2ちゃんねる既婚女性板(通称・鬼女板)最強のスレッドを、まとめる場所です。 皇室ニュースの理解にも役立つことを目指しています。 管理人はドス子の事件簿と同じです。 また、コンテンツの充実には有志の住人に多大に協力頂いております。 2009/1/29、「ドス子」の意味がよくわからないという声があるようですので、試みに補足として(皇太子妃雅子殿下の事件簿)と追加させていただきました。


2007年以降のものについてはこちら→週刊新潮

2006年11月16日号

日光−皇室の面影  撮影・清澤謙一、文・高田京子/JR日光駅(4pカラーグラビア)
【ワイド】続・「人生の答」の出し方
【1】「ご褒美旅行」と言われる秋篠宮殿下の「世界一周外遊」
【10】「天皇招聘は予算のムダ」と知事に噛みついた「毎日新聞」記者
愛子さま「着袴の儀」の陰に謎の「ボンボニエール」展

2006年11月9日号 

ワイド「人生の答」の出し方 【9】「観光旅行」も公務「雅子妃」治療法に問題あり
「すべてが異例でした。これほどの規制は記憶にない」雅子妃にとって、泊りでの公務は実に3年ぶりのことだった。
「取材を許されたのは正倉院の1フロアだけで、京都駅、近鉄奈良駅京都御所でも、撮影取材さえNGでした。許可されたといってもお姿を見るだけですから、当然、声をお掛けするのもだめ。それ以外にも到着駅のホームなどで、自治体関係者などのお出迎え、お見送りも取りやめにされた。しかも帰りは東京駅でなく、人目につかないまま車寄せに行ける品川駅で降りて、御所にお帰りになるという異例の行動でした」(宮内庁詰記者)
「博物館での出迎えの時でさえ、博物館側が照明器を用意し、撮影のストロボ禁止というピリピリぶり。宿泊された翌日も京都御所周辺で一般人と触れ合うような散策はなし。今回は2日前に雅子妃が突然一緒に行くことが発表された。私的なお出かけへの批判が高まっているので、それに配慮したかのような公務だった」(皇室ジャーナリスト松崎敏弥)
今回も、雅子妃には大野裕教授が影のように寄り添っていた。
「小和田家と知り合いだったことから、2年前に主治医となり雅子妃の全幅の信頼を得ている人。誰も彼には逆らえない」(宮内庁詰記者)
ある精神科医が言う:「大野さんは批判をごじぶんが一身に浴びて、なんとか雅子妃をかばって一生懸命やっておられるのでしょうが、うつ病という病気の真因を考えれば雅子妃の言うことをお聞きしても難しい。皇室にいらっしゃること自体のストレスや悩みから病気になっておいでなのだから、皇室をお出になることなくしてご病気の改善はないと思います。大野さんも承知の上でしょうが・・」
「そもそも今回は、公務と私的な旅行の中間に位置するものだった。しかし、大野教授から病状についても取材規制についても何の説明もなかった。これば“治療”の一環としたら、とても雅子妃のプラスになっているとは思えない」(宮内庁詰記者)
完全復帰はまだまだ先のようである。
◆皇太子殿下に届いた「浜尾実氏」訃報

2006年10月26日号 (この号皇室記事なし、番外ですが)

嗤う闇/外務官僚の特権「私的利用」ホテル料金50%割引はなぜ? 外務省、鈴木宗男、国家公務員倫理法 

2006年10月19日号 

フェデラー先生でも敗れたダブルス・皇太子殿下
秋晴れ愛子さま−学習院幼稚園ではじめての運動会(2p白黒グラビア)
9月30日に赤坂御用地にトップテニスプレイヤーのロジャー・フェデラーを招いてコートでお手合わせ。
フェデラー先生との特訓もかなわず、10月8日の東京ローンテニスクラブで、学習院大OBの伍堂英雄さんとペアを組んだが、IBM副社長とその部下のペアに負けてしまった。相手のペアは外国人だったので、殿下が相手でもまったく手抜きしなかった模様。翌9日には天皇皇后両陛下がお出ましになり、4年前に対戦するはずだったペアと試合を楽しまれた(4年前は台風で中止)。
5年前、皇太子が東京ローンテニスクラブの選手権に出場したときに愛子様がお生まれになった。東宮家にとって東京ローンテニスクラブの試合は吉兆のようである。
試合後、殿下は伍堂さん(学習院テニス部OB)に「練習の成果が出ましたよね」とおっしゃっていました。また対戦相手ともクラブハウスのロビーで ビ ー ル を 飲 み な が ら 談笑されたんです。

