2ちゃんねる既婚女性板(通称・鬼女板)最強のスレッドを、まとめる場所です。 皇室ニュースの理解にも役立つことを目指しています。 管理人はドス子の事件簿と同じです。 また、コンテンツの充実には有志の住人に多大に協力頂いております。 2009/1/29、「ドス子」の意味がよくわからないという声があるようですので、試みに補足として(皇太子妃雅子殿下の事件簿)と追加させていただきました。


基本年間予約購読制で、書店での一般発売はされていないが、一部大手書店での店頭販売もされている。
東京 タカシマヤタイムズスクエア紀伊国屋書店新宿南店(東口の新宿本店には置いてないので注意)/八重洲ブックセンター本店/三省堂神保町本店/丸善丸の内本店
大阪 旭屋書店梅田地下街店/ジュンク堂大阪本店





テーミス2010年1月号

皇室の危機―政治利用・皇位継承―は国家崩壊を誘発する

・「特例会見」問題について説明。『小沢氏は“国賊もの”』 ナル氏オペラ鑑賞は事前工作。2012年の陛下訪中が狙い。(この件については別記事あり)
・マサコサマは赤十字関係の公務に長年出席しておらず、皇室ゆかりの展覧会にも行かないが、国際関係の公務は熱心。しかし、欧米偏重であり、外務省国際情報統括官のご進講にはほぼ毎回出席。学習院初等科祭に夫妻で3時間以上滞在。違和感を感じるとの声も。
・国連・児童の権利委員会の李亮喜との接見について、日本ユニセフ協会との関係、さらに母優美子氏、実妹池田礼子氏への言及。『東宮家への小和田家の影響力は大きすぎないか。』
 西尾幹二氏『代が変わって…国民投票をやったら…あっという間に皇室はいらないという話になる』
・平田文昭氏「陛下の日本国憲法を重んじるようなご発言は護憲派を調子づかせ、保守派を及び腰にしてしまう。また皇位継承について国会の審議に任せるべきとのご発言は政治の現状を考えると女系容認ともとれるものであり不適切では。」
・秋篠宮様の「皇族の数が少ないのは決して悪いことではない」ご発言は「『将来の天皇は悠仁です』という明確なアピールであり、幼稚園の件はほかの学校にもお妃候補を求め、自分たちが元気なうちに結婚させたいというお気持ちでは」(皇室関係者)
・こどもの国ご訪問について。悠仁さまを見守る“天皇ご一家”のシーンは印象深かった。「将来の皇室のあり方は皇太子と秋篠宮の考えが…」と陛下は言われたが、今回のご訪問はその環境づくりの意味合いが強いと思われる。
・〆『民主党や小沢一郎、中国やアメリカ。外務省や小和田家など…。今後あらゆる勢力が皇室弱体化を狙ってくる。行き着くところは日本国の崩壊とならなければいいが。』

本文外コラム 「弱いアメリカ」と「皇室の危機」(西尾幹二氏)

・皇室は昔から精神的権威であり、武士、また近年はアメリカという政治権力に守られてきた。しかし、アメリカが弱くなったため政治的混乱が生じ、国と皇室を直撃している。外からの脅威による不安定はこれからも増し、次代はよほど英明の君主でなければ日本国の統合の象徴とはなれない。
・本文中に出てきた平田氏との共著「保守の怒り―天皇、戦争、国家の行方」の内容から。
 ○陛下の日本国憲法についてのご発言に触れ、戦後平和主義の永遠の継続を夢見ていては国家、皇室は危うくなる
 ○昭和天皇とマッカーサーの対話内容が開示された時、国家的危機に陥るのではという不安
 ○GHQの管理下、2代にわたる「カトリック・英米志向・民間妃」の繰り返しが、我国の文化の深部に複雑な影響を及ぼした雅子妃問題、東宮問題は以上の国家的危機の一環として捉えるべきであり、外交や安全保障と別次元の問題ではなく、一体なのである。
・両陛下が東宮問題を家族の内部で処理できないのは、東宮家に与えられている「自由」は、実は天皇家に与えられてきた「自由」と同質だから。

テーミス2009年11月号

皇太子ご夫妻の逆襲ー女性天皇論再び‐羽毛田宮内庁長官が皇室典範問題に言及して再燃

◎大声で「愛ちゃんッ」とピース
○ 8月の静養以来、外出が途絶えていた雅子さんが、皇太子と一緒に学習院初等科運動会にお出まし。雅子さんは“母の笑顔”で登場
○ ナルマサについて「プライベート>公務」のイメージが広がる中、秋篠宮ご夫妻の“株”が上昇中
 ⇒ 11月12日の「天皇陛下ご即位20年をお祝いする国民祭典」で一つの区切りを迎える平成皇室だが、行く末は不透明
○ ナルマサ夫妻は20人以上の警備に囲まれ、11時頃登場。予め「2年赤組父母席」のところに確保してあった席に座る。
○ ナルさんは“良きパパ、良き夫”。普通の家庭の父親と同様、デジカメやビデオで愛子ちゃんを撮影する“カメラマン”に徹した。
○ ナルさんが最初にビデオを回したのは、愛子ちゃんも出場する紅白対抗リレー
<学習院初等科関係者の話>
・ スタート直前、ナルさんはそわそわするようにビデオ片手に何度も腰を浮かせていた。
・ ゴールすると、撮影したばかりのビデオを雅子さんとにこやかに確認していた。
・ 愛子ちゃんが児童席に帰ってきたとき、ナルさんは立ち上がって「愛ちゃんッ」 と大きな声をかけ、“ピース”をした。
○ 小和田母とマドレーヌ礼子さんが朝から運動会を見学し、ナルマサ夫妻が見られなかった愛子ちゃん出場の競技とフォークダンスの様子をデジカメに収め。
○ 小和田母&礼子さんはナルマサ夫妻の到着直前にゴール地点の本部テント近くに移動したが、 リレー終了後にナルマサ夫妻と合流。
○ ナルマサ夫妻は昼休みに一旦東宮御所に戻ったが、2時頃再び登場、かけっこで一等賞になった愛子ちゃんに4人で盛大な拍手を送っていた。
○ 運動会の間、雅子さんは終始リラックスモードだった。
◎陛下は妃殿下の体調を考慮し
○ 若夫婦(ナルマサ夫妻のことですが、若くないと思うけどw)と嫁親族の“親密な関係”はありがちな光景だが、一方ナルマサ夫妻と両陛下との間にはいまだに微妙な距離感あり。
○ 週刊現代の記事(大規模改修した東宮御所への両陛下お招きを巡る話)とその記事に対する宮内庁の反論の紹介。
○<お帽子みどりさんの話>
・ 双方の日程や雅子さんの体調との兼ね合いで調整が難しいのだろう。
・ 東宮御所は両陛下成婚時からの住まい、忙しい皇太子同妃時代には子育てもした思い出深い建物であるから、両陛下がいらっしゃらないということはないと思う。
○ 築50年の東宮御所にはナルマサ夫妻の提案がふんだんに取り入れられ、費用総額役10億円。
・ 省エネ照明や太陽熱発電パネルなどを設置した“エコ御所”へ(決して“エゴ”のミスプリではありませんw)。
・ 愛子ちゃんの勉強部屋も手を入れる。
○ この改修費用に対し、常に質素を心掛ける両陛下は、厳しい社会情勢の下、国民がどう感じるかと気遣われ、お祝いしていいものか心を痛めているという見方もある。
 ⇒ 特に“国民とともに歩む皇室”を心にかけ、陛下を支えてこられた皇后様が心配されているとも言われている。
○ 女性誌の記事(愛子ちゃんと悠仁さま、どっちを天皇に〜)の紹介。宮内庁関係者の話として「皇后様は幼い孫同士を対立させたようなことを気にされていた。」
○ 雅子さんの療養生活がまる6年に近づくのに回復の目処がたたないなか、昨年から「秋篠宮さま待望論」の声が大きくなりつつある。
 ⇒ 背景には悠仁さまを連れて頻繁に皇居に通い、両陛下と“うまく付き合う”紀子さまの存在が大きく関係していることは間違いない。
◎長官が「皇室典範問題」に言及
○ 9月14日、両陛下と紀子さま・悠仁さま、和船に乗船。両陛下、自ら大海原で櫓を漕がれる
 ⇒ 宮内庁関係者の話「雅子さんはその映像を見て、複雑な思いを抱かれたようだ」
○<皇室関係者の話>
・ 秋篠宮さまと紀子さまは結婚前から両陛下公認の仲。
・ 秋篠宮夫妻は新婚時代は皇居に越される前の両陛下と同じ“敷地”に住んだことで、両陛下との関係もスムーズになりやすい。
・ 一方、雅子さんはなかなか両陛下に歩みよろうとされないと見られてしまう。
・ 最近批判されることの多いナルマサ夫妻に、追い風が吹く兆しあり。女性天皇容認派が多い民主党政権の誕生がそれ。
・ <9月10日の羽毛田長官発言>皇室が安定的に続くかどうかの問題認識は、政権が変わっても存続し、新内閣には皇室典範問題について検討及び対処していただく必要がある。
・ 長官発言は皇室が安定して存続していくには、皇位継承の対象を男系の男子皇族に限定している「皇室典範の改正」を視野に置くべきとの認識だろう
 ⇒ 現行のままでは将来、眞子さま・佳子さま・愛子さまが民間に降嫁したら皇族はいなくなり、天皇である悠仁さまただ一人だけになるという事態になる。
・ 民主党政権が安定したら、小泉内閣時のように“女性天皇容認論”が再燃し、一気に進む可能性あり。
 ⇒ 鳩山首相、小沢、岡田外相、前原国交相も“女性天皇容認派”
・ 運動会終了後、ナルマサ夫妻は5人のママたちに囲まれて、長い間立ち話を続ける。ナルちゃんは懸命におしゃべりされ、雅子さんがゲラゲラ笑っていたのが印象的だったが。で〆

小和田恒ご夫妻「記念講演旅行」の勘違い‐安達峰一郎博士の記念事業でまるで「皇族なみ」と

 山形県出身の外交官・安達峰一郎博士没後75周年の記念事業だったが何か変だ
◎「皇太子妃の父」に町は大騒ぎ
○ 小和田恒氏が今夏、日本へ一時帰国していたことはあまり知られていない。雅子さんを見舞う目的もあったろうが、もう一つの目的はある講演会に出席するため。
○ 講演会の題名は「安達峰一郎博士とその時代」。安達氏についての略歴紹介。小和田氏にとっては博士は大先輩。
 ⇒ なお、安達博士は国連司法裁判所所長としてアムステルダムで死去。「世界の良心」といわれ、オランダは博士を国葬で送ったそうである。
○ 今年は安達博士の没後75周年にあたるため、山形県東村山郡山辺町では町長を会長とする博士の顕彰会主催で様々な記念事業を行い、その“メインイベント”に小和田氏の講演を組んだ。この講演を巡って町が大騒ぎ。
○<地元町民の話>
・ 外交官のおエラ方ってだけでも大変なのに、皇太子妃のお父様に失礼があったらどうするんだということで、町は騒然。
・ 山形県警も大出動。但し表向きはあくまでも“プライベートで来る”ことになってるので、大々的に警備もできない。私服警官を出動させるなど、警察も苦肉の策で対応したようだ。
 ○ 講演が行われたのは8月7日。小和田氏は、「私自身の歩んできた道が安達博士のたどってこられた経歴と大変共通している」「もちろん、私はまだ安達博士に肩を並べるなどということはまったくございません。まだまだ後を慕って努力している立場ではありますけれど…」などと言いつつも、その口調は自信に満ちていた。講演内容も博士に敬意を表しつつも、「国連至上主義」の自論を展開。 
◎異例の温泉つき“VIP待遇”
○ 今回の小和田氏の講演会は異例の“VIP待遇”。国際司法裁判所長就任のお祝いも兼ねているというが、「優美子夫人も同伴で温泉つき」(山辺町関係者の話)はいささかやりすぎではないか。
・ 8月7日の山形に到着すると、山形グランドホテル(山形県一の高級ホテル)で「歓迎昼食会」出席者のうち、山形県知事、山形市長、山形地方裁判所長、山野辺町長及び令夫人、安達峰一郎記念財団理事長(外務省出身)は小和田夫妻と同じ“松”のテーブルにつき、他にも錚々たる地元の名士が集まる。
・ 山形滞在中の小和田夫妻のスケジュールを紹介。皇族のお出ましの如く「**時@@分〜××時△△分 □□ご訪問」(他には「ご視察」「ご休憩」「ご鑑賞」あり)と記載されており、休憩時に「お茶・お香等でおもてなし」や名刺交換・懇談会、お土産贈呈もスケジュールに明記されています。
◎地元の人への“お声がけ”まで
○<別の地元関係者の話>
・ 山辺町ではこれまでも明石康元国連事務次長や小田滋元国際司法裁判所長が講演しているが、ここまでの接待はなかった。
・ 移動の車は黒塗り、高級ホテルで昼食会と、本来の趣旨とは違うイベントになってしまった。
・ 名刹安国寺では由緒ある茶器で抹茶のおもてなし
・ 安達博士の生家訪問では、徒歩での移動に対応して道を通行止めにした。(この生家訪問時に歓迎セレモニーがあり、町民や保育所園児等役150名が出迎えたことが、上のスケジュールにも書かれています)
・ どうしても“皇太子妃の父”という肩書きが先行したためか、まるで皇族なみの対応だったことは否めない
○ 小和田夫妻が出向いた各地で、夫妻が地元の人たちから話を聞く場面もあったが、皇族による“お声がけ”のようだった。
 ⇒ 動員された保育所の年長児が「将来は警察官になりたい」「看護婦さんになりたい」というと、小和田夫妻は目じりを下げたらしい(そういう質問をしたってことになりますねw)
○ 訪問先の一つであったオリエンタルカーペット株式会社は、吹上新御所などにじゅうたんを納入するなど、皇室とゆかりが深い企業だけに、誤解を生む危険性もある。
○ 夫妻が帰京の際に持ち帰ったお土産…
・ 山形大学が研究中の最新技術で冷凍保存したサクランボ
・ 地元企業が作った100色の糸を編み込んだニットの婦人用バッグ
 ⇒「講演会の謝礼や交通費なども含め、かなりの額が小和田夫妻に渡ったというが、何かおかしい。」で〆。

