彼岸過迄』はもうちょっと下がります。これは確かに、Eauoiが読むから面白い要素を多分に含んでいます。てゆうか「人が面白いかどうか」だったらこのシリーズはいずれベストセラー予想に成り下がってしまいます。「お勧め」している以上は人が読んで多少とも面白いはずだと信じるのですが、なにしろどういうものを面白いと感じるかは十人十色ですから、その個人差はむしろ「難易度」に吸収させているつもりです。

などと勿体ぶってみましたが、畢竟「Eauoiから言って、人に読んでほしいかどうか」なんです。つまり『彼岸過迄』をお勧めするには、「Eauoiはこういうのを面白いと思う人なんだ」というアピールが含まれているのです。

『彼岸過迄』を面白いと思うかどうかは、須永と千代子の人柄に共感できるかどうかにかなりの部分が懸かっていると思います。で、Eauoi的にはきわめて強く共感します。それはEauoiが須永に似たところを多く持っているからと言って間違いないでしょう。でも、だからといって、「共感できそうにない人は読まなくていいよ」とは思えないのです。「共感できない人も、これを理解しようとしてくれ」とお願いしたいのです。

自尊心の鎖に縛られた、愛と尊敬の倫理。

『彼岸過迄』に限らず、漱石先生の長編はことごとくが、これを巡る思索と激情の物語です。そして私が思うに、漱石先生の立場を最も明瞭に打ち出しているのは『彼岸過迄』です。それが悲劇に終わらざるをえないのは、まったく「太陽のせいだ」とでも言うしかありません。現実は不条理なのです。『彼岸過迄』が行き着いた地点は、そこまで見えていた道が終わり、そこから続く道は見えないところです。先生もこれがひとつの終わりだと感じていたらしいことは、「結末」の末尾数行からも窺い知れます。現実の夏目某がそこからさらに歩き出さざるをえなかったのは、彼が現実の人間だったからです。劇は彼の前に突如としてやんでも、幕の後ろでは永久に流転して行かねばならないのです。それはシシュポスの業です。そしてある種の偶然が『彼岸過迄』に与えた方法上の成功は、二度目の偶然によって繰り返されないうちに、作家の死によって一度限りのものとなりました。

狂言廻しの敬太郎を隔てることによって、大きく色合いの違う森本・須永・松本の話を並べて不自然なものに見せない。また外から見つけやすい部分から少しずつ心理面に踏み込んでいく語りを実現する。そのために必要な推進力として、魔法の杖のような森本の杖が働く。人物を紹介し、やはり先に進むほど詳細に描写していく手順にも卒がない。これは『こゝろ』のように計画されたものであるよりも、新聞の連載という「書き進めると同時に読み進める」スタイルが、の原理によってひとつの流れを生ぜしめたものに見えます。出来上がったものを振り返ってみれば、「風呂の後」のとぼけた雰囲気と、「松本の話」の絶望感がいかにも不釣り合いに見えますが、それは読み終えたものの傲慢です。後知恵というものです。小説の全体を一望のもとに読むことはできず、指定された順序に従って前から後ろへと、それぞれの部分を読み継いでいくしかないのです。ではどれくらいの長さが「部分」であって「一望」にできる範囲なのか、と言われればそれは読者の記憶力に依存するのですが、ほとんどの読者にとって、『彼岸過迄』の各章段、文庫本にして30ページから40ページという長さを超えるものではないと思います。そしてその流れに乗って流された体験を思い出すに、私はどの一瞬間においても、現在の部分がつまらないとは感じなかったし、先立つ部分が無駄だったとも感じなかったことを認めたのであります。

と。いう話で『彼岸過迄』の紹介としておいて、予告どおりほかの作品もさらっと見ておきましょう。

吾輩は猫である
お勧め度:17、難易度:やや易。「真剣さが滑稽を誘う」という原理を追究したナンセンスギャグ。また現代に氾濫する「可愛い猫が転げ回る漫画」の原点にして秀逸な成功例であることも言っておかねばなりますまい。後ろに進むほど作家がギャグに飽き足らなくなってきて、つい本音を出してしまっているのが玉に瑕です。

坊っちゃん
お勧め度:15、難易度:易。たわいないと思ってしまうと楽しめませんが、一気呵成に書き飛ばした勢いのよさはほかに類を見ません。

草枕
お勧め度:16、難易度:やや易。一流の知性が書かせた作品。「非人情」云々の議論は冗談なので真に受けてはいけません。物語がありそうでなく、そらとぼけた主人公が無心に世界を観察する味わいはトゥーサンにも通じるものがあります。

虞美人草
お勧め度:14、難易度:やや易。前期三部作という括りを私は信用しません。『三四郎』は明らかに『それから』よりも『虞美人草』と強く結びついているのであり、藤尾から美禰子に継がれたカンの強い女性像は漱石先生の生涯にわたるイメージでした。物語としては失敗している『虞美人草』ですが、奔放な風景描写や、東西の哲学からの引用には強く感じさせるものがあります。

明暗
お勧め度:16、難易度:やや難。後期三部作という括りも信用しません。『彼岸過迄』と『行人』にはいくらかつながりがありますが、この程度の類似は同じ作家が続けて書いたものなら珍しくもないでしょう。むしろ『こゝろ』『道草』『明暗』で三部作と言ったほうがまだしも意義があると思います。『明暗』はと言うと、冒頭の息が詰まるほど緊張した文章と得体の知れないお延の不気味さは素晴らしいのですが、進むにつれて文章も話もふやけて散り散りになっていく様子が、脱線したまま突っ走る列車のようです。

「え、あの代表作は?」というのがたくさんあろうかと思いますが、とりたててお勧めするほどのものではないという意味にご理解ください。
2009年04月24日(金) 18:58:10 Modified by ID:nm2RBtSGow