2006年9月28日号

おめでた通り(2p白黒グラビア)
9月15日愛育病院を退院されて赤坂御用地へと向かう秋篠宮夫妻と新宮の乗った車とそれを向かえる観衆
「やはり皇太子に皇統を継がせたい」と漏らされた「美智子皇后」のご心痛
目次画像
秋篠宮家親王誕生で明るい祝賀ムードに包まれているが、「皇位継承の課題は無くなったとは思わない」との12日羽毛田宮内庁長官発言。
親王誕生直後、天皇陛下がごく親しい人物に内々にこんな話をされている。「美智子も親王の誕生を大変喜んでおりますが、美智子はやはり皇太子の系譜に皇統を継がせたいと申しているんですよ。私も歴史の流れをみるにそう思いますが……。美智子は親王誕生の)色々なテレビを見ておりまして、雅子さんのオランダ静養の様子が映ると、“どうして産めないのかしら”“病気はどうなのかしら……”と、心配しております」「本当に家庭というものは色々とあって大変です」とのこと。
皇室ジャーナリスト松崎敏弥氏「美智子皇后は、紀子妃のご懐妊が発表された今年2月、親しい方に、“陛下の苦しい胸中を察して、秋篠宮夫妻が決断してくれた結果よ”と、ご心中を吐露されています。しかし、秋篠宮家の決断の下敷きとなったのは皇太子のご覚悟でした。1年ほど前、両陛下と御所でお会いになった皇太子は、雅子妃のご病状を報告され、“今、第二子の誕生は難しいと思います。それゆえ、秋篠宮に第三子が誕生することについても気にしてもらうことはありません”と述べられたそうです。つまり、皇太子は、皇統が秋篠宮家に映っても構わないと、ご覚悟を伝えられた。これを耳にした皇后は非常に驚かれたと聞いています」
しかし2年前の5月「人格否定発言」で生じた御所と東宮の溝は未だに埋まらず、東宮はますますその孤立を深めているかに見える。
宮内庁OB「例えば今年の夏、那須御用邸での静養からお戻りになった皇太子ご夫妻は、両陛下にその報告すらされませんでした。両陛下に事前に相談もなさらずに前例のないオランダ静養を計画し、それを許していただいた時期でしたし、お礼を申し上げるのに良いタイミングだったのですが……」
結婚3年後あたりで発生した“私の友達にそんなことを言う人は一人もいません”事件の後、雅子妃は天皇陛下からお世継ぎに関してのお話があるのを警戒されたのか、意図的に陛下と言葉を交わす機会を避けているご様子が時々、目撃されるようになったという。
「例えば、公式なお食事の会では、天皇陛下の左隣が皇后陛下で、右隣に座られるのが雅子妃です。当然、陛下は雅子妃とお話なさるときに右を向かれるわけですが、雅子妃は、陛下がご自分に話しかけようとされるのを察知すると、あえて右隣の方に話しかけ、できるだけ陛下との会話を減らされているように見受けられました」
この小さなすれ違いが宮中全体を困惑させた「人格否定発言」につながり、昨年12月23日“江頭2:47”天皇誕生日晩餐会大中座へと発展していった。
(末尾の一文)オランダご静養以降、格段に笑顔が美しく、ご機嫌麗しいように見える雅子妃に、美智子皇后陛下の気持ちが届いているか、どうか。
【ワイド特集】心臓に悪い話 4:名門「柿ノ木坂幼稚園」ついに「競売のピンチ」
学校法人柿ノ木坂学園理事長・佐藤初重園長が全権を握りたった一人で金の管理をしていた。ワンマン放漫経営のつけが回り競売に。
10月4日〜11日の入札を経て、25日には売却決定落札者が決まる。
「佐藤先生は確かに立派な方でしたが、柿ノ木坂幼稚園は、本来は近所の子が通う小さな幼稚園なんです。そこに紀宮さまを迎えたのがいけなかったと私はおもっています。そうでなければこれほどの金額を借り入れることはできなかったのかもしれません」(同窓生でもある理事)
池田晶子「人間自身」168
…一方、思わず近代人であることが露呈してしまった悲しい皇太子。いっそその近代性をさらに自覚なさるなら、人生の苦難は人格の陶冶となり得ましょう。来たるべき代の帝として、さぞや御立派な方となられることでしょう。

2006年9月21日号 

肩の荷が……(3p白黒グラビア)
1p目=9月8日幕張メッセ「世界の巨大恐竜博」を見学に出た東宮夫妻の姿(同日シリーズ参照)
2-3p=9月10日国技館に大相撲観戦に現れた東宮一家の姿。敬宮愛子内親王の肘付き姿と鼻くそをほじる姿、そしてそれを丸めているような姿を掲載している。
これからどうなる「皇太子と雅子妃」20の謎
御見舞いより「相撲見物が先」の理由
「命名の儀」に皇太子殿下は「鳥海山登山」
愛子さま「新親王との初対面」は?
「紀子妃より雅子妃」だったTV視聴率
テレ朝が演出した「愛子天皇待望論」
もう始まったメディアの「秋篠宮家シフト」
おばちゃんは「雅子妃追っかけ」をやめるか
「皇太子妃やめます!」発言のご真意
「第2のダイアナ妃」になられる心配
「次期皇后には不可」だったネット投票
「ご病状のヤマ場」は11月29日?
それでも囁かれる「次の静養先」
オランダで得た「有意義な経験」とは何
すでに健康は「9割ご回復」という見方
「国連大学で研究」なさっていること
「ナルちゃん憲法」再登場で嫁姑関係は?
皇太子と秋篠宮「兄弟の溝」はどうなる
「皇太子は秋篠宮へ譲位を」の宮崎哲弥発言
ひっそり東宮人事で「小和田家シフト」
「雅子さま大逆転」を期待する声
「皇位継承」に突きつけられた課題  櫻井よしこ
「皇室の危機」は終わらない  日本大学教授 百地章