テーミス2009年10月号

民主政権で再浮上するか 女性天皇容認で皇室崩壊の新事態へ

◎両陛下の健康問題や雅子さまの病状が心配される中でさらに深刻な問題が
「女帝誕生ともなれば、愛子さまに大きな影響を及ぼすが、皇太子ご一家はマイペースだ」。
この夏休み中は、那須御用邸と長野県の奥志賀でご静養された。東宮御所への引っ越し作業で周囲がバタバタしていたとはいえ、かなり”ゆっくり”した夏休みだった。ご静養中の雅子さまは、念願の親子登山に挑戦したり、りんどう湖ファミリー牧場で遊覧船を借り切って花火観賞されるなどして過ごされた。その後、公務で外出されたというニュースはない(9月11日現在。)
「雅子さまは、多くの人に見つめられるとお疲れが残ってご回復までに時間がかかる。このまま治らないのではないかという悲観的な声すら上がり始めた。」(宮内庁関係者)
御所内の”ご活動”にも傾向がある。外務省国際情報統括官からのご進講はよく“受講”されるが、そのほかのものについてはなかなかご出席にならない。
「公務をえり好みしている」と受け取られがちだが、これが主治医の大野教授の一貫した治療スタンスだ。このままで本当にいいのだろうか。」
◎渡辺新侍従長が言う宮中祭祀
秋篠宮家の悠仁さまは94センチ13.6キロと健やかに成長されているようだ。ほぼ週1回のペースで皇居を尋ね、両陛下とご団蘭。
元宮内庁関係者「秋篠宮ご夫妻は将来、天皇になられる悠仁さまに対し、“帝王教育”と考えられている。まずは挨拶や感謝の気持ちを持つことを第一にし、ちょっとした受け答えも”ですます調”の丁寧語を使うように教育されているようだ。」
天皇皇后両陛下と頻繁にお会いになっていることからも、早くも将来を意識されている。
両陛下のご体調は依然として万全とはいいがたい。(略)
宮中祭祀は歴代天皇が「国民の幸せと国家の安泰」を祈り続けてきたいわば皇室の存続基盤だ。
現在、両陛下に10年以上仕え、現在宮内庁侍従職御用掛りの渡辺前侍従長は、両陛下の皇居内でのエピソードを語り始めている。
「陛下が居間におられるとき、御用があって伺うと正座してテレビをご覧になっている。陛下は神様の前でお祈りするときは、高き心、清き心でなくてはいけない。足が痛いとか、痺れるという雑念が入ってはいけないのだとおっしゃられた。だから1年かけて慣らして、それでお祈りされているんです」と、陛下が祭祀に備え“正座の練習”をしていると披露した。
「鳩山首相の女帝容認論の波紋」
渡辺氏はなぜ、両陛下の皇居内でのご活動を語り始めたのか。
松崎敏弥氏「両陛下は次期天皇になる皇太子殿下のお覚悟はどうなっているのかと、とても心配されていると思います。渡辺前侍従長が講演などを通して繰り返し発言しているのは、“天皇の仕事”や“皇室の本質”を国民に伝えると同時に、皇太子殿下にも理解してもらいたいという、意図的なメッセージが込められていると思う。」
鳩山はもともと女性天皇容認に積極的で、04年に月刊誌に寄稿した「私の憲法改正試案いまこそ女帝容認のとき」という論文の中で、「皇位は、皇室典範に定める継承順位に従い、皇統に属する男子又は女子が継承する」と明記している。
小沢一郎、管直人、岡田克也の各氏も女帝容認派で、前原誠司死は女系容認を主張していた。
連立する社民党は「女性天皇を認めないのは、ジェンダーフリーに反する」という考えだ。
新政権がただちに皇室問題に着手することはないが、来年の参院選挙に勝利し、政権が安定したら、女性天皇浮上する可能性も十分ある。
◎外務省の先輩が東宮侍従に
毎日新聞の東京社会部の真鍋記者が「皇太子さまと話せなかった子供たち」という記事を書いていた。
7月29日、奈良氏の東大寺福祉療育病院を訪れた際、時間の都合で1列目としか話せなかったという。
真鍋記者は施設関係者の事なかれ主義を批判したが、これは東宮職についても当てはまる指摘だろう。
7月末、外務省で雅子の1年先輩だった岩間公典氏が東宮侍従に着任した。
岩間氏については「共通の話題もあるだろうということで、雅子さまの相談役として期待されている」(宮内庁関係者)という。
皇室ジャーナリスト山下晋司氏「宮内庁は各省庁からの出向者が多い。三職(侍従、式部、東宮職)に外務省出身が多いのは事実だが、皇室内の外国関係の仕事が増えているからだ。外交のエキスパートが両陛下や両殿下のお側にいることで、外務省との交渉もスムーズになる」
人事は組織のトップの意向が反映されやすい。野村をはじめ東宮職が“雅子さまシフト”で固められているとしたらいつまでたっても“現状維持”だ。
皇太子夫妻の御世になったとき、国民が平成皇室と同じように支持するかどうかは分からない。で〆。

テーミス2009年9月号

【警備で大騒ぎの花火大会鑑賞】
ここ最近、雅子妃の“私的な外出(しかも一家揃ってが多い)が再び目立つようになってきた。
雅子が静養入りして6年経過、ついに皇室関係者から、 「雅子さまは、公務の選り好みをしていると思われても仕方のない点がある。東宮職の責任は重大なのではないか。」という声すら上がってきている。
○8/8の東京湾大華火大会鑑賞のため、雅子と愛子ちゃんが池田礼子宅を訪問。
<タイム・テーブル>
 16時半:護衛車3台スタンバイ(マンション脇駐車スペースに2台、正面車寄せに1台)、SPたちがマンション敷地内をパトロール
 18時頃:護衛車が更に2台到着、ペアのSP3組が待機。同じ頃、渋谷節子がタクシーで到着
 18時20分:シャンパンゴールドのワゴン車で雅子と愛子ちゃん到着(白バイ先導&ワゴン車の前後はSPの車で挟む)
 19〜20時20分:花火大会
 22時半:車列がマンションを出発
○宮内庁はこの“私的外出”について全く発表していない
○皇太子の姿は確認できず。しかしマンション住人の話によると…
・ 礼子宅に雅子達が来ると『またいらしてるわね』と住人の間でも話題になる。
・ 雅子のみ、雅子&愛子ちゃん、皇太子と3人の時があり、それぞれのパターンで警備の規模の違いがわかるくらい頻繁。
・ この日(8/8)の警備の厳重さからすると、皇太子もおいでになったのではないか。
○ 皇太子はこの日の午前中は、夏の高校野球の開会式に出席してお言葉を述べ、第1試合途中まで観戦、その後甲子園会館を訪問し、午後帰京した→もし、花火大会を一緒に鑑賞すれば、かなり“ハードスケジュール”
【公務えり好みの鍵は野村大夫】
○ テーミスが宮内庁に「皇太子も池田礼子宅に行かれたのか」問い合わせるも、東宮職は「私的なご活動に関する事柄については、従来発表しておりません」と回答するばかり→静養であっても発表があることがあるだけに、その基準はきわめて曖昧
<他の私的活動>
・ 8/3、東宮一家は高級中華料理店『富麗華』にお出かけ。雅子お気に入りの店で、自慢は北京ダックとフカヒレ
・ 8/13 皇太子一家、小犬「ゆり」とともに那須御用邸に約2週間の予定でご静養。
・ 8/17 一家で茶臼岳登山
○ 病気治療のため致し方ないとはいえ、静養入りしてから雅子の外出には、プライベート優先のイメージが強い。
○ 次から次へと「好きなことしかしない」と受け取られがちな“ご活動”が目立つのか、鍵を握るのは野村東宮大夫
【背後には小和田恒氏と外務省】
○ 橋本明氏の著書より、皇太子夫妻の「ロオジエ」お出ましのことを野村さん達が「行くこと自体知らなかった。知っていたら止めていた」と言ったことを紹介
 → ・ 厳重警備をしなければならないのに、組織のトップが本当に「知らなかった」としたら、怠慢そのもの
   ・ 池田礼子宅訪問や高級中華料理店での外食も知らなかったのか、疑問が残る。
○ 野村東宮大夫の背後に見え隠れする外務省の影−野村氏はかつて小和田氏の部下
7/12の神宮球場でヤクルト対横浜戦を観戦に関する皇室担当記者の話
・ 表向きは愛子ちゃんの希望(横浜の内川選手のファンだから)で実現したと言われているが、通常皇族が観戦するなら東京ドームでの巨人戦になる。
・ 雅子が高田繁ヤクルト監督のファンということで、加藤良三コミッショーナーが動く。
・ 加藤氏は元駐米大使。野村大夫が外務省ルートを使って加藤氏に協力要請したと言われる。
○ 東宮大夫といえば、次世代皇室のイメージ作りを演出するスポークスマン兼プロデューサー。時には皇太子夫妻にとって耳の痛い進言もしなければならない立場ではないのか。
【プライベート優先のムードが】野村大夫の責任はきわめて重い
○ 野村大夫の発言について、「殿下が」「妃殿下が」と本人達を登場させたり、(雅子の外出についても)「ご関心をお持ちだったので」という言い方をよくする。
 → 皇太子夫妻の“私的活動”が必要以上に目立ってしまう。(皇室ウォッチャー)
○ これまでの皇室では“滅私”“無私”がスタンダートだったが、東宮ではプライベートが優先になってしまったという指摘あり。
○ 東宮職内部には皇太子夫妻に対して、「どうぞご自由に」というムードが広がっている(宮内庁職員)
○ 3月で末綱氏辞任、後任には同じ警察庁より加地氏着任。7/31で大森氏が外務省へ、替わって外務省から岩間氏が着任。
 → 東宮侍従6人のうち、4人が他省庁からの出向組。定期的に侍従が出向を終えて出身省庁に戻ることを考えると、“現状維持”ならざるを得ない。
○ 5人東宮女官女官からも新しい火種がくすぶり始めた
<宮内庁関係者の話>
・ もともと雅子妃はドアの下からメモを差し出して意思表示していたと言われるほど、東宮女官との意思疎通がなかった。
・ その雅子妃が信頼しているある女官が、マルチ商法まがいのネットワークビジネスに熱中していることが噂になっている。
・ そのことで雅子妃が相当お怒りになっている
○ 東宮職はもはや“機能不全”に近い状態
【外国訪問が野村大夫の花道?!】
○ 野村氏は着任4ヶ月で、前例のない「オランダ静養」を実現させた。
○ 近い将来、雅子さんの外国訪問の可能性が囁かれている。野村大夫は「妃殿下の次の外国訪問はご公務。静養はもう考えていない。」と繰り返し発言→最近は「海外での静養が治療のためになるのであれば…」とトーンダウンの傾向
○ トーンダウンには野村大夫の“退任時期”にも関係しているという。
<産経新聞社会部・大島真生記者の話>
・ 野村大夫は今年69歳、宮内庁首脳(長官や東宮大夫など)に定年はないが、70歳の誕生日を過ぎると、体力面などを理由に退任を申し出てもいいという不文律あり。
・ “花道”を飾って退任するのが理想の形。両陛下の前侍従長だった渡邉允氏は、'07年の両陛下のスウェーデン・バルト3国・イギリスご訪問が"花道”になった。
・ なので雅子の外国訪問再開が野村大夫の“花道”になるかもしれない。
○ 皇族の務めは宮中祭祀や国民に対する慈しみの心が優先されるもので、「皇室外交」などという言葉は本来存在しないはず。
○ 皇族の周辺に多い外務省出身者
・ 10年半の間侍従長だった渡邉允氏は、外交上に儀礼などを総括整理する儀典長だった。侍従長退任後も侍従職御用掛としてたびたび皇居を訪れるほど、両陛下の信頼が厚い。
・ 渡邉允氏の後任は川島裕氏(外務事務次官→式部官長→侍従長)
・ 川島式部官長の後任は原口幸市氏(元朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)理事会日本政府代表)
・ 野村大夫も含めて、宮内庁の中で両陛下や皇太子夫妻に密接に関わる“三職”(侍従職、式部職、東宮職)のトップが、外務省出身で固められている。
○ 少なくとも雅子“外国訪問再開”と野村大夫の“花道”を延長線上に考えることは、皇室の崩壊につながるといわざるを得ない。 で〆。

テーミス2009年8月号

p23-25 【特集】皇室の新難問 雅子妃の公務と体調を巡り皇太子ご夫妻「離婚」から「廃太子」までの内情 天皇皇后両陛下のご体調が心配されるなか次世代皇室への衝撃的な提言が

1 「象徴天皇」を定義した天皇陛下の決意―両陛下の「公務軽減」が現実的に
2 皇太子ご夫妻が通う池田礼子邸の内幕―セレブマンションで「ライフワーク」探しへ
天皇皇后両陛下の「公職軽減」が具体的に形になって現れ始めた。
宮内庁関係者によれば「陛下は運動などを取り入れて治療に励んでおられるが、ご体調は必ずしもよろしくない」と語る。陛下は金婚式の記者会見で「象徴天皇」についてかなり踏み込んだ発言をされているが、これは皇太子ご夫妻に対する隠れたメッセージではないか。そんななか、皇太子ご夫妻が“お忍び”であるセレブマンションに通われている情報を得た。
・両陛下のご体調、カナダでのご様子など(既出の情報なので省略)
・両陛下がお留守の7月7日、橋本氏の本が出版された(3つの選択肢説明)
・雅子治療の主導権を握るのは小和田家。その一例として本誌は7月号で
 「妹の池田礼子宅をたびたび訪れるのは『ライフワーク探し』と『癒し』のためなのではないか」と報じた
・池田礼子の関係者といわれる主治医の大野裕慶大教授の治療は「週1〜2回程度の電話カウンセリングが中心」(宮内庁関係者)。雅子とって公務出欠の意向や 私的外出の希望が通りやすい人間関係
・健康診断、皇太子は宮内庁病院なのに雅子はなぜ東大病院なのか? 本誌が宮内庁に問い合わせたところ、
 「両陛下、皇太子同妃両殿下およびその他皇族方いずれについても医師の判断によって必要な健康診断を適切な施設で行っている」(宮内庁総務課)
・東大医学部には妹の渋谷節子の夫、健司氏が所属(江頭豊氏邸に住んでいると明記あり)
・「東大病院での健診は渋谷医師がいるからでは」という憶測もある
・いずれにしても妹の関係者である医師が一人増えたことにより小和田家側のサポート体制はより磐石に
・雅子さまの宮内庁病院拒否はこれが初めてではない。08年6月23日に予定されていた健診を
 「東宮仮御所への引越し」などを理由にキャンセル。12月11日に羽毛田宮内庁長官が「定期的な健康チェックを」との陛下のお気持ちを代弁すると、12月17日と09年1月11日に宮内庁病院で健診を受けられた
・宮内庁病院と溝ができた発端は99年12月10日朝日新聞の懐妊スクープだろう。情報ソースが医師や侍従・女官ではと、雅子は疑心暗鬼に
・「雅子さまとの溝は病院だけでなく宮内庁全体に。国民から公務の出欠についての相当激しい“抗議”も。公務スケジュールもご夫妻出席・皇太子さまだけと2パターン用意しなければならないし、ごく稀に妃殿下単独公務も。護衛含めドタキャンドタ出に振り回され続けている」(宮内庁関係者)
・7月5日、雅子さまは学習院OB管弦楽団定期演奏会に。12日には愛子さまのご希望をかなえ、プロ野球ヤクルト-横浜戦、予定をオーバーして試合終了まで3時間あまり観戦
・10日には横浜市で開かれたITTO(国連機関)主催の「世界の子どもたちのための熱帯雨林に関する環境会議」に急遽出席されたが、16日長崎県佐世保市での第45回献血運動推進全国大会は欠席
・(この項原文ママ→)皇室ジャーナリストの山下晋司氏は首を傾げていう。
 「野村一成東宮大夫は雅子妃殿下がお出かけになると『関心がおありだったので』という言い方をするケースがある。宮内庁は皇族方のイメージをプロデュースする役目もあるが、これがうまい方法とは思えません」
・(〆、これも原文ママ)
 公務に趣味の発露を求めるかのごとく、選り好みをしているように見える状態がどうしても続くのならば、国民が皇室に感じてきた敬愛や尊敬は次第に薄れてゆく。
 そうなる前に、橋本氏がいうように「離婚」や「廃太子」といった選択肢も本気で考えるべきである。

8月号p54 連載:THEMIS LOBBY 雅子さま池田邸訪問報道 東宮大夫抗議の結末

・野村東宮大夫は7月9日付で「妹宅を頻繁に訪問」と報じた女性セブン(7月16日号)に「事実無根」と抗議
・本誌も7月号で報じたが抗議はなかった
・本誌はマンション住人証言で「ごく最近」としたが女性セブンは「6月初旬」と限定。これが抗議の分かれ道だったのかもしれない
・マンション住人の間で評判になるほど「よく来ている」のは本誌も確認済み
・朝日新聞が7月11日付朝刊で野村大夫の抗議を報じると、「テーミスにはなぜ抗議しないのか」「では、いつ行ったのか。後ろめたいから抗議するんだろう」「雅子さまの私的外出の日程と行き先をつまびらかにするべき」などと非難の書き込みが相次ぎ、ネットは騒然
・〆は、「雅子さまの私的外出の多さと、小和田家との親密さに疑問を持つ国民が多い中、今回の抗議は「火に油を注ぐ」ようなものだった。」

テーミス2009年7月号 

石原都知事「皇太子ご夫妻」利用の身勝手

皇太子ご夫妻が通う池田礼子邸の内幕 

6月9日の夕食会、雅子はホスト役としてメニューなどに腐心された。ご高齢の両陛下のご健康もあって、奮起されたのだろう。
根底には皇太子の献身的サポートがあるが、実妹池田礼子の存在も、雅子の治療を考える上で重要人物。
雅子は、池田礼子宅行き来が頻繁。結婚16年もたてば姉妹でもある程度の距離が出来るが、なぜこれほど「親密」なのか?
マンション住人の証言(原文は敬語)
・雅子はよく来る。ごく最近も来た
・フロントに護衛が何人も立つのですぐわかる
・週に1度くらいの割合で来ていた時期もあった
・住民の間では「またいらしてるわね」と評判
・皇太子、愛ちゃんと一緒の時も
礼子自宅は御用地から車で5分の日産ゴーン社長も住む超セレブマンション。礼子は大学卒業後、国連難民高等弁務官ベトナム事務所に赴任。
その後、ユニセフへ。「子供と武力紛争に関する国連事務総長特別事務所」に勤務し、国際紛争に関わる「恵まれない子供」のために東奔西走した。
礼子夫池田祐久は、ルノーが日産に資本参加する際、日本チームで外国法上の弁護士として、交渉に立ち会った敏腕国際弁護士。また、戦争、貧困などで教育を受けられない発展途上国の子供たちの為に世界銀行を通じて支援活動する団体「ファーストブルー有限責任組合」のアドバイザーも務める。実務にどの程度関わっているか定かではないが、礼子同様、「恵まれない子供」の問題に心を砕いているらしい。
雅子の治療には「ライフワーク」が有効とされる。子供の福祉に強い関心を示した雅子と、共通の問題意識を持つ礼子が普通に会話してるだけでも、治療に役立っているのだろう。
オランダにいる小和田恒氏から伝えられたアドバイスをもとに今後の活動の方向性も相談しやすい環境だから「小和田家との連携の場」になっているとしても不自然ではない。
礼子自宅は雅子の病気治療に必要な「癒し」と「ライフワーク」探しを兼ね備え、次代の皇后像に大きな影響力がある特別な場所ともいえる。
ライフワーク探しの場として知られる国連大学での「世界金融危機とアフリカ」と題するシンポジウムに5月25日雅子出席。これまで聴講したテーマは国連の最重要課題の環境、人権、ジェンダーなど。最近はアフリカなどの南北経済格差や子供の貧困に興味を持ち「ウガンダなどの内戦で傷ついた子供」などについて掘り下げているようだ。アフリカを訪問したいとの希望も。(小和田家に近い外務省関係者)
今年も全国赤十字大会を欠席した。次代の皇后として重責を受け継ぐ公務だが、'03年を最後に出席していないのも気がかり。
学習院の学校行事に出席するのは、もっぱら皇太子。芸術鑑賞会の時は、一般席で同級生のママたちと普通のパパと同じように気さくにおしゃべりしていた。
雅子がライフワーク探しで国際社会に目を向けるのは悪いことではないし、皇太子がマイホームパパを演じるのも夫妻の考えなのだろう。しかし、そのような皇室の姿について両陛下はどう感じておられるのか気になる。(皇室に近い人物談)
池田礼子宅に通うのも治療の一環ではなく、雅子流の皇室外交を展開する為の準備? で、〆。

皇室の新難問 「象徴天皇」を定義した天皇陛下の決意

・陛下のご体調は万全ではない→(既出の情報なので省略)
・伝統と時代の変化の折り合い → (象徴天皇という)「日本国憲法を遵守」「国民と苦楽をともにする」という陛下のお言葉を引いて両陛下の福祉・平和への取り組みを紹介
 →「伝統という名のもとで古い慣習が人々を苦しめていることも」という皇后陛下のお言葉を引いて
 高橋紘氏「皇位継承は国民主権で国民が決めること、あまり固執してはいけないとおっしゃりたかったのでは」
・皇太子ご夫妻へのメッセージ
 →しかし陛下は「守ってきた伝統」についても、新嘗祭、田植えなどを挙げ「古い伝統のあるものはそのままの形を残すことが大切」「それを行う意義を重視することが望ましい」と、はっきり言及
 →これらの伝統に対する思いをいったん呑み込んだ上で、個々の行事をどうするのか決めて欲しい、という皇太子夫妻へのメッセージなのでは
〆部分 →これを皇太子ご夫妻はどう繋いでいくのか
(以下原文ママ)ところが、いま天皇皇后両陛下の「公務」の穴を埋められているのは、もっぱら秋篠宮ご夫妻のようにも見えるのだが…。

p56 テーミスロビー:末綱隆前東宮侍従長 皇太子ご夫妻との仲は

・3月31日付で退任し、(4月21日付で)ルクセンブルク大使に任命された末綱氏。だが6月16日現在、いまだ皇太子夫妻との赴任の挨拶なし
・両陛下、秋篠宮両殿下とは挨拶済みだけに何か事情がありそうだ
・皇太子とは英国留学中からの付き合いだったが退任前「ご夫妻にあまりお目にかかることができない」と苦しい胸のうちを明かす
・秋篠宮両殿下がご接見するのは関係のあった大使だけだが、両陛下と皇太子夫妻は基本的に日本からの赴任大使、外国からの着・離任大使全員に会う
・(末綱氏とは)「お互い忙しいスケジュールなので日程調整が難しかったのでは」(皇室担当記者)
〆は(以下原文ママ)
雅子さまとの不仲が今回の人事に繋がったと噂されているだけに「お互いに顔も見たくないのか」などと詮索されないよう、気軽に気軽に会ったほうがいいと思うのだが……。

テーミス2009年6月号

喧伝される皇室の危機を受け止め 天皇・皇后両陛下が示した「覚悟」の衝撃

戦後民主主義の中での象徴天皇制のあり方と将来について一石を投じた
◎「皇室の危機」を受けて天皇・皇后両陛下が示した「覚悟」の意味−「女性天皇」問題が再浮上してきた背後には国内の新事情に加えて国外の動きも
1.『象徴天皇』で肉声や秘儀が…
○ 4月10日に放送されたNHKスペシャルの内容を紹介。テーミス編集部は「すべての日本人が見るべき番組であった。これまでの皇室番組の常識を打ち破ったという意味で価値が高い。」と評価。
○ 肉声や秘儀がテレビで伝えられたのは初めてのことで、NHKによる粘り強いアプローチ があったことは間違いないが、「むしろ両陛下にはご自分たちがどう考えているのかを、国民に知ってもらいたいという思いがあった。」(宮内庁関係者)
○ 皇室ジャーナリスト山下晋司氏の話
・普段の両陛下のお姿を拝見することができたことは、非常にいいことだったと思う。
・宮内庁は園遊会や記者会見などを通じて『正しい皇室像をどう伝えるか』と試行錯誤を繰り返してきた。この番組で皇室報道が新たな領域に入ったといえる。
○ 被災地への訪問や劇戦地への「慰霊の旅」などの映像を通し、両陛下の決意や葛藤が伝わってくる。今回、両陛下がこのような番組を受け入れたのは、憲法に記された「象徴」とはどのようなものかを“説明”するものであり、同時に“皇室の危機”を伝えるものではないだろうか。
2.「陛下のご体調」と「公務軽減」
○ 宮内庁関係者の話
・5月の連休に静養をされたのは珍しい。宮内庁関係者の間では陛下のご体調があまり良くないのではないかとの声が出ている。
・陛下は克服に努力されているが、やはり公務は厳しい状況。皇后さまも今後は“お言葉”を控えられるなど、公務軽減の方向。
・早く皇太子夫妻にバトンタッチされたいのだろう。→雅子さんは先日の「全国赤十字大会」にも出席していないし、宮中祭祀も1月以降出席したという発表はない。
○ 皇室の危機の一つは、皇位の安定的な継承
・宮内庁は、鎌倉長官時代に女性天皇も含めた皇位継承制度改革の研究を進めた。これが小泉内閣時の「有識者会議」の貴重な資料となった。
・紀子さまが悠仁さまを出産されたことで、皇室典範改正は棚上げ状態に。
・紀子さまの御懐妊は皇后さまのおすすめがあったからだといわれている。恐らくその頃、「女性天皇を巡り、皇室内で世代間の考えの対立があったと思う。」(皇室関係者)
・現行の皇室典範では、悠仁さまの成長過程で不測の事態が起きるとも限らないし、将来悠仁さまが結婚されても男児が生まれる保証もない。そして悠仁さまの時代には皇族がひとりもいなくなるという危機的状況も十分あり得る。こういった状況を踏まえて、政界で再び皇室典範改正の動きが出てきた。
・自民党関係者の話
 *愛子ちゃんをはじめとする女性皇族にも宮家創設を認める方向での改正の動きあり。
 *女性皇族と旧皇族が結婚し、男児が生まれたら皇位継承権を与えるとの案も党内水面下であり。三笠宮家と麻生首相が親戚だという事情もあるかもしれない。
3.国連を巻き込む差別撤廃運動
○ やはり注目が集まるのは愛子ちゃん
・授業が終わって校門から出てきた愛子ちゃんは元気一杯。振り向きざまに友達に「バイバーイ」といって、そのまま東宮御所へ全速力→護衛2人が追い着けないようなスピード。
・雅子さんが言っていた「普通の子どもとして育てたい」を地でいっている。
○ 「女性天皇論」再燃につながりかねない動き
・自民党の南野参院議員から出てきた、国連「女子差別撤廃条約選択議定書」の批准
・これは男女の完全な平等を目指すための条約で、日本は’85年に批准したが、個人制度などを定めた選択議定書には批准していない。
・もし批准すれば「女性天皇を認めないのは男女差別」と国を相手に訴える勢力が出るのではないかと見られている。最高裁が「男女差別ではない」と判断しても、国連に持ち込まれることも考えられる。
○ ジャーナリスト水間政憲氏が指摘する危険性
・これまで選択議定書批准に関する議論を自民党が取り上げることはなかった。
・批准推進は、外務省・従軍慰安婦問題に熱心なNGO(VAWW、NET、ジャパンなど)、部落開放同盟、反天皇制の団体。
→官僚や一般企業でも女性幹部を30%にしようという流れがあるなかで『女性天皇だけが認められないのはおかしい』という動きになるのはみえみえ。今回は事実上見送られたが、再燃する可能性もある。
○ 女子差別撤廃条約締結時の外務省条約局長は小和田恒氏。→次世代皇室を考えるうえでは頭が痛い問題である、で〆。

テーミス2009年5月号

女子中等科は早くも校舎建て替え 学習院の研究−愛子さま「帝王教育」の今後

◎ 昭和天皇・今上陛下・皇太子・秋篠宮ご夫妻の学習院での専攻や研究が紹介された後、愛子ちゃんが今年3月に書いた「かぶと虫」というタイトルの作文を紹介。
「(かぶと虫が)たまごから生まれるしゅんかんも見ました。しゃしんもとりました。びっくりしました。たいじにおせわして、らい年のなつにりっぱなかぶと虫にしたいです。たのしみです。がんばります。」
併せて“将来の夢”として「やさしいがっこうの先生になりたい。」とあった。
◎ さまざまな“愛子さまシフト”(学習院初等科関係者の話)
・ 4月に学習院初等科長が中島平三氏から三浦芳雄氏に交代。三浦氏は初等科一筋で、“初等科の生き字引”とさえ言われているが、保護者からは必ずしも歓迎されていない。
・ 三浦氏はやさしすぎるというか保護者のいうことに耳を傾けすぎる。→雅子さんが今の南組を相当お気に入りのようなので、クラス替えも雅子さんのご希望に沿うように対応する=愛子ちゃんの学年に限ってクラス替えを行わないのではないかと、同じ学年の保護者が不安視している。
・ 初等科では普通の児童は2年に1度クラス替えがあるが、皇族はクラス替えと担任交代がない。つまり普通なら愛子ちゃんは6年間南組で担任も変わらないが、クラスメートだけが2年に1度入れ替わる。
・ 愛子ちゃん入学後の愛子ちゃんシフト
 ICチップ付き身分証明書、3クラスから4クラスへの少人数編成、行事の際には自分の子供以外は撮影禁止&もし写ってしまう場合は必ず本人の了解をとることなど、ソフト・ハード両面で愛子ちゃんを気遣う。→保護者はピリピリしているが、雅子さんは未だに自己流を通す(運動会の時に一般席に着席するとSPが多くて子供が落ち着かない)。「同じ学費を払っているのに、なぜ雅子さんのご意向にだけ学校は答えるのか」との疑問まで上がっている。
・ 校庭にある大きな滑り台の設置も愛子ちゃん入学後。その他女子学習院中等科の校舎の建て替えと学習院大学構内にある100周年記念会館の建て替え工事が始まるが、これも“愛子さまシフト”の一環
◎ 波多野院長と小和田氏の接点
・ 現在の学習院院長の波多野氏。波多野氏から国連大使を引き継いだのが小和田氏。
・ 2人は全く異なるタイプ(瞬間沸騰湯沸かし器の波多野氏と、一見穏やかだがねちこい小和田氏)
・ 波多野氏は「グローバル学習院」を打ち出し、国連中心主義を目指しているから、雅子さまの考えに近いのではないか。
◎ 〆
・ 愛子ちゃんの「帝王教育」について、何もしなくていいのかという議論が高まっている。
・ いまのところ皇位継承はないが10年後はわからない。その意味で学習院の役割はきわめて重要。