2006年9月14日号

待ちわびて…−皇室にとっては41年ぶりの男子誕生か
紀子さま「ご出産」の謎
9月6日が出産日に選ばれた理由
「麻酔と保育器」で諍う宮内庁と病院
「心拍未確認」の危機もあった!
「天皇陛下」は性別をご存じだったか
「男女産み分け」は行われたのか
「ご記帳」「提灯行列」はあるか
宮内庁とNHK「因縁対決」の決着
ご静養前に「9月公務拒否」の雅子さま
紀子さまは「母子手帳」をお持ちか
雅子さま「ご病状」は回復に向かう?
「布オムツ」か「紙オムツ」か
「帝王学」を授けるのは誰?
「やんちゃすぎる」?秋篠宮家の教育
川嶋家ルーツ「会津」が許される日
皇統が「弟宮」に移った前例
川嶋家は「21世紀の藤原家」になるか
男子誕生で「皇室典範改正」は不要か
聖地となるか「コウノトリの郷公園」
「共産党」はお祝いを言うの?
5年ぶり「慶事」で恩赦どうなる

2006年8月31日号 2人のプリンセス

紀子さまが「早期入院」された「1泊8万円」病室
雅子さまは「離婚が一番」と書いた独誌「シュテルン」
出産予定日」9月6日に「両陛下ご不在」の不思議
「男の子」が生まれても「皇太子」にはなれない?

2006年8月17・24日夏季特大号 

■特別読物■「雅子さま」を陰で操る「皇室のラスプーチン」「突然のオランダ静養」「御所と小和田家にできた壁」すべてはこの医師が「元凶」だった!(ジャーナリスト堀端七海)

2006年8月3日号 

「雅子さま」那須御用邸入りで噴出する「御静養しすぎ」バッシング

2006年7月27日号 

【ワイド】プリンシプルのない日本【2】「フランク永井」主治医が語る「私なら雅子さまを治せる」
東京脳神経センター・松井孝嘉医師、雅子さまの今もって治らない病気の正体は「頸性神経筋症候群」ではと語る。
「…これは明らかに頸性神経筋症候群に当てはまっています。また雅子さまは背が高く、皇太子殿下が横に居られるとき、自分を小さく見せようと、首をすくめて前屈みになっていることが多いようです。この姿勢は首の筋肉に負担をかけてよくありません」by松井孝嘉医師

2006年7月20日号 

笑わない「愛子さま」
「2歳までは良く笑っていらしたのに……」皇室ウオッチャーも心配する。今年になって女性週刊誌に撮影された「笑顔の写真」は、ついに1枚もなかった。
・2歳以降、笑顔の写真はほとんど宮内庁提供写真の中のみに存在
・遠足までついていった追っかけ主婦ですら2歳以降では笑顔を見たことがない
・同年代の学習院の園児たちは(愛子取材時で)比較にならないぐらい活発
・愛子は大人を良く見ているのでカメラを意識しすぎているのかも
・3歳までの母親の接し方が重要。
ただ、雅子の“緊張感”を察知して愛子が安心感を得られていないせいかも、ということを遠まわしに記述。比較用に紀宮の幼少時の写真1枚も掲載。
追っかけ主婦曰く「一才ぐらいは愛子様も雅子様も表情がとても明るかった。写真を撮ろうとするとわざわざ抱き上げてみんなに見えるようにしていた」
→「それが今では様変わり。新幹線の車両のカーテンは閉じられたまま、静養先に行く車も総てカーテンが引かれる様になった。去年、那須の御用邸前で御一家を写そうとした夕方なのにフラッシュ禁止」で、これは雅子妃の体調を考えてとされている。
尚、この追っかけ主婦は新宿御苑の遠足にも駆けつけていて、「愛子様が池の亀を見て笑った」という一部報道があったが、彼女は見ていないとのこと。 遠足の最中も「級友と話している様子もなかった」。
美智子皇太子妃(当時)が静養されていても皇太子は笑う子に育ったが、それは美智子さまが子供に悪影響を与えてはいけないとの考えで別居し、皇太子(当時)が子供を連れて通う方法を取られた。
しかし雅子妃静養では、雅子が一緒にいたいという気持ちが強いのか一昨年の軽井沢静養の時も愛子が一緒でありこれが原因か?と遠まわしな言い方。最後はオランダ静養で雅子が回復のきっかけをつかみ愛子に満面の笑顔を戻れば何よりだが…で締め。

2006年6月29日号 

至福のとき−趣味のひとときを満喫(趣味のカメラで525円のジャンクレンズを熱心に物色する黒田慶樹さん白黒グラビア)

2006年6月22日号 

ワイド100万回の言い訳 【4】「東宮「報道担当」を外された「宮内庁のホリエモン」:
宮内庁のホリエモンこと堀江振一郎東宮侍従(事務主管)が6月1日をもって報道担当を外れる。左遷人事ではないがワケありの様子。堀江氏は旧文部省出身で2000年4月東宮侍従就任、2003年東宮事務方トップの事務主管となるが今回肩書きは事務主管のママで報道担当だけを外れるという異例の措置。「雅子妃が静養に入ってから何事も隠そうとする東宮と記者クラブの関係が悪化していた」とある宮内庁関係者が明かす。前東宮大夫林田英樹氏(=リンダ)とは同じ文部省出身で二人とも適切な情報開示をしようというタイプではなかった。宮内庁のホリエモンも典型的役人タイプでリンダの横でひたすらメモを取るだけ。今年4月に東宮大夫となった野村一成氏はざっくばらんで記者にも出来るだけ理解してもらおうという姿勢。記者から両殿下に聞いてほしいと要望を出すとちゃんと対応する。ホリエモンは2004年の皇太子山登りの写真を公表しなないように記者に一筆書かせたりしてイッセイとはうまくいかなかったようだ。今回の人事を記者は歓迎しているが、地方公務などのブリーフィングでは事務主管が報道担当した方がスムーズにいくはずであり指揮命令系統上不安があるとも。
【6】雅子妃「うつ病」原因は「外交官の死」と報じた英紙
6月4日付サンデー・タイムズ日曜版が7ページに及ぶ日本の皇室特集記事を掲載、その中で雅子妃うつ病の原因を<イラクで起こったある死>と断ずる。2003年11月29日外務省の奥克彦参事官射殺事件について、その奥氏と雅子妃に「社交界では双方が結婚する前ロマンスがあったのではないかという噂がある」「03年12月6日の葬儀に首相も出席したが、皇族は皇族間の葬儀以外には出席できないので雅子妃はほんの1、2マイルしか離れていない東宮御所から出られなかった、そしてその月の終わりに思いうつ病に陥った」と堂々と記載。しかしある外務省関係者によれば「雅子さまの入省は87年で翌年から90年6月までオックスフフォード大に留学、奥さんは90年8月にイランに赴任しているから、二人に接点があるなら90年6月から8月の2ヶ月間だけ」と語る。

2006年6月1日号 

学習院さくらラウンジで親衛隊とのお茶の時間白黒グラビア。学習院幼稚園で雅子さまを取り巻く親衛隊グループ。毎週月曜日と水曜日は幼稚園が午前保育なので、雅子さまは学習院大学内の学生食堂「さくらラウンジ」でお茶を飲みながら保育時間が終わるのを待つ。一緒に行動しているのはこどもの城や東宮御所で愛子さまと一緒にリトミックをしていた子どもたちの母親だ。愛子さまのご学友選びには大事な条件があった。それは雅子さまと話が合う親御さんでなくてはならないということであった。雅子さまのお眼鏡にかなった6人の母親を親衛隊グループと新潮は名付けた。彼女らは時折ラウンジ中に響き渡るような声でおしゃべりに興じてるという。
「学習院幼稚園では親も学習院出身者が多く、そうした人たちとは話があわせにくいという配慮からだろうか。『この2人は愛子さまが通ってらした青山の幼児教室こどもの城でも一緒だったそうで、以前から雅子さまともお知り合いです。宮内庁や学習院でお子さんの入園を勧めたのでしょう。お母さんたちは幼稚園の送り迎えや遠足のときも、いつも雅子さまと一緒なので護衛と間違われたこともあるそうです(松崎氏)」

2006年5月18日号 

【ワイド】GW事件列島
和田アキ子園遊会始まる前から列の横入りで大顰蹙、招待客最前列に割りこみ陛下から声をかけていただくためマイクをつけて待機する特別な5名の場所に陣取り宮内庁職員に注意されてようやく移動、
▼「馬」が結んだ「紀子さま弟川嶋舟さん」と「相馬中村神社」長女の縁
7月2日には東京で川嶋家を中心とした茶会を開き、秋篠宮夫妻も出席予定

2006年5月4・11日

ゴールデンウイーク特大号 なぜか囁かれ始めた紀子さま「男子ご出産」説
紀子さまが出産されるのは男児−そんな情報が4月下旬永田町を流れ始めた。松崎敏弥氏によると第3子が男児だということは宮内庁関係者から漏れてきたという。しかし秋篠宮ご夫妻は担当医師に性別は知らせるなと言っているらしい。それは皇室典範改正に重大な影響を与える問題だからであろう。秋篠宮殿下は皇室の伝統を守っていこうという気持ちが強い。国家のため、また秋篠宮家のためにも男の子が欲しかったのだろう。紀子さまご懐妊以来、雅子さまは元気を取り戻してきた。「男児出産を何より望まれているのは、実は皇太子夫妻なのです」(宮内庁OB)