公務復帰が注目される中 雅子さまを巡る「東宮女官」の微妙な関係

◎ “雅子さまシフト”ともいえる東宮女官人選=雅子は「環境の整った」宮中に入った→50年前の皇后さまのお興入れと比較する際の大きな違い
 初代女官長(在職期間’93〜’03年):高木みどり氏(民間人)
・ 夫は皇太子のフランス語の教師
・ 氏の長女と皇太子が学習院幼稚園で1年違いの先輩後輩→保護者の繋がりが深い学習院幼稚園時代から皇后さまとは知り合い
・ 高木氏の東宮女官長就任は皇后さまのお気遣いがあったと考えるほうが自然(皇室関係者の話)
 2代目女官長(在職期間’03〜現在):木幡清子氏(民間人、小和田家との縁が深い人物)
・ 夫はシリア大使などを務めた外交官で、小和田氏とは東大のクラスメート&外務省での親交も深かったセラピスト(在職期間’93〜’99):中町芙佐子氏(臨床心理士、元家裁調査官)
・ '82年に夫を亡くした後渡米し、セラピストの訓練を受ける。
・ ニューヨークの病院では躁うつ病や統合失調症など、種々の心の病に苦しむ患者の信頼を得る。
・ 海外でのキャリアもあるので雅子さんとの会話にも共通性があり、雅子も相当打ち解けていた(宮内庁関係者の話)
・ 皇太子妃は様々なプレッシャーがかかる立場。また、宮中のしきたりを理解するのも心に負担がかかるだろう。そんなときに悩みを吐露できたら気持ちは軽くなるもの。そういう理由から「適用障害」になるなど予測だにしない結婚当初から専門家がスタンバイしていたのではないだろうか(皇室事情通の話)
◎ スムーズではない雅子と東宮女官の関係
・ 女官との関係がスムーズでないことは、雅子のチグハグな動向で表面化(例:園遊会欠席→当日夕方三越行き)
・ 妃殿下の「個性」や「経歴」に応じた女官の人選がされるようになったことで、逆に耳に痛いような厳しいアドバイスができる女官がいないのではないか(皇室ジャーナリストの話)
・ 実際、雅子付きの女官は長続きせず、すでに何人も代わっている。
・ 皇后さまが国民に圧倒的に支持されるのは、常磐会などの旧勢力の恩讐を一つ一つ超越し受け入れてられたからではないか。
・ 伝統や前例が全ての宮中において、女官に期待されていることの一つは、皇室内のあらゆる人間関係と意思の疎通を図ること。
・ 今の東宮女官が皇后さまや他の宮家の女官と「意思の疎通」が取れているかどうか甚だ疑問。
・ 清子さんの結婚式の時、雅子だけ洋装。ほかの宮家は、女官同士ですり合わせができていたと思うが、雅子の女官だけできていなかったのだろう(皇室担当記者)→雅子さんは「私に恥をかかせた」と女官を叱責したという【私は病気ではありません
◎ 東宮女官は「お友達クラブ」!?
・ 女官制度は律令制の時代まで遡ることのできる古い制度。「側室」「家庭教師」「身の回りの世話」「宮中祭祀」の4つの役割があった。宮中でのしきたりや立ち居振る舞いを教育するのもその一つ(万里小路幸子氏の例を紹介)。
・ 昭和天皇が女官制度から側室機能を廃止した上、両陛下が家族同居を始めたことで、現在の女官は皇后と皇太子妃に仕えるようになった。
・ 機能や役割は変われども、戦前から変わらないのは「おしゃべりではないこと」。皇室の秘密を知りえる立場であるので、退職時には「守秘義務」が課せられ、誓約書のようなものも書かされると言われる。
・ テーミス記者の取材に対し、高木みどり氏や松村淑子氏(皇后さまの元女官長)は「ご容赦ください」「どうぞお許しください」と丁寧な言葉遣いながらも、追加の質問を許さない迫力で拒否した。
・ 愛子ちゃんの養育係の一人である小山久子氏(学習院幼稚園元園長)について、「園長時代、子どもが挨拶せずに先生の前を通り過ぎると、必ず親子ともども注意されましたが、愛子さまにはなにもおっしゃいませんでした」(学習院初等科関係者→4月15日午後3〜6時、学習院初等科2年生父母会に雅子と小山女官出席)
・ 雅子にも愛子ちゃんにも、女官達は厳しさに欠ける。
・ 宮中ではビジネスライクに仕事は進まないから、雅子の意向が100%通るとは限らない。古いしきたりを全く理解しない雅子が、自分に近い女官を集めた今の東宮女官の現状は、お友達クラブのようにしか見えない。
・ 東宮女官たちは雅子の顔色をうかがうだけで、問題をさばききれなくなっていることが、東宮家が宮中で孤立している一因ではないか(皇室ジャーナリスト)
「厳格な」女官の存在も、未来の皇后を育てる重要な側面なのだが。で〆。

テーミス2009年4月号

雅子さまを守る小和田ファミリーの結束‐いまや東宮職もコントロール不能

「皇太子さまが発した異例SOSの真意」
「あえて追加会見で雅子の病状を説明された
「宮内庁VS東宮職 皇室崩壊を招く背信」
「オモテも裏も自らの保身ばかり考えている」
◎特集皇室の新たな危機1:20分後に戻られた皇太子さま
ベトナム訪問前の記者会見の打ち切りについて、皇太子さまは心を痛めていたと思う(宮内庁担当記者)
雅子の病状についてはもっときちんと説明したいのに、東宮職をはじめとする周辺が事なかれ主義で問題を曖昧にしようとすることに内心では腹をたてられているのではないか。その後、異例のオフレコ破りをされたことは皇太子さまの並々ならぬ覚悟が感じられた。
誕生日に先立つ2月20日の会見の異例事態
会見は約30分間、いったん終了した。ところが約20分後、皇太子さまは再び会見場に戻られ、異例中の異例ともいうべき追加会見を行ったのである。会見場には代表撮影のカメラマンたちだけが残っていて、機材の撤収作業をしていた。彼らがあわてて我々記者団を呼び寄せて、再び皇太子さまの会見が再開されたのです。
その内容は雅子の病状について、具体的に説明したいというものだった。
皇太子さまは何か意を決したかのように発言された。「雅子は周囲の期待もありひとつの公務に全力を傾けます(略) 」
皇太子さまは犠牲と言う強いトーンの言葉を使って、雅子の病状について具体的に説明されたのだ。この会見のあとには記者たちとの懇談会(オフレコ)が控えており、まさにその合間を縫ったオフレコ破りだったのだ。皇太子さまは何かをふっきれたのか、懇談会では中川昭一の「モウロウ会見」に触れたり、テレビドラマにちなんだ冗談を言ったり、「ハイ状態」だったという。
「追加会見は、おそらく東宮職にも詳細は知らせずに、皇太子さまが独自に考えられたことだと思います(皇太子さまを知る皇室関係者)
皇太子さまは本当にまじめな方です。皇太子さまの周りには相談できる世話役がいない。現在は大野裕医師の判断によるところが大きいのでしょう」

また皇太子のライフワーク「水」は今後の皇室のあり方を根底からゆるがす事態にもなりかねないとの指摘もある。
世界的に砂漠化が進み、水問題が今世紀最大の懸案事項になるといわれる。ニュービジネスを誘発するともいわれる環境問題がこれに絡んでくる。日本の外務省もODAに代わる技術として、日本の水をアピールしていくことを積極的に考えている。
皇太子さまが当事者として水問題に関わる背景には、外務省の思惑が感じられ、当然、行きつく先は雅子の父、小和田が重要ポストを務める国連。雅子は2月27日、1年3か月ぶりに「ライフワーク的な分野を見出す一環」(野村)で、国連大学を訪れアフリカに関するシンポジウムに参加された。今後も国連に関する勉強を続けられ、公務に生かされるおつもりらしい。

◎特集皇室の新たな危機2:千代田VS.赤坂の戦争とも
「末綱氏が辞任に追い込まれる事態を迎え、東宮職が「迷える現実」を露呈している。末綱氏の辞任を惜しむ声が強い。
「野村と末綱が路線の違いで揉めていたことは間違いがない。末綱氏は、皇太子さまが留学時代に家族ぐるみの付き合いもしていたほど。東宮職内では、オモテの野村、オクの末綱のバトルだったとの声がもっぱらだ」(皇室ジャーナリスト)
新侍従長の下、東宮職は本当に機能するのか。
終戦当時の宮内省は6000人余りの大組織だった。「いざとなったら天皇陛下のために命を投げ出す」覚悟を持っていた。ことろがGHQによってバラバラに解体されてしまった。

つぎはぎ、腰掛官庁の悲劇
宮内庁の運営を複雑にしてるのがオモテとオクの存在だ。現在雅子の身の回りの世話をする東宮女官は、女官長を含めて5人。しかし、小和田家の家族が東宮御所に出入りするケースも多く、雅子の妹・池田礼子も実質上の女官長のようなもの。
元宮内庁職員の山下晋司氏は語る。「宮内庁は他の省庁のように許認可を持っておらず、省益がない。直接の天下り先もないに等しい。ただ、組織の権限や役割にあいまいなところがあり、皇室が難問を多く抱えるこれからは限界がある」
旧皇族の竹田はいう。「今の宮内庁は決して皇室のための機関ではない。幕末の京都所司代のような江戸幕府の機関、多くの人たちは宮内庁が皇室を守る組織だと考えていると思いますが、もはや完全に政府の出先機関にすぎません。羽毛田長官の一連の発言に見られるようにわざわざ問題を大きくしているとしか思えないものも多い。もちろん、お守りしたいと思う方もいますが、宮内庁という組織となると政府の利害と皇室の利害が対立したときに、常に政府の立場に立ってしまうのです」
竹田は昨年、皇太子のご参内が少ないことはさしたる問題はないと皇太子さまを擁護する論陣を張った。ところが宮内庁は猛烈な抗議をしてきたという。
宮内庁はメディアの間違いを指摘するHPのコーナーを持っているが、そこに「天皇皇后両陛下は、皇太子時代、週一回はご参内だった」というピントはずれの趣旨の反論を掲載。これに対し、竹田氏が宮内庁総務課長に説明を求めたところ、「事実誤認」を繰り返すばかりで、挙句の果てに「事前に書いたものを宮内庁に提出して頂ければ、こんなことにはならなかった」と言い放ったというのだ。こんなおかしな体質を宮内庁が引きずっている限り、やがて皇室は崩壊してしまうだろう。
○全国紙政治部のベテラン記者(首相、外務省などの担当アリ)の話
・ 小和田氏は、何かいつも生臭い。常にエリートていたいという思いがあって、それを実現してきた。実力とともに自らも懸命に努力してのあそこまでいったのは確か。
・ 小和田氏ぐらいの世代の外交官には“毛並み”という問題がある。東郷さん栗山さんなど2世、3世がゴロゴロいる。
・ そんな中で、田舎の教師の息子があそこまで出世していくのは、野心に裏打ちされた不断の努力があったからこそだと思う。
○元駐タイ大使で外交評論家の岡崎久彦氏の話
・ 小和田氏とは日本人の中流階級の美徳を一身に具現した人物(from『文藝春秋』’93年3月号)
・ 中流階級の美徳とは、勤勉・堅実・努力・質素・正直でまっすぐで、たゆまず勉学し、奢侈に流れないこと
○小和田父の留学について−初めての海外だったらしい
・ 外務省入省後、すぐイギリスのケンブリッジ大学大学院に研修派遣。
・ 成績が非凡だったので学位が取れるようにと4年間の留学が認められる。
・ ここで国際法の博士号取得
○佐藤優@言論封鎖魔の話
・ 外務省研修の講義で一番印象に残っているのが小和田氏の講義。
・ 「マージナルな人になれ」、つまり外務省の中心ではなく、はじっこにいて、日本の外交を創っていく人になれと言っていた。
・ この話を聞いて、小和田氏は反体制的、反骨精神のある人だと思った。
・ 省内には派閥があり、小和田氏の派閥もあったが、飲んでマージャンをやるのではなく、理詰めで議論する政策集団みたいなところ。相手がアメリカであってもモノ申すという理論集団。浪花節的なところはなし。
○外務官僚OBの話
・ 小和田氏は確かに能力があると自他共に認められているが、講釈を垂れる癖があり、しかも話がくどいのでみんな敬遠していた。
・ 優秀だったので出世コースを歩んだが、ある意味孤立無援。
・ 松永信雄元駐米大使の派閥(松永スクール:飲み会やマージャンアリ)ではなかったので、駐米大使になれなかった。
○浅井基文@広島市立大学広島平和研究所所長の話
・ 一見穏やかだが、しっかり組み立てしてから小和田氏に説明に行かないと、調べていないところをババッと指摘されて怒られてしまう。仕事には厳しい。
○福田赳夫総理時代の秘書官の一人
・ 時代が移っても、元秘書官同士、年1回ぐらい集まっているが、小和田氏に声をかけても、出てきたためしがない。
○田久保忠衛・外交評論家の話
・ ハンディキャップ国家論の提唱は、戦後レジームの中に埋没してしまって、それでよしとしている。それはおかしい。
(他にも谷沢永一・関西大学名誉教授も、「小和田氏は東大で国際法を担当した横田喜三郎教授の系譜をひき、自虐史観であると批判している)
このような状況での長女・雅子さんの皇室入りは小和田氏に訪れたチャンス。
○前出・全国紙政治部のベテラン記者の話
・ 小和田氏の先輩の柳谷謙介氏が相当尽力したと聞いている。
・ 雅子さん本人は皇室入りを嫌がっていたみたいだ。
・ 小和田氏は雅子さんに対して、皇室に入ることは大変なことだということをあまり言わなかったようだ。
・ 小和田氏は、小和田家を本当のエリート階級に引き上げたかったのではないか。
○前出とは別の外務官僚OB
・ 適齢期の娘がいる外務官僚は、海外から賓客が来日してレセプションが開かれる時、上司に娘も参加させたらどうかと声をかけられる。
・ これが女性と知り合う機会の少ない皇太子殿下との出会いの場をつくることになる。
・ たいていは本当に娘を皇室に嫁がせることになったら大変だから断るが、小和田氏は違っていた。むしろ積極的にそういう場に連れて行った方ではないか。
結果、宮内庁の要職に外務官僚が就任することが多くなった。すべて小和田氏の差し金とは言わないが、全く関係ない、偶然の結果ということでもあるまい。
p13より、土川純代氏についての箇所引用
 ご結婚当日('93年6月9日)、田園調布雙葉学園の雅子さまの親友として同級生代表のTさんという人がテレビに出ずっぱりだったことがある。
 ところが、そのTさんと雅子さまは、あまり親しくなかったという。
「Tさんのお父さんが小和田氏と東大の同級生で昵懇だったそうだ。それで小和田さん側のシナリオに沿った証言をしてもらうため、母校の雙葉に小和田氏がお願いして、Tさんに親友代表として出演してもらったと聞いている」(田園調布雙葉学園の雅子さまの同級生)
・最近小和田父は学習院の「常盤会」に手を突っ込もうとしている。常盤会は女官を多く輩出してきたから。紀子様は常盤会の皇族会員、悠ちゃん殿下は皇位継承第3位、小和田父がマサ丼の将来を考えると、女官はもっとも大事な問題となってくる。
しかし、「小和田氏の努力は中流階級の美徳を超えた。」で〆。

テーミス2009年3月号

いまや東宮職もコントロール不能〜雅子さまを守る小和田ファミリーの結束

1.小和田父の国連司法裁判所所長就任について
○就任時の小和田父の会見:「背景には日本という国に対する国際社会の信頼があってのことだと思う。日本の名を恥ずかしめないように仕事をしていきたい。」
○外務省は“歓迎”よりも“困惑”
○困惑の理由として外務省幹部の発言
・小和田氏が所長として推されてもおかしくないだけの実績を持っているし、それまでの経歴も申し分ない。
・しかし、その輝かしい経歴に“皇太子妃の父”という肩書きが加わると、外務省の範疇をはるかに越えた存在になってしまう。そのことを本人がよく分かっていないようだ。
・小和田氏はむしろ皇太子妃の父親という立場を利用することが日本の国益につながるという「独特の考え」を持っている。
・有能な外交官であることは多くの関係者が認めているが、「日本の皇室につらなる無言の権威でものごとを有利に運ぼうとしている。
ハンディキャップ国家論の展開=軍事面で国際貢献できないからカネで賄う。
・'92年の両陛下訪中時の外務事務次官であり、中国側が天安門事件のマイナスイメージを払拭するために「両陛下を政治利用したのではないか」という見方がひろがった。
・いずれにせよ、小和田氏の存在は日本外交にとってあまりにも大きく、再びその立場が国際的に高まったことは、日本にとっても痛し痒し。
2.雅子妃の状況
○1月7日に5年3ヶ月ぶりに宮中祭祀に出席した。当初は安堵の声も聞かれたが、むしろ事態は正反対の方へ向かっている。
○消えない宮中祭祀への違和感:潔斎、おすべらかし、中世から伝わる儀服も、キャリアウーマン出身の雅子さまにはいまだによく理解できないようだ。
○皇室関係者は、1月7日の宮中祭祀を“分水嶺”として、雅子さまは再び公務への復帰をためらわれていると見ている。
○皇太子一家の予想外の行動で混乱する警備
・1月24日、銀座・松屋で東京私立小学校自動作品展を一家で鑑賞→10分ほどで見終わる程の絵画展だったが、警備が1時間ほど延びた。一家が鑑賞後、6階おもちゃ売り場や子ども服売り場を歩いた(デパート関係者談)
・昨年末12月29日に一家で出かけたこどもの城で、10数人の警察官が1時間ほど持ち場を離れられない状態が続いた。
○学習院初等科保護者行事への欠席が続く
・1月20日は小山久子女官が代理で、1月28日は福迫美樹子出仕が代理で聴講
・雅子は病状が悪くなったのか、バッシングされるから控えたのかと関係者は心配
○天皇陛下の公務軽減に関連して
・ほとんどの国家元首が天皇に会いたいを希望していたり、一度会ったら再度会いたいと希望するのは、天皇陛下が日本国の元首だという通念があるから(皇室ジャーナリスト)
・皇后様のお出ましは様々な角度から、皇后様もご一緒に天皇陛下や宮内庁、外務省と相談して決められる。
・評論家の八幡和郎氏の意見:「雅子さまには妃殿下や将来の皇后の重責は酷なので、妃殿下とか皇后陛下という制度を考え直して、皇太子様を良き配偶者として支えていければ十分なようにしてさしあげるべき」
3.礼子&節子姉妹の重要度
○嫁いで15年になるが、小和田家はいまも家族総がかりで雅子さまをサポート。
○皇太子のベトナムに雅子妃が同行するかどうかの発表がギリギリのタイミングだった。こういうときは雅子妃自体が相当悩まれているからで、大野裕医師の判断も遅くなる(宮内庁関係者)
○池田礼子は赤坂御用地の近所に住んでいて、スキーやディズニーランドに同行し、愛子ちゃんの運動会も観戦した。礼子宅で昨夏皇太子一家が花火を鑑賞した。
○昨年末、渋谷節子帰国、現在コンクリ御殿に住む。
・節子が夫渋谷健司のWHO勤務に伴ってスイスに赴任する前は、埼玉県内の夫の実家で、夫の両親と同居していた。
・療養中の雅子と愛子ちゃんがたびたび渋谷宅を訪れていた ←埼玉の実家?
・オランダ訪問時は、雅子の滞在先に夫婦で面会に向かった【準皇族
○妹二人は、何かあったらすぐに東宮仮御所に駆けつけられる。
4.小和田家で固められる雅子妃の周囲
○雅子が療養に入ってから、皇室では「前例のない」ことの連続:野村一成東宮大夫・愛子ちゃんの養育掛福迫美樹子・主治医大野裕など、側近はほとんど小和田家が推薦した雅子妃の関係者
○最初のご懐妊情報がスクープされてから、皇太子夫妻と東宮職はぎくしゃくしている。
○今では実質上の女官が池田礼子と渋谷節子で、実質上の侍従長が大野裕医師だと言われている。
福迫美樹子さんが「泊まり勤務があってきついから幼稚園の先生に戻りたい」などと心のうちを友人に明かしたという話あり。→2人の妹礼節のどちらかが正式あるいは私的な立場で使用人などになることも、皇室関係者の間で囁かれている。
○皇太子のベトナム訪問前記者会見打ち切りについて
・もともとミニ宮内庁といえるほど独立性を持つ東宮職ではあるが、今の本庁と東宮職との意思疎通のなさは異常事態。さばききれなくなったオクの問題がオモテに出てきてしまったのでしょう(『皇室手帖』編集長、山下晋司氏の指摘)
・退任する末綱東宮侍従長は、小和田氏の外務省時代かつての部下である野村東宮大夫との折り合いが良くなかった。
・“ミニ宮内庁”といわれるほど独立性があるからこそ、なおさら小和田家の影響力が強まりやすい。 …で〆。

テーミス2009年2月号

秋篠宮家が存在感を増すなか、「皇位継承」を混乱させる小和田家の影

昨年末のオペレッタのリハの時にも、小和田家は一緒だったらしいです。東宮一家の車が地下駐車場から出てくる直前に、2台の車が同じ駐車場から猛スピードで出てきて、うち1台は小和田家所有と見られる車種の外車だったそうです。
・歌会始の歌について、皇后陛下と紀子様は“民”を思う皇室の心を反映したもので、“公”というものを意識しておられた。これに比べて雅子妃の歌には“公”の心が見られない。つまり、雅子さまには次世代の皇室を担う“覚悟”がおありになるのかという厳しい指摘(皇族関係者)
・軽井沢静養時には別荘から愛子さまの泣き声や雅子の怒鳴り声が聞こえたり、「別居の可能性もあった」(学習院関係者)というほど、容態は悪かった。
・東宮御所に戻ってからの雅子は、一貫してマイペース。天皇陛下のご体調に異変があってもブレないのは、大野裕医師の治療方針と皇太子の深い理解があるからだろう(イヤミかなと思いましたw)
・秋篠宮ご一家の様子を紹介して「いまや東宮夫妻よりも、天皇皇后両陛下の志を継承するような活動をしている」
・雅子は病気になる前から本音を漏らすなど(海外訪問が難しい状況に適応すること云々)自己主張をしてきた。小和田家の家族もいまだに野村東宮大夫を通じて東宮職にいろいろ口出しするから、東宮夫妻が皇室内で孤立したり、皇位継承の問題がややこしくなるのではないか(皇室ジャーナリスト)
・1/13に東宮夫妻は離任挨拶に訪れたシーファー米国大使に接見。オバマ大統領の就任で雅子は「再び皇室外交を展開したいお気持ちを持たれている」(日米外交筋)という情報もある。小和田家の影があるだけに、そういう見方がどうしても囁かれる。で〆。

テーミス2009年1月号

ベタ記事(THEMIS LOBBY) 雅子さまの側近は小和田家にも仕える?

2008年11月29・30日に行われた学習院初等科祭で愛子さまの作品が評判になった。1年生は図画工作と硬筆の書写を展示したという。(略)
「愛子さまは両日とも発熱されご欠席された。皇太子さまと雅子さまのお姿もなかったが、「小山久子氏が、雅子さまの妹さん親子を案内していた」(学習院関係者)という。
先日、週刊誌で「小和田恒氏倒れる」の報道があった。小和田氏は野村一成東宮大夫に、自ら記事の内容を否定する電話をしてきて、それを受け、「野村大夫が記者会見で苦言を呈した」(宮内庁担当記者)という。
雅子さまの側近は、小和田家にも仕える…ということなのだろうか。
「天皇陛下のご心労は進むばかり」
「皇室を悩ます大野慶大教授の思い込み」
「治らないのかという声に焦る東宮職と慶応関係者は松井医師(東京脳神経センター)の見解を聞くときだ」
「陛下のご心労発言の真意は」「週刊誌などは一斉に報じたものの多くは的外れだった。
陛下ご学友橋本明氏「皇太子ご夫妻の問題は枝葉に過ぎず、ご心労の真意は皇室の根本にある。天皇皇后両陛下は50年の歳月をかけて、初めての象徴天皇制を築いてこられた。それなのに皇太子ご夫妻の今のような状態は、両陛下のご結婚や子育てに原因があるという非難の声が皇室の内外から出てきたのです。これは一生懸命にやってきたことを否定されたばかりか、古い時代に時計が逆戻りするようなことなのです。」
実際、12月12日の野村東宮大夫の会見は天皇陛下のご心労を深めたたとしか思えない内容だった。
皇太子ご夫妻の健康管理についても、「東宮職医師団が責任を持って対応する」と語った。
ここではっきりしているのは「東宮職医師団」の中心となっている大野裕教授の影響力である。だがここにきてついに大野氏が所属する慶応大学が焦り出した。大学医学部の危機と受け取り始めたのだ。
実名ではっきりした病名を断言する医師が現れた。脳の権威と言わる東京脳神経センター理事長の松井孝嘉医師だ。(首の筋肉云々の説明)
大野が主治医に選ばれた経緯は一種のハプニング。
「雅子が倒れた当時、精神科の医師がいなかった。国立精神・神経センターの大家、H医師に白羽の矢を立てたが固辞。そのうちに雅子の妹の紹介で大野が主治医に就任」
実は大野にとっていまや「雅子さまを治す」は二の次になってるという。最近は医者として患者を治すというより、マスコミから守らなければならないという意識を持ち始めているようだ。雅子の話に耳を傾けるだけになってるのでは。
(慶応関係者)
「実際、慶応の幹部たちが治療があまりに長引くので慌て始めた。松井医師が2年前に金沢医務主管や大野に連絡して自分の見立てを話したのも、もともとは慶応の関係者から頼まれたからと聞いている」
大野氏一人に振り回されている東宮職の迷走は、皇室の迷走でもある。

テーミス2008年12月号

皇室の伝統はどうなる? 雅子妃と宮中祭祀をめぐる新たな難題 意外に知られていない養蚕の儀は皇后に脈々と伝わってきた宮中“秘事”だが

「両陛下が公務最優先の一方で」(両陛下のハードスケジュールについて)
「古来から続く稲作と養蚕の儀」(大野裕医師を交代させろの意見など)
本文「なかでも養蚕は皇后さまがとくに力を入れられているお仕事である。時々蚕に話しかけられたりするという。美智子皇后も良子皇后のご指導のもとで養蚕を続けられた。すべての養蚕の過程について報告をお受けになり、繭掻きまでされている。」
雅子さまの“虫嫌い”が大問題に。
雅子はカミラ夫人の好きなものを外務省に問い合わせ、特別にチキンのソテーをメニューに取り入れたほどの張り切りようだったという。
スペイン国王歓迎式典に鮮やかなブルーグリーンのスーツ姿で5年ぶりに国賓の歓迎行事に出席された。確実に“公務復帰”の道を歩みだされたようでもある。
しかし、皇室の伝統はあくまで宮中祭祀を中心とした“祈り”の精神の中に生じるものであり、本来“皇室外交”などは存在しないこともたしかなのだ。(〆)

テーミス2008年11月号

「公務欠席」の一方で運動会だが 雅子さま「外務省ご進講」と小和田家の影―国際情報統括官をはじめ外務省関係者から情報を収集されているが政治利用の心配も

<初等科運動会関係>
○雅子は1時半頃来場、池田礼子も午後2時半頃合流
○学習院関係者の話
 ・午前中は雅子の姿はなかった。たぶんダンスや大玉ころがしはご覧にならなかったのでは。
 ・雅子を探すように何度も後を振り返る愛子ちゃんが印象的だった。1時半頃お見えになった。
 ・二人ともデジカメ片手に、身を乗り出すようにして愛子ちゃんを応援
 ・雅子は礼子のデジカメを覗いて一緒に座っていたママたちに『見て見て』とはしゃぎながら説明
 ・運動会終了後も30分ほど談笑
○丼は貴賓席ではなく一般の保護者席の2列目に座る
 →競技する愛子ちゃんからも遠く、SPも近づくことが難しい。女官が何度も「御用聞き」する
○運動会の前に、保護者に向けて「写真に他の子どもが写るときは了解をとるように」と注意あり。
 →保護者の声「雅子妃はテントに入ってくれないと迷惑」
○3月まで幼稚園長だった小山久子女官が貴賓席で観戦→「あべこべよ」と保護者の声
<公務関係>
○東宮御所内での丼の進講や公務の状況を見ると、外交関係のものには比較的積極的
 2006年から2008年10月15日までの外務省国際情報統括官からのご進講への出席状況
  ・’06年:ご進講合計14回のうち、同官のものは5回で全て出席
  ・’07年:ご進講合計18回のうち、同官のものは8回で4回出席(体調のせいか…)
  ・’08年:(原稿執筆時点で)同官のものは4回でうち3回出席
  ・海外に赴任する大使にはほとんど会う。他に今年は国連事務総長夫妻やヨルダン王族夫妻、バーレーン皇太子殿下などとも話す。
  ・外国からの着任・離任大使との接見にはあまり出ない。但し今年はオランダ大使、イギリス大使などには会った。
○現在の外務省国際情報統括官は小寺次郎氏。外務省関係者の話として「野村大夫とともに雅子の回復に大きな役割が期待されている」
<小和田家の干渉>
小和田優美子はたびたび帰国、「警備が来訪を聞いていないこともある」(宮内庁関係者)くらい、突然東宮御所を訪問する。
○優美子が雅子に電話で公務についてアドバイスすることもあり。
○宮内庁内部の本音「雅子の体調の波と、小和田家の干渉には野村大夫もお手上げ」
○池田礼子と渋谷節子の『幸せな子』翻訳出版本について
  ・原著者であるT.バーゲルソール氏は、国際司法裁判所での小和田恒の同僚
  ・「人権派に悪用されるのではないか」と心配する声あり。以前から小和田家の対応を疑問視する声はあったが、このことで更に大きくなりつつある。
○橋本明氏の話「皇室には伝統的なしきたりが多い。一般人の小和田家がどんなに心配しても、雅子は皇室の中で病気を治療すべき」
○「わがまま放題」と国民に誤解されかねない“雅子さま流”は、大野裕医師の方針→宮内庁は国民に病状を説明すべき で〆。

テーミス2008年10月号

GHQが仕組んだ『100年で皇室をなくす』がいま現実になる中、論争は終わらず

秋篠宮への譲位論まで出始めた雅子妃、愛子さま「引き籠もり」の深刻事情

見出し「池田礼子さん家族とご一緒に」
西尾幹二論文をきっかけに、言論界は大きく揺れている。
ある皇室関係者は、「皇太子ご夫妻は、最近は皇室関連の記事に目を通されているようだ。バッシング記事も含めて受け止めていらっしゃる」と語る。
8月20日からの那須。厳戒態勢だったが、それえも御用邸の静かな環境で、雅子はゆっくりされたようだ。
久々に「連続で数時間にわたって熟睡された」という報道もあったが、十分リラックスできたのは、池田礼子とご一緒されたことも大きい。
愛子さまは年下のいとことメリーゴーランドやボートなどにのられておおはしゃぎ。滞在時間が予定の倍になった。雅子さまも大きな口をあけて笑われていた。(皇室ウォッチャー)
ご一家と池田一家は翌27日の夕食と、29日のどうぶつ王国にも一緒。
皇太子は公務のため30日に帰京されたが、雅子と愛子は9月8日の始業式直前の4日まで滞在が続いた。皇太子さまは、愛子さまの学校行事やプライベートを優先される雅子さまの気持ちを、最大限、理解されているのであろう。
東宮御所の近所に住んでいる池田礼子と皇太子ご一家は頻繁に行き来して、池田礼子の夫が大野裕医師を紹介したという話もあるほど親密だ。
クリスマスの夕食会やディズニーランド、スキーなど一緒に出かける機会も多く、いかがなものかと非難の声も起こっていた。
「気に入った相手と好きなことをしている」と見えてしまう雅子だが、皇室への漠然とした不安の底流にある病気は、本当に回復するのか。