2006年4月20日号

雅子妃「幻の一泊公務」と愛子さま「御入園ストレス」
入園式登園光景白黒グラビア
4月11日午前9時45分パールホワイトのスーツ姿で学習院幼稚園入園式
4月8日東宮御所で開かれた天皇皇后結婚記念お祝い夕餐会にてホステス役を担う。出席者は両陛下皇太子一家秋篠宮一家黒田夫妻の11名。
4月下旬愛知県で開かれる「みどりの愛護」式典は「幻の一泊公務」、主催者側も夫妻を迎える準備をしていたがギリギリの段階で医師団が“まだ一泊のご公務は負担が大きすぎる”と判断し結局皇太子一人の公務に。
敬宮愛子ちゃん「ご入園ストレス」で果たして幼稚園で健やかに過ごすことができるかどうか、皇孫だから頭が良くて行儀が良くて当たり前だと世間は思っている。
学習院幼稚園1日のタイムスケジュール:毎日9時30分登園、年少組も週3日は弁当持参、その場合の降園時間は午後1時半で東宮に戻るのは早くても午後2時を回る。
TDRで握手をしようと手を差し出したミッキーマウスに表情を強張らせた愛子さまの姿がニュースで流れた。それについてある皇室ウォッチャー「葉山でのご静養の時、ご一家の写真を撮影するために来ていた主婦の方が、海岸で拾った貝殻を手渡そうとしました。愛子さまが捕まえた小さなカニが入っているバケツを見て“一杯捕まえたね”と声を掛けたら途端に硬くなって、一言も言わずに皇太子殿下の背後に隠れておしまいになったのです」のエピソードを披露。
追っかけ主婦の一人も最近の目撃談を披露「とてもシャイでいらっしゃるんですよ。この間、葉山の海岸で、愛子さまよりも小さい2歳くらいの男の子が愛子さまにじゃれ付いたんです。この坊やがベタベタと触るので、愛子さまは嫌がってしかめっ面をしていました。突然この子が愛子さまの着ていたコートのポケットに手を突っ込んだのです。嫌がる愛子さまは体をねじるようにして逃げようとするのが精一杯。すくんでしまって“嫌っ”という声も発せられませんでした」
「ご夫妻が、少々甘やされた面もあると思います」と学習院OB会メンバー語る:「東宮御所には、皇太子ご夫妻のご友人や教育係が折に触れて顔を出しています。その折、愛子さまの喜びそうな玩具を持っていく人も少なくないのですが、愛子さまはそのプレゼントが気に入らないと、持ってきた人の前でポンと投げたりされる。いくら入園前の年齢とはいえ、少しお行儀が悪いかもしれませんね。相手が大人ならば問題になりませんが、幼稚園のお友達同士は遠慮がありませんからね。苦労されることにならなければよいのですが……」
「雅子さまは個性が強く、アメリカナイズされた方。自分の手元で育てたいという意識が強く、女官任せにしなかったのです」と河原敏明氏
ナルちゃん憲法で当時の皇太子夫妻がいかにナルちゃんを厳しくしつけたかを記事後半で紹介
「実は私も、愛子さまが、ガラスの器に盛られていたイチゴを投げたとか、黒田夫人になられた紀宮さまからのプレゼントを放り出したという話を耳にしたことがあります。願わくば、愛情を十分に注いだ上に、厳しい教育も行っていただきたい」と橋本明氏語る。
3月28日学習院院長田島義博氏が亡くなり、またナンバー2専務理事ポストも空席という不安な状態。
過激すぎる「タブー満載!」初めて活字になった「放送禁止落語」:放送禁止落語快楽亭ブラック師匠版『道具屋』、宮内庁を民営化したら創価学会が皇室株を買い占めちゃって総会の結果池田大作先生が天皇陛下になっちゃった

2006年3月23日特大号 

「夢の国」へ
(TDR白黒グラビア写真5ページ・この号記事はなし)

2006年3月16日特大号

雅子さま「追っかけ日誌」――ビールを口にされるほど「劇的に回復」された妃殿下
失意のどん底から今月6日の「上野動物園」訪問まで、追っかけファンだけが知る「知られざる雅子さま」
上野動物園行楽写真、ビールを口にするほど回復、奥志賀スキーにおける「影武者」疑惑、天皇誕生日夕食会の内親王たち格好比較