ある精神科医は、「最近は、仕事には行けないけど、遊びは大丈夫という新しいタイプの「ディスチミア親和型」といううつ病が増えている」と語る。雅子とぴったり重なる病状だ。
比較的症状が軽いこのうつ病は、カウンセリングも投薬も効果が出にくく、環境を変えるのが有効な治療法だという。
ビジネスマンなら職場を変えるしかないが、雅子はそれもできない。いささか身勝手なうつ病だからこそ治療は難しい。このままでは、雅子が国民の前に姿を見せないまま、皇后になられる可能性もある。
「秋篠宮の公務が目白押しに」
天皇皇后両陛下の軽井沢に秋篠宮ご夫妻は悠仁さまを連れて24日に合流し、一泊された。紀子さまの都内での単独の公務の合間を縫った“強行軍”である。
「秋篠宮さまは陛下の登山に同行を申し入れて合流された。悪天候で登山はかなわなかったが、両陛下は悠仁さまのかわいらしい姿に相好をくずされていた」(宮内庁関係者) 
皇室ジャーナリスト「ご夫妻は、悠仁さまが自然にお辞儀などの挨拶ができるように教育されているようだ。すでに秋篠宮流帝王学を始めている」
悠仁さまが陛下のなさりようを直接学ぶ環境づくりに努められているかのような秋篠宮の積極的な活動がいま衆目を集めている。
雅子が療養入りされた約5年の間に、皇太子と秋篠宮の立場が逆転に見える。
しかし、興味本位に兄弟関係や雅子の病状に目を奪われ続けていると、皇室問題の本質を見誤ることになる。
「内掌典と呼ばれる側近も…」
ある憲法学者「東大を中心とする日本の憲法学会には、1945年8月の終戦を“8月革命”と位置づけ、今上陛下は2代目であるという捉え方がある。大日本帝国憲法やそれまでの日本の歴史を全否定したうえで、日本国憲法を金科玉条のようにとらえる憲法解釈だ」
戦後、共産党も驚くような極左の学者たちの弟子たちが官僚になり、宮内庁や外務省に入りこんだことも皇室に対する「事なかれ主義」を生んだ原因だ。
最近では宮中祭祀が公費で行えなくなったり、宮中祭祀を手伝う「内掌典」と呼ばれるいわば巫女さんのような人たちも「5年任期」になったという。
「口伝ができるほど長く勤めると(公務員に準ずるため)昇給などで皇族方の経済を圧迫する」などの理由でそうなったという。
もともと皇族の存続や宮中祭祀の伝承などを断絶させようとしたのはGHQだ。彼らは「100年たったら皇室はなくなる」とうそぶいたそうだが、まさに時限爆弾が爆発寸前のところまできた。
皇室が安泰だったのは、両陛下のために身を粉にする側近がいたことも一因だ。最近の側近は各省庁の出向者で固められている。昔堅気の側近は皆無に等しい。
「皇室周辺には、皇太子夫妻の離婚を望む声もあるが、ご夫妻の絆は固い。最近は、皇太子が自ら秋篠宮に譲位を申し出るべき。陛下も早くご決断するべきだともささやかれ始めた。秋篠宮ご一家の活動が活発になってきたのも意識してるからではないか」
7月末、野村東宮大夫は「妃殿下のご努力に水をさすだけでなく、努力が足りないと批判している印象を与えかねない」という東宮職医師団の見解を発表した。
クレームまがいのこんな見解よりも、きちんと病状を説明しなければ、国民と皇太子一家の距離は広がるばかりである。

テーミス2008年8月号

(コラム)単刀:「皇室が危ない」という爆弾的論争―最高責任者総理の傍観を戒む

『皇室の危機』皇族は「皇室経済法」を肝に銘ずるべし―高円宮承子さまよ皇族費は品格に

平成皇室を衰退させる宮内庁の無策―雅子妃問題の他にも事なかれ主義

自由奔放・高円宮承子さまが帰国したが皇族には「品位保持」が求められている
■エディンバラ大は卒業できず
 高円宮家の長女・承子さま(22歳)が7月1日、留学先の英国から帰国した。軽快な黒のパンツとシャツにカジュアルなグリーンのボレロ風カーディガンを羽織った出で立ち。大きな鞄と楽器ケースを抱え、報道陣の前を通り過ぎたが、コメントは一言もなかった。
 承子さまは学習院女子大学へ入学した直後の'04年4月に英国へ渡り、語学研修を経て、同年10月からエディンバラ大学で留学プログラムを受講。当初は短期留学の予定だったが、'05年3月には学習院を正式に退学。「学業をいっそう深めるためエディンバラ大卒業を目指す」といっていた。
 皇室記者が解説する。
「エディンバラ大学では人文学科で犯罪心理学などを学んでいた。しかし、単位不足で卒業はできなかった。今後は成年皇族としてご公務に携わる一方で、“帰国子女枠”などを使って都内の私立大学に編入し、学業を続けられるらしい。だが、承子さまといえば、あのブログ騒動が思い起こされ、他の皇族たちからは『大丈夫か』との心配の声が上がっている」
 '02年11月に父・高円宮憲仁さまが亡くなられたが、承子さまはその葬儀に“茶髪”で参列したことでも話題を集めた。昨年11月に行われた五回忌にも帰国していない。さまざまな分野の人たちと親交を深め、人気があった父君だったが、何かしらの反発の思いもあったのかもしれない。
 それにしても昨年2月、会員制ウェブサイト『ミクシィ』をはじめ、パソコンや携帯のホームページに綴っていた承子さまの日記は、あまりに赤裸々で関係者を驚かせたものだ。
《やーばーい、浮気した笑。って彼氏が日本語しゃべれないことをいいことにモロ公表してるけど爆。こんなん彼氏日本人だったらサイトバレ怖くて書けねぇ》('05年1月23日)
《昨日スクールディスコ(制服で行かなきゃならないクラブ)に行って帰って来たら朝4時とか。こっちで彼氏と一緒じゃないクラブは久々だったから(別れたからね。)なんか楽しかったけどね》('05年9月28日)
 ブログでは“つぐ”というハンドルネームで、自由奔放な留学生生活ぶりを綴っていた。宮内庁は当初「承知していません」といいながら、その後ミクシィからは“つぐ”の自己紹介文や顔写真が削除された。今年5月には、米経済誌『フォーブス』の「最もホットな若き王族たち」というウェブ版の特集記事で、承子さまが15位にランキングされたほどだ。
 しかし、これが一般の大学生の日記なら若さゆえの奔放さとして笑って済まされるかもしれないが、日本を代表する皇族であるだけに波紋を呼ぶ。それは皇室および皇族に対して使われるお金が国民の税金によるものだからだ。
 戦前の皇室財産は土地、建物はもちろん、全国の山林や牧場、また公債や有価証券なども含め、莫大なものがあった。戦後は連合国軍総司令部(GHQ)の意向のもとに、ほとんどが国へ移管された。日本国憲法には「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」(第88条)とある。
 一般にはあまり知られていないが、これを受けて定められた法律が、皇室経済法であり、金額の詳細については皇室経済施行法で定められている。
■黒田清子さんに1億5千万円
 皇室経済法第3条には「予算に計上する皇室の経費は、これを内廷費、宮廷費及び皇族費とする」と三つにはっきりと示されている。
 まず、内廷費とはいわゆる“お手元金”といわれる天皇家の生活費である。所得税などの税金はかからないので、サラリーマンの給料にたとえれば“手取り”にあたる。年間予算は3億2千400万円に固定されている。その内訳は私的使用人や賢所に仕える内廷職員の給料、食費、両陛下や皇太子ご夫妻のご静養にかかる旅費など。その他、災害見舞い金や社会事業奨励金なども含まれる。
 宮廷費は国賓を招いての宮中晩餐会、著名人を招いての園遊会、皇居など皇室関連施設の維持、ご公務、外国訪問などにかかる費用で、公金として宮内庁が経理する。'08年度は61億7千25万円の予算が計上されている。
 皇族費は天皇家以外の皇族の“お手元金”で、宮家の皇族の生活費である。
 皇室経済法第6条にはこうある。
「皇族費は、皇族としての品位保持の資に充てるために、年額により毎年支出するもの及び皇族が初めて独立の生計を営む際に一時金額により支出するもの並びに皇族であった者としての品位保持の資に充てるために、皇族が皇室典範の定めるところによりその身分を離れる際に一時金額により支出するものとする。その年額又は一時金額は、別に法律で定める定額に基づいて、これを算出する」
 つまり、皇族には「品位保持」が必要であり、その資に充てるために皇族費が支出されているということだ。逆にいえば皇族として「品位保持」がなければ、皇族費を受ける資格はない。
 現在、皇族費が支出されているのは秋篠宮、常陸宮、三笠宮、桂宮、高円宮といった各宮家と寛仁親王家である。当主1人あたり年額は3千50万円を基礎として、妃殿下はその半額の1千525万円、成年皇族には10分の3の915万円、未成年皇族には10分の1の305万円が毎年支払われている。'08年度の皇族費の合計は、2億7千984万円だ。
 承子さまの留学費用も、この皇族費から支出されたわけだが、その使途について皇室経済法にある「皇族としての品位保持の資に充てる」と定められていることからすると、有効に使われたかどうかはきわめて疑問である。
 7月22日には、高円宮家の二女・典子さまがご成年を迎えている。高円宮妃・久子さまは現在当主になり、高円宮さまに支払われていたのと同じ定額の3千50万円が支払われている。三女・絢子さま(17歳)を含めて高円宮家だけでも、5千万円以上の皇族費(つまり税金)が支出されることになる。
 また、皇族が結婚して宮家を創設する場合や皇室を離脱する場合にも、一時金として皇族費が支給されている(皇室経済法6条)。黒田清子さんが天皇家から離脱したときには、1億5千250万円が支払われた。
 かつては、三笠宮家の二女・容子さんが、フランスのソルボンヌ大学に留学中、派手な遊びや男性との交際を広げたために「奔放なプリンセス」といわれたことがあった。容子さんはその後、裏千家の若宗匠・千政之氏('03年に16代家元・千宗室を襲名)と結婚。現在は2男1女の母である。
■皇太子一家と秋篠宮家の格差
 結婚当時を知る皇室関係者がいう。
「容子さんは昭和天皇の弟・三笠宮崇仁親王の二女。兄に寛仁親王、桂宮宜仁親王、弟に亡くなった高円宮憲仁親王、姉に日赤社長の近衛忠1氏に嫁いだ 1子さんがいる。彼女は学習院大学法学部に進むが、途中でスイスの全寮制の学校へ、その後フランスへ留学した。パリでは酒とタバコを覚え、ジゴロに引っ掛かり、やがて日本にまで追いかけてきた恋人までいた。その自由奔放ぶりについては、ヒゲの寛仁さまも脱帽したほどだ。容子さんの縁談はあらゆるルートを使って探し回ったが、結局、彼女は30歳過ぎまで独身。やっと決まったのが、5歳年下の政之氏だった。仲を取りもったある経済人の話では、結婚が決まったとき、三笠宮さまが『よく貰って下さる方がいた』と喜んだというのだが……」
 裏千家は千利休に連なる茶道諸流派のなかでも最大勢力を誇る。いかに「奔放なプリンセス」と揶揄されようが、裏千家にとってロイヤルファミリーの血脈を手に入れるメリットは大きかった。しかし、結婚当初、容子さんの“浪費癖”は相当なもので、裏千家は財産の処分まで考えたという。
 翻って皇室財政について見直しの声もある。天皇家が使える内廷費が3億2千400万円であるのに対し、秋篠宮家の皇族費は5千490万円だ。皇位継承権は皇太子さま、秋篠宮さま、悠仁さまの順だが、天皇家と秋篠宮家の間には著しい格差がある。仕える宮内庁職員数も皇太子一家が51人であるのに対し、秋篠宮家は15人である。
 皇太子ご一家がお住まいの東宮御所は、この夏から2年で約10億円をかけて大規模な改修が行われる。敷地面積が秋篠宮邸の約4倍あるうえに、東宮御所がリニューアルすることによって、両家の格差はますます広がりそうだ。
 皇室典範改正にばかり目が行きがちだが、皇室経済法の改正も視野に入れて、これからの皇室のあり方を根本的に考え直す時期に来ている。

テーミス2008年7月号

宮中祭祀廃止論も出たが雅子妃スペイン訪問中止が投じた波紋―2年前のオランダ静養の情報が欧州王室に広まって海外からも赤信号が

野村一成東宮大夫はモスクワ時代小和田の忠実な部下だった
モスクワ時代、雅子は「世の中で一番尊敬してる人は?」に「お父様」といい、二番目を聞かれ「レーニン」と答えたという話も伝わってくるが、このことを知ってるかどうかは別として、雅子妃の“思考回路”を知り尽くした元外交官であることは間違いない。
西欧王室に詳しい関係者談
「オランダ王室もしばしば国民から批判を受けるようなことがあって、ベアトリクス女王の申し出は雅子妃にはありがたいことだったかもしれない。しかし、このご静養以降、ヨーロッパの王室を中心に、プリンセス雅子は本当は病気ではないという噂が広まったことは事実。
とくに、オランダ発の情報は英王室に漏れて、この情報がロンドンから聞こえてくるようになるのにそれほど時間を要しなかった。西欧の王室を通じてなされる情報網はテーブルの上と下では大違い。絶えず足の引っ張り合いが展開されている。」
つまり、雅子妃のオランダ静養の”成功”という事実が、「日本の皇室は危機に陥っている」というメッセージに変わってしまったというのだから、皮肉な話である。
雅子は大野裕医師に深夜まで携帯で相談されることが増えているという。
こんな危機的状況なのに、千代田と赤坂は対立し、側近も医師団も奥歯にものがはさまったような発表を繰り返すばかり。

要点はすべて既出だけど、今回の記事では6/9の結婚記念日の夕食会参加者名がはっきりと書かれて「きわめて異例な”結婚記念日”だ」と書かれている。
「野村東宮大夫はモスクワ時代、小和田氏の下で働く忠実な部下」
オランダ静養では「国際司法裁判所判事を務める父・恒氏も駆けつけている」「大野医師はは雅子妃の2人の妹のどちらかの紹介」、その妹2人の学歴職歴、配偶者の仕事、親についてまで紹介されていて、東宮問題を最近まで知らなかった人にも怪しいバックの相関図が理解できるようになっている。
最後に「皇室に最も近いはずの宮内記者会も昼行灯状態である」と一刀両断。

ウィリアム&ヘンリー王子従軍にみる日本の皇室が学ぶべき「英国王室」の精神

皇太子に近い皇族関係者がいう。
「一般的にはこの留学は、学問に励み、英王室などとの交流を深めたという意味で皇太子さまの人間性を大きく育てたと見られているが、実態は違う。いままで日本では何もかも教えてくれる人がいたのに、英国では誰も教えてくれない。あまりに自由で、かえって無力感だけが残る。皇太子さまは雅子妃の病気の問題が出てきたある時期に『天皇になんかならなくてもいい』と、周囲に語ったことがあるという。もし、そういったことを皇太子さまが一度でも考えたことがあるとすれば、あの留学期間はあまりにも長すぎたといわなければならない」
月刊テーミス過去の立ち読み記事<2008年7月>

テーミス2008年6月号

「公務より家庭」を逆手に それでも「雅子さま訪中」を仕掛ける勢力野

野村東宮大夫を中心に“小和田人脈”を駆使した皇室外交プロジェクトがうごめく。
「晩餐会欠席翌日の父母会で」
4月10日の入学式から28日に水疱瘡で数日間お休みされ始めるまで、雅子さまは愛子さまを毎日のように送り迎えされた。5月からはお世話係が同行し、雅子さまはひと段落している。
公務の方は、人事異動で御所を訪ねる皇宮警察などへのご会釈にはお出ましになったが、園遊会や緑の愛護には欠席されている。
宮内庁担当記者が言う。「地方公務には基本的にご出席にならないという方向にあり、妃殿下が同行されるかは、ご体調に波があるので直前まで発表されない。現地での公務が急に削られたり吸うこともある状態では、外交上のエチケットの点からも、中座せずに3時間ほどかかる晩餐会へのご出席は難しかった」
このところ皇太子ご一家は両陛下をおたずねする機会も増え、ぎくしゃくしているように思えた関係もスムーズになりつつあるようだ。しかし、新たな問題「治療優先派の野村と公務復帰派の末綱東宮侍従長の間には確執があり、ほとんど意志の疎通がない状態」
「末綱侍従長と野村大夫の確執」
(警察庁関係者)「末綱氏は、少しずつでも公務や宮中祭祀の出席を検討してほしくて、雅子さまに何度もお伺いをたてていたようだ。ところが主治医の大野や野村大夫は、雅子さまの希望を受け入れて公務の負担をできるだけ減らそうとする。急に幼稚園から電車で帰ったり、昨年末、恵比寿にイルミネーションを見に行ったときに、予定しなかった方向へ歩き出されるなど、警備のことも考えずに身勝手な行動をされる雅子さまに対し、末綱氏は頭を悩ませている。ご一家でのスキーや御料牧場など私的な外出をされる雅子さまは溌剌とされている。「皇太子妃としての務めを怠っているのではないか」という厳しい非難の声があっても、病気治療中という理由では、「雅子さまは皇太子妃としての振る舞いを要求されることがつらいのだから」(宮内庁関係者)と、周りは受け入れざるを得ない。
幼稚園の運動会で皇太子さまの前を歩かれたり、外務官僚との食事会で皇太子さまを残して帰られても、雅子さまには誰も意見が言えず、腫れものに触るようだ。
4月30日の鳥のビオソフィア
天皇皇后両陛下ご訪問 実はこのとき、同席された紀子さまに対して疑問の声があがったという。
「本来、秋篠宮さまだけでこなされても問題のない公務だったので、紀子さまが同席されていてびっくりしました。紀子さまが、『皇后さまがいらっしゃるなら私も…』とお見えになったそうです。」(宮内庁関係者)
官邸&外務省による訪中計画
療養生活が4年半になった雅子さまだが、御所内でのご公務は積極的になりつつあって、ご体調もだんだん上向きになってきたようだ(産経新聞宮内庁担当記者)
当初4月に胡主席の訪日を予定していたが、土壇場で中国側が白紙に戻すといいだした。
中国外交で得点を稼ぎたかった官邸と外務省が秘密裏に皇太子ご夫妻の五輪開会式出席を匂わせて、訪日を実現させた可能性がある」
出席されたら、小和田氏とのパイプを持つ官邸ー外務省にとって、こんな華々しい復帰のシナリオはない。
ところが、宮内庁サイドは慎重にならざるを得ないという。92年両陛下の訪中が中国側に利用された苦い経験があるからだ。
チベット問題の解決の糸口が見つからず、当時と同じような状況の中でご出席が実現したら、中国政府の思う壺である。
毒餃子問題もうやむやにされたまま、パンダで外交を展開してくる国に皇室を逆利用されたらたまらない。宮内庁はもっと当事者意識を持つべきだ。

テーミス2008年5月号

女帝教育すべきか否か 愛子さま「学習院初等科入学で噴出した難問」 「養育選任女官」の異例人事は雅子妃の強い要望によるものだというが――

学習院は昨年来「愛子様シフト」の準備を進めてきた。
「カメラは嫌い」と漏らされる愛子様の為セキュリティに力を入れた。
4月から全児童に校門をくぐると即家庭に知らせるICチップ付き身分証。
2年前からはクラスを少人数制に。
6年間変わらないクラス担当は内定していた社会科の男性教諭が国語の女性教諭に突然変更。皇族の場合社会科の男性教諭がなるのが普通だが、雅子様の「女性教諭がいい」というご意向が初等科に伝わったから。→【雅子マター】参照
小山久子学習院幼稚園園長が養育担当女官になったことについて、これまでも園長経験者が女官になった例はあるが、内親王の養育専門担当女官は前代未聞。関係者の間では」宮中のルールを無視したも同然」と反発の声。
皇太子養育係の浜尾実氏や今上の初等科時代の教育官の厳しい躾のエピソード
学習院初等科の「他の児童と区別なし」とする教育と男性養育掛による厳しい躾が天皇の帝王学の基礎である。
愛子様の教育担当は全員が女性で、病気療養中の雅子様も愛子さま中心の生活。
宮内庁の記者曰く
「3人の一般教育のプロを養育係にしたのは雅子さまに愛子さまを女帝にする気が全くないからではないか」
「普通の子供としてのびのびとした個性を伸ばす」がご夫婦の教育方針。
2005年の天皇誕生日、一人で帰るのがいやだとむずかる愛子様に雅子様は付き添われたので結局両陛下を長時間待たせる結果に。
幼稚園で小山久子園長が愛子様に挨拶をしているのに素通りする事も。
お友達に「あなたとは遊ばない」と言ったり廊下を走ったりなど普通の子なら注意されることもなさる。
御所でも皿に盛られたクッキーを手で払って床に落としたことも。
「やんちゃな愛子様を注意せずにニコニコして見ている皇太子夫妻は少し甘いのでは」という関係者の声。
子供の教育に大切なのは学校教育、家庭内の躾以外にも「祖父母を敬うこと」
宮中祭祀に熱心に取り組んだり周りに振り回されず確固たる判断力を発揮される陛下や、分刻みのスケジュールで御所の廊下を小走りに移動する皇后陛下のお姿を身近に直接目にすれば愛子様が皇族子女として自覚を持つ機会に。
「愛子に会えなくてさびしい」という内容の陛下の発言は「愛子にきちんとした教育を」という皇太子夫妻に対するメッセージという見方も。
悠仁さまがご誕生され皇室典範改正は棚上げ状態。
今の皇室典範では愛子様は皇位継承の対象ではないから、直接的には帝王学を学ぶ必要はない。
橋本明氏「しかし、この先制度が改正されて愛子様が悠仁様即位の中継ぎ的にリリーフされることが全くないとは言えない。女帝教育の前例は無いがもしものことを考えて帝王教育を始めた方がいいのでは」
「悠仁様誕生で皇室典範問題は棚上げ状態だが、この先典範が改正され愛子様が悠仁様即位までの中継ぎになることが全くないとは言えない。もしものことを考え帝王教育を始めた方がいいのでは」(橋本明氏)
皇室の安定的な存続のため、愛子様悠仁様への帝王学はもちろん女性宮家創設を含めた制度改革が喫緊の課題。それだけに愛子さまに注目が集まる。

テーミス2008年4月号 

それでも雅子を支えてゆく―皇太子ご一家「皇籍離脱」まで囁かれる背景 東宮御所を回るジョギングで存在感を示そうとされた皇太子さまに何が起こったのか

「雅子さまは、病気という名目のもと、好き放題しているようにしか見えない。幼稚園の運動会でも直前までどこでご観覧されるのか連絡がなく、突然一般席にお座りになる。警備の都合が直前までわからず、会場設営係が四苦八苦していた。一般人と身分が違う皇太子妃という立場をわかっていらっしゃらないのではないか」(警察庁関係者)
月刊テーミス過去の立ち読み記事<2008年4月>

皇室&皇室報道問題で宮内庁の責任を問う 加藤英太郎

テーミス2008年3月号

小和田家に振り回される宮内庁の無策―単に孫に会いたいというレベルではない。時代を担う皇位継承者の大問題へ

1、「私的なお出かけが目立ち過ぎ」
 2月19日夜、皇太子さまは天皇皇后両陛下と食事を共にされるため、おひとりで皇居を訪問された。羽毛田長官の異例の発言以来初めてのご訪問。
皇室事情に詳しい経済人の話「むしろ最近は皇太子ご一家の参内の機会は増えている方で、事の本質は回数ではない。昨年後半、雅子妃が公の場に姿を現すことも増え、どちらかというと“躁状態”といってもいいほどだった。やはり親族や友人など、私的な外出が目立って多くなっていったことがある。ただ、両陛下のお気持ちとしては、雅子妃に対してというより、皇位継承者である皇太子さまの姿勢を問うているのであろう。」
2、「福田―小和田会談の中身とは」
「(ロオジェの1週間前の)12月21日には、恵比寿ガーデンプレイスをご一家で訪問された。これでは両陛下ならずとも、気にかかるのは当然である。いくら雅子さまの体調を考慮したとはいえ、東宮職がこれを許したことも問題になってくる。」
宮内庁関係者「昨年12月中旬から1月初旬まで小和田恒氏と優美子はオランダから帰国していた。そのためか、皇太子ご一家はクリスマスイブに礼子を含め、小和田一家と晩餐会を催すなど、かなり目立った動きをしていた。また[[正月には皇太子ご夫妻は小和田家を
東宮御所に招き、食事会を開いていた>小和田家おせち事件]]という情報もあり、皇居でのさまざまな行事をないがしろにするととられても仕方ない状況があった。その意味でも宮内庁の東宮職に対する不信感は募るばかりだ」
小和田氏の政治的動きに対して様々な憶測も出ている。1月8日の小和田―福田会談。「北京五輪の皇太子夫妻の開会式出席の話が出た可能性は大きい」
ちなみに雅子はご静養中も国連ビルを頻繁に訪ねていた。05年10月24日、国連創立60周年、国連大学創立30周年の公開フォーラムには、皇太子さまと雅子がわざわざ参加されたほど。
3、「羽毛田長官と野村大夫の関係」
宮内庁記者会には雅子の主治医の会見を宮内庁に求める動きも出ている。
これに対し宮内庁は、「会見すること自体が妃殿下のためにならない」と、相変わらずの事なかれ主義でシャットアウトするだけだ。」
宮内庁関係者「そもそも長官と大夫の意思疎通もうまくいっていない。野村一成氏は小和田氏の元部下、それだけに東宮職として大事なことを正面切って言えないことも影響している。
侍従長の川島氏も外務事務次官出身だが、野村氏とはソリが合わない。これでは天皇家と東宮の関係はますます悪くなる」
宮内庁職員はただオロオロするばかり。メディアへの抗議も「言ってみるだけ」でその後のフォローもなし。
かつての皇宮警察関係者は、「宮内庁はもっと時間をかけてメディア関係者ともコネクションをつける努力をすべきだ。昔はそれをやってきた」と嘆く。

テーミス2008年2月号

徹底追及オリエンタルランドの闇―天皇皇后両陛下も視察に訪れたオリエンタルランド(オ社)の子会社を巡って疑惑噴出

要旨 オ社の子会社(障害者雇用対策として設置された)舞浜ビジネスサービスが発注先に10億円持ち逃げされたスキャンダル。助成金確保等が絡んでいる模様。
本文「(その子会社は)天皇皇后両陛下が07年12月11日、障害者週間にちなんで訪問された会社である。両陛下は、TDRのレストランで使う布ナプキンの折りたたみ作業などを見学された。疑惑の陰のあるこの会社が、天皇家にどう取り入ったのだろうか」
オ社広報部「身障者が健常者と一緒に働いている姿を、両陛下がご視察されたいという趣旨で、厚生労働省の意向を受けた千葉労働局の方から、申し入れを頂きました」
全国紙社会部記者「オ社の方からご視察を働きかけたということはないだろう。ただし、皇太子ご一家が06年3月にTDRを訪問されている。愛子さまに『いろいろな経験をさせたい』という皇太子ご夫妻の希望によるものだが、これをきっかけにオリエンタルランドと天皇家のコネクションがついた可能性はある」

テーミス2008年1月

皇太子ご夫妻「北京五輪出席」巡る攻防‐外務省は秘策を練るが

同号の明らかなミスチョンボ記事について、宮内庁は平成20年1月15日付にて事実と異なると、訂正発表している。
「THEMIS(月刊テーミス)」(2008年1月号)の記事について
 「皇太子ご夫妻『北京五輪出席』巡る攻防」の見出しで書かれた記事に関する事実関係及び宮内庁としての対応は下記のとおりです。
1  記事では,『’92年の昭和天皇の中国訪問』とありますが,昭和天皇が中国をご訪問されたことは一度もありません。昭和天皇は,’92年には既に崩御されており,同年に中国をご訪問されたのは現在の天皇皇后両陛下です。
2  宮内庁においては「THEMIS」発行人に対して,事実関係の誤りを指摘いたしました。

テーミス2007年12月号

愛子さまvs.悠仁さまと「女性宮家論」の行方

「愛子さまを天皇に」と望む皇室ファンは依然として多いが、現在の皇室典範のままでそれが実現することはない。
一方で、旧宮家の復活も現実的ではない。そこで急浮上してきたのが“女性宮家”の創設論だ。愛子さまや秋篠宮家の眞子さま、佳子さまらが新宮家の当主となって旧宮家の血をひく男性と結婚すれば、その間に生まれた子どもは男系男子の皇族ということになるのだ。

テーミス2007年11月号

雅子妃の背後で蠢く小和田人脈の「怪」

 皇后さまが73歳のお誕生日を迎えられ、宮内記者会の質問に文書で回答する形で「4人の孫」や皇太子ご夫妻のことについて述べられた。微妙な表現ながら、両陛下と皇太子ご夫妻との“交流”はいまだにスムーズではないらしい。いまこそ宮内庁の“調整”が必要なのに東宮側では外務省出身者が「しゃしゃり出てきた」との指摘がある。その背後を追うと……。
見出し1「4人の孫に込められた思い」
 「せっかく快方に」云々のコメントなど。皇后さまが4人の孫を分け隔てなく描写していると。
見出し2「ご懐妊情報で記者会は混乱」
 「根拠は、雅子が数週間乗馬を休んだこと、国連大学に最近は出かけてない。 しかし最大の要因は、9月24日の「BBS運動発足60周年記念式典」への出席を当日になって突然中止したこと。だが10月1日「オペラ・バレエガラ公演」では皇太子夫妻で観劇されたため宮内記者会はますます混乱。
東宮職サイドは「体調は直前になるまでわからない」「少し風邪気味である」などと説明しているが、公務の内容を見たうえでの"気まぐれキャンセル”と取られかねない。しかし、そうでないとすれば「ご懐妊」という情報になってしまった。
皇室関係者は言う。
「オランダ静養で雅子はかなり回復を見せたことはたしか。というのも、のちにオランダの皇族関係者が『プリンセス雅子が心の病などということは到底信じられない』とオランダでの生活ぶりを見ていってるからだ。それを強調して「仮病説」まで言及する皇族もいるがさすがにそれはないだろう。しかし、予定されていた公務を突然中止するようなときは、ある程度の説明責任がいる。問題は宮内庁がもはや天皇一家を守りきれず、外務省が彼らに代わってしゃしゃりでていることにあるのではないか」
見出し「皇室を背景にした小和田哲学」
「(略)宮内庁の要所は次々と外務官僚が押さえていることになる。警察長関係者 「外務省出身の野村氏が後任についたが、ここから雅子妃というよりは、小和田家の力が俄然強くなったことは間違いない。小和田恒氏は現在国際司法裁判所判事。外務省と皇室を背景に彼が行使する権力や影響力は絶大なものになっている。」
「小和田氏は福田赳夫首相当時、外務省から出向して秘書官を務めた。その縁で福田氏は小和田夫妻の仲人も努めている。そこで問題なのは、赳夫氏の息子の康夫政権ができたことだ。かつての秘書仲間でいわば盟友。もともと「女性天皇」を認める皇室典範改正議論は、小泉政権下の福田官房長官(当時)が先導したものだ。ここへ来てまたその議論が再燃しているのはその辺りの複雑な背景がある。小和田氏がすべての役職を降りているなら話は別だが、あまりに生臭すぎる」
小和田氏はかつて「普通の国」を否定する「ハンディキャップ」論を展開。
日本は軍事面では国際貢献ができないといって、その分をカネを出すことで埋めなければならない旨を主張している。その小和田哲学はいまだに変わっていない。主義・主張を持つのは結構だが、これが日本の外交・安全保障に直結、しかも皇室を背景にしているだけに危険である。