2006年3月9日特大号

極秘に進められる「愛子さま」ディズニーランド「お忍び訪問!」大作戦
ディズニーランド・上野動物園極秘訪問計画、お妃候補たちの歳月 東宮家はディズニーランドは通常の開園日に、上野動物園は閉園日を選んで訪問される。その極秘訪問に対して徹底的な保秘がはかられ、一方で警備大作戦が展開されている。ディズニーランドではご一家の周辺にはまず皇宮警察から約10名、警視庁から約10名の警備がつき、園内には千葉県警が私服で警備にあたるのだという。ディズニーランドのセキュリティ部門にもスタッフ200名がおり、警備の人員は三桁にのぼる。では、その警備費用はいかほどなのだろうか。「皇族の警備にかかわる費用は各都道府県が持つのではなく、警察庁警備局警備課に上げられ、警備予算として国家で賄われます。通常数百万から千万単位の予算規模になります」(警備専門官)

2006年2月23日特大号

紀子さま「ご懐妊」のドラマ――雅子妃の大逆転!「第2子ご誕生作戦」進行中
美智子皇后「めまい」は兆候報告の「ご心痛」?
「ご懐妊スクープ」ネタ元と名指しされた「疑惑の医師」
「男児出産」確率80%という「科学的根拠」
「皇族に人権なし」と発言した「太田誠一代議士」
急浮上「福田総理」をお膳立てする「福和会」
皇太子メキシコ訪問帰国後静養予定、
11日テニスに13日書の至宝展、2月の奥志賀スキー静養は中止ではなく延期しただけ、
妊娠のために乗馬??、福田総理をお膳立てする「福和会」

2006年2月9日号

女系天皇は「陛下のご意志」と放言した武部幹事長の「不敵な政治利用」

2006年2月2日号

追い詰められた「皇太子殿下」――「ファミリーの昼食会」も欠席された雅子さま。ベルギー大使夫妻をもてなす「カモ(鴨)場接待」も秋篠宮夫妻があたられ――
1月18日御所昼食会は両陛下秋篠宮夫妻黒田清子氏5名のみで東宮夫妻の姿無く異常な事態、18日の昼食会は東宮夫妻欠席して同日パールマン演奏会1部のみ鑑賞している、東宮家はもはや機能していない、鴨場接待東宮夫妻は93年〜95年までで後は主に秋篠宮夫妻が接待役を務めている

2006年1月26日号

激震走る「雅子妃と皇室」
「公務欠席&私事出席」で顰蹙を買った「雅子妃のワガママ」:1月3日の元始祭を3年連続欠席し同日午後東宮御所で皇太子の学友と愛子も一緒に新年会を過ごす、年末(12月24日)にお忍びでワンボックス車にてミレナリオ見学&その翌日25日大正天皇ご例祭欠席、1月2日の一般参賀では午前中の3回のお出ましだけで午後は欠席、5日両陛下との夕食会も当日に愛子さまが風邪をひかれたとキャンセルしている
国連大学での「研究断念」がなければという雅子妃「同情論」:昨年9月のある日の午前中雅子国連大学を見学「お元気そうでした。図書館を見学され、とても興味を持たれたようです」とフランス人事務局長は興奮した面持ちで語る、昨年春国連大学の研修プログラムへの参加を希望したことがあった、9月のお忍び訪問を経て10月24日「国連デー」に皇太子夫妻公開フォーラムを聴講に訪れる、去年暮れ国連大学は雅子妃を迎えるための本格的体制作りで12階学長室隣非常勤顧問の部屋を利用させる為非常勤顧問を10階に移す、国連大学特別顧問横田洋三・中央大学法科大学院教授語る「去年の暮れでしたか、どのような事情か分かりませんが、10階への移動があったのは事実です」
密かに流れる「米国ボストン」での「転地療養説」
気に入らないと「ポイ捨て」愛子さまは大丈夫?:1月5日両陛下が皇太子・秋篠宮両一家を招いての夕食会を開かれたときも愛子は風邪を引き当日になってキャンセル、皇太子妃は12月9日自身の誕生日でも両陛下を招いての夕食会を直前キャンセルしているのでそれに続いてのこと、12月23日天皇誕生日のときも愛子がむずかったため雅子妃3時間近い“中座”をしたことも明らかになっていてその夕食会が終わったのは夜10時を過ぎていた、橋本明氏「これは女官も侍従も本来の仕事ができていないということであり、躾けも十分とは言えないということでしょう。私が聞いた話では、愛子さまは皇族のある方から贈り物をいただいた時、その場でポイッと放ってしまうこともあったそうです。残念なことです」と語る、宮内庁関係者の証言「一昨年、平成17年度の皇室カレンダーをご一家総出で撮影する際にも、むずかった愛子さまが、渡された人形をポイッとしててしまうことがあった。ご気性は相当、お強いようです」
「秋篠宮ご夫妻」が詠まれた「こうのとりの歌」の宮中震撼
「前立腺ガン」悪化が懸念される天皇陛下の「ご心痛」