テーミス2007年9月号

連載THEMIS LOBBY 「週刊文春」愛子様記事に眞子様ご学友の母が反論

雅子さま愛子さま「抱き込む」外務省の遠謀‐両陛下はご公務に大忙しの中

記事(「みどりの愛護」関係のこと)「皇室担当記者の証言『公務復帰と入っても、本当はドタキャン続出。東宮職サイドは、雅子さまの行動が直前まで掴みきれないようでした」
記事(モンゴル訪問について)「皇室担当記者『国内ではドタキャンが許されても、海外ではそうはいかない。』皇太子さまがモンゴルをご訪問された前後の6月29日と7月19日、愛子様は雅子さまやお友達親子とともに、電車に乗られるという経験をされた。警護の問題などを考えると、1ヶ月ほどの間に2度の山の手線ご乗車は極めて異例。愛子様がこのところ電車に大変興味を示していることから、一部の皇室関係者の間では、「鉄子ちゃん」と呼ばれているとも言う。
だが、公共の乗り物を利用する際、皇宮警察や警視庁の警備関係者の苦労は並々ならぬものがあることは確かだ」
「雅子さまに詳しい事情通の証言 『雅子さまは愛子さまにできる限り一般の子供のと同じような体験をさせてやりたいという考えが強く、このところ東宮御所へ同級生を呼ばれることが増えている。だが、一度に数十人もの人たち招き入れるため、宮内庁も対応に大わらわのようだ。これだけでなく、雅子さまは田園調布双葉の関係者、外務省時代のキャリア官僚の関係者も呼び入れられている。また、雅子さまの方が、お忍びでそれらの関係者のお宅を訪問される機会も増えているようだ』
6月にスタートした宮内庁の新体制。天皇皇后両陛下に仕える新侍従長の川島氏は、元外務省次官で、外務省時代、韓国人女性とのスキャンダルが囁かれていた人物で、もともと宮内庁入りを疑問視されていたこともあった。」
「8月4日、秋篠宮ご夫妻は悠仁さまを連れて両陛下との昼食会のために皇居を訪れている。ところがその当日、皇太子ご夫妻は、オランダから帰国していた小和田夫妻や妹の渋谷節子さんらと都内レストランで食事会を開かれていたという。」
「ヨーロッパ訪問を前にした記者会見で波紋を広げた発言がある。(私どもが私的に海外を訪問したことは一度もありません、のこと)
皇室ジャーナリストが言う。「そもそも皇太子さまがあの人格否定発言で言及したのは、『外務省でのキャリアの経験を活かして、外交に力を入れようとしていたのにもかかわらず、外国訪問がなかなか許されなかった』のが雅子さまの病の原因となったということです。それなのに、プライベートな外国旅行はしても、海外への公式訪問はいまだに実現していないことは確か。公務で皇族としての責任を果たしてほしい、というエールの現れではないでしょうか」

テーミス2005年7月号

p32 外務官僚を支配する外交官夫人の会

小和田恒氏は外務省でも指折りの野心家。柳井氏を次官にするための根回しに奔走し、その義兄弟に当たる柳谷氏に働きかけ、殿下と雅子氏との縁を取り持ってもらったことは省内では有名だ。もちろん、雅子氏の入省にあたっては、恒氏があの手この手で後押ししている。
昨年、皇太子の人格否定発言が物議を醸したが、問題の発言内容についてのサゼッションを行ったのも恒氏だったと言われている。
東宮御所を雅子妃の母親が頻繁に訪れている。娘の気鬱を心配する親心からだろうが、 東宮関係者の間からは、あまり頻繁に訪問するのはいかがなものかとの声も上がっている。優美子氏は東宮御所内の調度品などにも興味を持っていて、ときどき由来などを 詳しく聞いているようだが、そのあたりの距離感を心配する向きも少なくない。

テーミス2004年10月号より抜粋

 9月4日土曜日の午後4時25分――。東京都千代田区の皇居・半蔵門に、白バイに先導された1台のシルバーのクラウンがゆっくりと右カーブで入ってきた。車に乗っていたのは、皇太子さまと雅子さまで、愛子さまの姿はない。「皇居ご訪問」は8か月ぶりとあって雅子さまは笑顔をつくりながらも、どことなく緊張しているようだった。あるフリージャーナリストがいう。
「私の許には、ある皇室関係者から前日の金曜日に連絡が入り、『明日の午後3時15分に皇太子と雅子妃が天皇・皇后を訪ねるために皇居入りする』という情報だった。ところが翌日、半蔵門に行ってみると、テレビや新聞、通信社の記者やカメラマンたちが、半蔵門横の千鳥ヶ渕公園に30人ほど待機しており、金魚のフンのように代表者にくっついて行き来していた。そのうえで、彼らは東宮職員や宮内庁報道課の指示に従ってじっと皇太子さまと雅子さまが来るのを待ち続けていた」
 実は、皇太子さまと雅子さまの皇居ご訪問は天皇・皇后両陛下のお見舞いに対する「お礼」と、前立腺がん治療を受けている天皇陛下への「お見舞い」という意味があったとされる。しかし、これは決して公務ではなく、私的なご訪問だったはずである。それなのに宮内庁は宮内記者会にそっと「ご訪問」情報を流し、テレビやスチールのカメラを用意させた。それもこれも雅子さまの最新映像をマスコミに撮らせ、ぎくしゃくした天皇・皇后両陛下と皇太子夫妻の“関係修復”を演出する狙いがあったからだ。
現場にいたジャーナリストがいう。
「3時15分の予定が4時を過ぎても皇太子ご夫妻が現れない。警察の人たちは携帯や無線でしきりに東宮御所の様子の情報収集をしていた。結局、ご夫妻が皇居に入ったのは、4時25分で、予定を1時間以上もオーバーすることになった。しかし、皇族の移動時間がこれほどズレることは普通は考えられないこと。何か異常な事態が起こったということは、現場の雰囲気からも明らかだった。結局、ご夫妻が皇居に入ったあと、東宮職員が千鳥ヶ渕公園に宮内記者たちを集めて、レクチャーすることになった。そこで宮内庁側は予定が遅れた理由を『愛子さまがむずかったため』と説明したのだ」
 その説明によれば、愛子さまも一緒に皇居を訪問する予定だったが、車に乗るのを嫌がり、車の車種まで替えたりしたため「1時間遅れ」になったというのである。

テーミス2004年7月号

p35より抜粋
 皇室関係者が言う。
「(略)御用掛として雅子さまが信頼していた堤治東大教授も昨年、研究費の不正流用事件で失脚、いまは相談できる医療関係の人間もいません。その堤教授は『雅子さまは妊娠中もタバコを辞めなかったんだ(原文ママ)』となどと周囲に漏らしていたというのですから、皇太子夫妻が不信感を抱くのも当然でしょう」
 この関係者によれば、東宮職の職員からは雅子さまの寝室に関する詳細な話や身体に関するプライベートな情報まで漏れていたという。これでは雅子さまは侍従も女官も信用できない。

テーミス2001年6月号

雅子妃ご懐妊の波紋(1) 堤治東宮職御用掛を投入した皇室の危機「裏事情」>記事

堤治】参照。
小見出し・颯爽と滑られた雅子さまの姿
 '93年の皇太子夫妻のご成婚以来、8年間ずっと雅子妃を見守り続けてきた松浦涼子さん(仮名)という女性がいる。松浦さんは皇太子夫妻が訪れる全国で開催されるさまざまな行事の現場はもちろん、海外訪問の際にも雅子妃の行くところはほぼ同行し、マスコミの目にさらされていない雅子妃を見続けている。そこには一般にはわからない雅子妃の”葛藤”があるという。「雅子妃の本当のお気持ちを伝えてもらえるなら…」と、松浦さんが初めて語る。
 まず、雅子妃のご懐妊が宮内庁から発表される二ヶ月も前に松浦さんは、「ご懐妊の兆候」を感じ取ったという。
「皇太子ご夫妻は二月に長野の奥滋賀高原へスキーに行かれていますが、私はその現場に取材陣が到着する2時間前からご夫妻を待ち受けていました。 
 そうすると、雅子さまたちはスキーの上級コースとなる林間コースを颯爽と滑ってきました。雅子さまのスキーはプロ級でスピードも凄い。失礼ながら皇太子さまもついて行けないような難しいコースも平気で滑られます。この日は結婚されてお二人そろっての初めてのスキーとあって、マスコミの来る前にその林間コースを二本も滑っていらした。そのときの表情はまるで無邪気な子どもが喜ぶように飛び跳ねられていて、なにかが吹っ切れたような感じがありました。私はお友達と「これはお子様の誕生も近いわ』と思わず言葉が出たぐらいでした」
 雅子妃の表情はこれまでにないくらい明るいものだったという。このとき、雅子妃は「ご懐妊」に向けてのある覚悟をされていたのではないか。幼少のころからスキーが上手だった雅子妃だが、マスコミのカメラの前では決して見事な滑りは披露していない。
 松浦さんは「これまでのマスコミの報道をみていると、雅子さまが東大出で外務省のキャリアと言うことから、何かツンとした”冷たい女”というイメージがあります。でも、それは記者たちが現実のお姿を知らなさ過ぎるせいです。雅子さまは公務で皇太子さまとご一緒にお出掛けの歳は、いちいち皇太子さまに小さな声でお尋ねになるような謙虚な方です。もともとは人前にでるのがとても苦手で、非常にシャイな方なのです」と語る。
 雅子妃の登山は皇太子殿下と共通の趣味だが、松浦さんによれば「二日間同じシャツを着ていたこともある」という。特別なパーティなどを除けば、「アクセサリーや着るものなどは同じものが多く、紀子さまなどに比べてもとても質素です」というのだ。
 では、なぜ時として、”雅子妃バッシング”が起こるのか。そこには美智子皇后の”ヒロイン信仰”というものがあると、松浦さんはいう。
「美智子さまはご自分をどうアピールすればいいのかを常に考えています。お帽子一つにしても凄いこだわりを持っていて、いつも新しいものをかぶっている。雅子さまはいつも同じスーツに同じ帽子。やはり、美智子さまより目立ってはいけないという雅子さまのお気持ちが伝わってくるのです」
 松浦さんによれば、皇太子ご夫妻がほとんどふたりで行動するのは、美智子皇后が雅子妃をお一人で行動させないからだという。たとえば、雅子妃は結婚当初英語でスピーチされたことがあるが、最近はそういう場面は見ない。何よりも雅子妃が単独で何かをするということがないし、研究テーマを与えられることもない。これだけではない。雅子妃はちょっと信じ難い思いもされているのだという。
「美智子さまはカラオケが大好きで、皇太子ご夫妻が生活されている赤坂の東宮御所に昼間突然『今日、そちらに伺います』という連絡が入ることがある。そうなると美智子さまがお帰りになるまで皇宮警察と赤坂署の人たちが警備のために待機しなくてはならないのですが、美智子さまは『午後8時に出ます』という予定の時間を9時、10時、11時と延ばし延ばしにするそうです。そのため、警察の人たちは『また今日も泊まりになるのか』とボヤいているそうですよ。皇太子ご夫妻がそんなカラオケに付き合っていると思うと、雅子さまがお可愛想(書き起こし注・原文ママ)です」
小見出し・美智子さまイジメないで!
 4月16日の雅子妃のご懐妊の知らせについても天皇陛下は「それはよかった。大事にするように」とお気遣いの言葉を掛けられたのに対し、美智子皇后は「ようございました。どうぞお大切に」とおっしゃった。松浦氏は、「これも何か突っけんどんないい方ですよね。美智子さまは文学的な素養があるのに、何でそんな言葉しか掛けてあげることができないのでしょう。不思議で仕方ありません」という。そして、「美智子さまもかつては宮中でイジメにあったと聞きますが、どうか雅子さまを同じ目に遭わさないでいただ
きたい。マスコミのバッシングがないことをいいことに、美智子さまは様々なことを口に出しているといいます。せっかく才能のある雅子さまがもっと活躍できないのは残念。とにかく、雅子さまにお子さんが誕生されて、もっと強くなることを期待します」と語る。
 松浦さんの指摘でなるほどな、と思ったことがある。宮内庁が正月用として発表する天皇皇后両陛下、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご一家、そして紀宮さまが一緒に写っている天皇ご一家の写真のことだ。それは秋篠宮のお子さま2人を優しく挟むようにして、天皇皇后が座り、後ろには秋篠宮ご夫妻、紀宮さまが並んでいるが、皇太子ご夫妻は右端と左端に見事に分かれていることである。松浦さんは語る。
 「いつもご一家の写真では皇太子さまと雅子さまはお互い遠くに引き離されてしまう。このアングルも美智子さまが決めるとのこと。来年はそこにもう一人の可愛い皇太子ご夫妻のお子さまが加わっているでしょう。そのとき、美智子さまはどんなお気持ちで雅子さまとお子さまに接せられるのでしょうか。まさか皇太子さまのお子さんだけご自分で抱きかかえられて、雅子さまはお一人離れてポツンと寂しく写られているようなことにだけはなってほしくない。どうぞ美智子さま、雅子さまをそっとしていい環境をおつくり下さいといっておきたいのです。雅子さまはこれだけ頑張っているのですから」
<終>
  • twitter
  • livedoor クリップ
  • はてなブックマーク
  • delicious
  • Yahoo! ブックマーク
  • niftyブックマーク
  • Buzzurl

このページへのコメント

神戸へ出向いて後、「ハマナス」「久邇晃子(僭称者)」「ゆり」が一斉に姿を消し、同様の内容の投稿が匿名で行われ始めたのは何故か?
その現象は他サイトでも見られている

Posted by ブルーフォックス 2010年01月24日(日) 01:08:05
http://bluefox-hispeed.iza.ne.jp/blog/list

最近週刊誌で雅子様と皇后様がコンサートに行った書いて有りました、だけど雅子様は、使い終わった、膝掛けを皇后様に渡したと、書いて有りました、雅子様て何を考えているんだろ、皇太子様もなぜ公務もしないで雅子様に、ベッタリ、皇太子様は、何れ天皇に、なるお方ですよね、余りにも世間知らずですね、雅子様のご両親も、なぜ雅子様を突き放さないのですか、あれじゃ、雅子様は、何もかもが、中途半端だよね、これじゃ、国民から、税金泥棒て言われてもしかたが無いよね

Posted by 皇室大好き 2010年01月22日(金) 18:42:21

Wiki内検索

リンク

過去ログは、ブログ版新ドス子の事件簿の左端のリンクからどうぞ。
2ちゃんねる既婚女性板

フリーエリア





2006/8/26カウンター設置




Wikiをはじめる

マイページ