2006年1月5・12日新年特大号

「宮中と官邸」を震撼させた雅子さま「離婚説」
「私、皇太子妃を辞めます」電話ガチャ切り事件、12月9日皇太子妃誕生日午後3時友人とお茶会→午後5時伝蓋恩師とのお茶会ドタキャン→午後7時天皇皇后両陛下との夕食会ドタキャン、宮中と東宮との対立激化で“離婚”問題を宮内庁内々に検討しだす
「ある月刊誌に雅子妃の苦悩を伝える記事が掲載されました。この記事の中には、雅子妃しか知らないはずのことが、2,3ヶ所 記されていました。これに宮内庁の幹部が慌てたのです。」⇒情報漏洩者を探し、結局ネタ元が雅子妃の親族ではないかと、結論づけた。
【特別読物】「旧宮家」の人びと――「ブラジル籍の人」も「養子は山伏の人」もいる11宮家の戦後60年

2005年10月27日号

ワイド・イヤ〜な事件:お忍び外出「雅子妃」を密かに護衛する「黒バイ隊
さる皇室ジャーナリスト語る「最近は、頻繁にプライベートでお出かけになっているのです。お子様が生まれた妹さんのお宅を愛子さまと訪ねられたり、親しいご友人と会われたり……宮内庁も外出して気を休めることは病気回復にも効果があると認めているのです」
全国紙の皇室担当記者、雅子妃のマスコミアレルギーはまだ払拭に至っていないという「とにかくカメラを向けられるのはとてもお辛い様子で、今も敬遠されているのです。それを知って、宮内庁も雅子さまの外出が外部に漏れないようずいぶんと気を使っていますよ」周囲が気付いて騒ぎが起きないように、パトカーや白バイ先導の警備はほとんどない。
その代わりに警護を担当しているのが、一見警備車両とは分からない「黒バイ隊」と呼ばれるオートバイ部隊。
警視庁関係者「警衛課には大体100名以上の警察官が所属していまして、皇太子夫妻は約20〜30名で担当しています。外出先での状況にもよりますが、雅子妃殿下の外出の場合、乗られている車の前後を挟むように、少なくとも2台以上の覆面パトカーと黒バイが警護しているはずです。ただ極秘の警備ですから、緊急時以外は所轄の応援も要請できませんし、レストランなど、建物の中では少し離れた場所で警護するので、かなり神経を使っているようです」

2005年6月2日号

ご静養地で勃発した「マスコミ嫌い」雅子さまの皇室記者との「冷戦」
5月21日那須御料牧場静養行きでJR宇都宮駅でのカメラ取材は「フラッシュ禁止」、「18日に宮内庁から“行啓について”という取材の取り決めを書いた文書が配られたが、それを読む限り、宮内庁や雅子さまはメディアに心を開いていないというのがよくわかる。取材は御料牧場に到着した時だけで、後はすべてお断り、という内容です。しかも唯一の取材時間にも『フラッシュを焚かないように』との注文が付いています。御料牧場に到着するのは夕刻ですから、その時間帯に車中の雅子さまをフラッシュなしで撮っても写るかどうか。これは取材拒否に等しいのではないか」と皇室記者は言う。
別の記者も「これまでの例でいうと、ご静養中にも、散策されるご様子などを代表取材させたり、場合によっては宮内庁が写真をしたりしていました。しかし、今回のご静養では、他に取材の機会が全くありません。静養を報道してはいけないとか、帰りの日程も報道してはいけないといった、事前の報道規制ばかりが目に付きます。宮内庁記者クラブもおかしいと主張し、代表取材を申し入れているのですが、最後には『雅子妃のご体調』を理由にするので、我々としても、それ以上は何も言えなくなってしまうのです」
5月1日日本ユニセフ協会創立50周年記念式典に出席についても、「皇太子さまとロイヤル席に着かれて講演を聞いておいででしたが、たった20分と、短いものでした。おまけに、普通、皇太子ご夫妻が出席なさる式典などでは、場内アナウンスでお二人が紹介されるのですが、この外出に関しては、事前に記者会は、雅子さまの写真撮影を許可されていたのですが、短い時間で会場を後にされたことには驚いた。アナウンスがなかったことについては、その次の定例会見の場で林田大夫に問い質す場面がありました。『場内アナウンスもしない状態での妃殿下のご臨席は、公務といえるのか。東宮の方からユニセフにそういう申し入れをしたのではないか』と。大夫は否定していましたが、明らかにおかしいですよ」とさる皇室ジャーナリスト語る。
宮内庁担当記者の鬱憤は爆発寸前「各国の皇太子が、皇太子さまや雅子さまを訪ねてきても、記者が立ち会うことのできるお出迎えの際に出てこられるのは皇太子さまだけです。雅子さまは中で待機され、記者のいないお見送りの際には表に出てこられる。もう記者の姿を見るのも嫌なのだと思わざるをえません」
5月14日両陛下訪欧からの帰国についてもマスコミの前に姿を見せなかった皇太子妃について別の皇室記者がいう「両陛下の出発と到着時は、羽田空港内のVIPルームでレセプションが開かれました。両日とも、雅子妃は皇太子殿下と羽田空港に行っています。が、肝心のレセプションの時には控え室で待機されていたのです。レセプションに出席するのは、小泉首相を含む三権の長や皇族方など限られたメンバーなのですが、そこにマスコミがいることが、雅子妃はお嫌だったのではないでしょうか。セレモニーは10分ほどで、座っているだけでよいのです。マスコミからの直接取材があるわけでも、スピーチがあるわけでもない。体力的に耐えられない程のものではないはずです」
5月13日定例会見で林田東宮大夫「(雅子妃の体調について)ゆっくりではあるが、着実に快方に向かっている」と説明するものの依然として状況をつまびらかにしない。「わざわざ医師団の見解として発表したものですが、記者が『これまでとはどこが違うのですが?』とツッコんだのに対し、大夫は『気持ちを切り替えるのが早くなってきています』と答えたのです。このお粗末な答えに、記者から失笑が漏れていました」と皇室記者の談。
愛子を伴ってかなりの頻度で「こどもの城」に訪れているが、「現在愛子さまは週2回程度、お友達4、5名や、その保護者の方とお見えになっています。愛子さまが参加されているのは、体育、音楽、造形などのプログラムです。当施設の一般利用は午後からですが、雅子さまと愛子さまは午前中に利用されています」とこどもの城関係者語る。
5月27日東宮御所でポルトガル大統領との面会とブラジル大統領との午餐会が控えているので皇太子は26日に那須御料牧場静養から帰京するが、雅子妃と愛子はそのまま滞在。29日に皇太子は紀尾井ホールでビオラコンサートを鑑賞予定。どうして雅子妃は皇太子と一緒に帰ってこないのかという疑問あり。

2004年12月9日号 

「皇太子ご夫妻」を批判された「秋篠宮」発言の第波紋
秋篠宮による皇太子「人格否定発言」批判は両陛下の思いを代弁されたものか。
「このようなご発言は、皇室では近年にない異例のことです。基本的には、皇室において、肉親同士を批判することはエチケットとして、いけないことと受け止められているからです。いまや皇室の中で雅子さまの味方は皇太子1人だけ。お気の毒ですが、これで皇太子と雅子さまはますます孤立した格好になりますね」と河原敏明氏、両陛下や他皇族と皇太子一家の溝が深まると危惧。
「皇太子は結婚した途端、親との間が疎遠になり、関係が断絶してしまった。これを弟としても、苦々しく思われていたのでしょう」と天皇陛下のクラスメイトで共同通信社社友橋本明氏語る。

2004年6月24日号

雅子さまだけでない「愛子さまも危ない!」という閉ざされた宮内庁への「危惧」
 このプレイルーム、愛子さまが転んでも大丈夫なように、コルク張りとなっていることでも話題になったものだが、
「ところが最近は、雅子さまの体調が芳しくないため、子育てもほとんどできなくなってしまったそうです。雅子さまは感情の起伏が激しく、愛子さまと一緒に居られる時間が少なくなったと言われています」(皇室ジャーナリスト)
 愛子さまにとって今が一番、母親の存在が大事な時期。雅子さまのご病状がさらに悪化するようなことにでもなれば、愛子さまへの影響は避けられない。
「2年6カ月愛子さまは、自分の親がどのような状態にあるか、ある程度判ります。感情のバランスを欠いているとか、祖父母との関係がうまくいっていないなど、子供は敏感に感じとってしまいますから、それが元で精神的に不安定になられる可能性がありますね」(同)
 実際、雅子さまのご病状を“鬱病”と断定した英高級紙の『タイムズ』は、6月9日付の紙面で、
「“愛子さまが自閉症に罹っている”という噂もある」
と報じているし、皇室評論家の河原敏明氏も、
「愛子さまが、お言葉を発せられているところをいまだに見聞きしたことがありません。昨年の公園デビューの時にも、愛子さまは一言も言葉を発していません。少し言葉が遅いのではないかと心配する声があがっています」

2004年6月10日号

雅子さまは「天皇・皇后に敵意」を持っていると報じた英高級紙
「何が真実なのかを伝える」
 こうした境遇に置かれた雅子妃の胸中は。同紙は「天皇・皇后両陛下と皇太子
ご夫妻の間に驚くべき意思の疎通の崩壊がある」と指摘した上で、衝撃的な証言を紹介するのである。そのくだりはこうだ。
「『雅子妃は、皇室からドロップアウトしている。不躾ながら、彼女は天皇ご夫妻に対して敵意を持って(hostile)おり、おふたりが死ぬのを待っている(waiting for them to die)。恐ろしくて衝撃的な話だが、これは、宮内庁の皇太子周辺で起こっていることで、国民はこのことを知らない』と話しているのは、新聞の皇室記者だ」
 本当なのか?
「ニュースソースを明かすことはできませんが、きちんと裏付けをした記事を書いています」
 と話すのは、この記事を執筆した『タイムズ』東京支局長のリチャード・ロイド・パリー氏だ。
「『死ぬのを待っている』という表現は、あくまで『待っている』という状態なだけで、決して望んでいるという解釈ではありません。これは確かな筋の皇室ウオッチャーから聞きました」

1996年11月28日号

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