【敬称略/2001年12月1日愛子誕生〜2006年12月】
・Web東奥・皇室特集動画ページ(2005年以前)
・Web東奥・皇室特集動画ページ(2006年以降)
・第2日テレ報道部「愛子さま 悠仁さま にこにこアルバム」/2009年7月31日以降の「にこにこアルバム(移転)」
にも動画があります。
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- これ以前の動きは「時系列について」参照。
| 2001年12月1日 | 午後2時43分、愛子誕生。身長49.6cm、体重3,102gだった。 誕生から約2時間後の午後4時半から、天皇陛下から新宮に守り刀を贈る「賜剣の儀」が宮殿の表御座所で執り行われたが、伝達役の古川清東宮大夫(当時)が「緊張のためか、古川大夫は箱を取り落とし、慌てた大夫が箱から飛び出した賜剣を踏みつけてしまう」事件発生。今後の暗雲を予兆するような出来事であった。 同日夕刻見舞いを両陛下に先んじて済ませてしまった小和田恒・優美子が宮内庁にて「赤ちゃま」会見。 ……この誕生当日の夜、2ちゃんねる占い板では次のような書き込みがなされている。 ------------------------------------------------------ 皇太子妃御解任について占ってみよう<2001/04/17(火) 02:13に始まったスレッド> 73 名無しさん@占い修業中 01/12/01 19:40 知り合いの西洋占星術師のお話 こんなに悪いチャートの持ち主を見たことがない。 知恵遅れ 目の疾患 または 短命 曰く「自分の占い師の資質を問われてもいいから、はずれて欲しい・・・」 ------------------------------------------------------ 当時はあまりに不吉であるとしてまともに受け止められていなかったが、時を追うごとにその可能性にガクガクブルブルで、2ちゃんねる世界ではかなり有名な書き込みとして知られている。 また愛子教育方針については下のような記事が後に出ている; 愛子さまがお生まれになった当時、小和田家親族には「学習院でないほうがいいのではないか」という声もあったというが、 結局、天皇家の家風に沿った方針がとられることになった。(『週刊文春』2005年12月15日号<雅子さま新たなお悩みは愛子さまの「女帝教育」>、p154より) |
| 2002年5月9日 | 東宮一家那須御用邸静養(8〜14日)。9日には南ヶ丘牧場に遊びに行くのだが、当日は雨模様で、愛子を抱いた雅子に徳仁が傘を差しかけたりもする。また係員さんが愛子に可愛い仔ウサギを見せたりもするのだが、訳が分かってない愛子は腕を振りウサギにぽんとパンチをくれるという「ウサギパンチ」事件が起こる。 ウサギパンチようつべ ttp://www.youtube.com/watch?v=7JDekHO64HE |
| 2002年7月26日 | 積極的に公務をするのはいいのだが、東宮御所での第41次本土派遣沖縄豆記者接見公務に、なんと生後7ヶ月の赤ん坊である愛子を同伴して登場する事件発生。 参照:宮内庁HP 皇太子同妃両殿下のご日程 平成14年(7月〜9月) |
| 2002年8月16日 | 東宮一家那須連山の沼原湿原散策、愛子も皇太子に背負われて足をぱたぱたさせるなど可愛い様子。 この当時手の甲を人に向ける「逆さバイバイ」の仕草を見せており、それが後々愛子ちゃんに関する心配事と関連付けられるようになる。 |
| 2002年8月21-28日 | 天皇皇后両陛下・東宮一家・秋篠宮ご一家揃って須崎御用邸静養。26日は海岸にて皇后陛下が愛子ちゃんに渡した海草(ワカメ?)の切れ端を愛子ポイ捨てし、それに対し雅子は何のフォローもせず。→参考:女の夢 |
| 2002年9月11日 | 生後9ヶ月の愛子を同伴して、東宮御所にて勤労奉仕団へのご会釈公務に出席して愛子見せびらかし。 参照:宮内庁HP 皇太子同妃両殿下のご日程 平成14年(7月〜9月) |
| 2002年10月15日 | 生後10ヶ月の愛子を同伴して、東京・銀座の教文館書店で「藤城清治影絵展」鑑賞公務。しかしガラス越しではあるが、愛子に素手で作品を触らせるという絵画鑑賞としてはあまりに常識外れの行動が起こる。 参照:宮内庁HP 皇太子同妃両殿下のご日程 平成14年(10月〜12月) |
| 2002年10月22日 | 生後10ヶ月の愛子を同伴して、東宮御所にて勤労奉仕団へのご会釈公務に出席して愛子見せびらかし。 参照:宮内庁HP 皇太子同妃両殿下のご日程 平成14年(10月〜12月) |
| 2002年10月29日 | 御料牧場静養から帰京する新幹線にて、雅子がお手振りに夢中でぞんざいに左腕で抱かれた愛子ちゃん、新幹線窓に顔を押し付け舌を出してガラスを舐めている姿が追っかけ一般人によって激写される。下唇や鼻先もガラスに押し当てとんでもない表情の「ちょっとヤンチャな愛子さまも可愛い!」グラビア一般人撮影画像(女性自身2003/12/16号) 同様の事件は翌年5月にも繰り返されており、雅子が全く子育てできてない事実を反映している。 |
| 2002年12月1日 | 愛子満1歳誕生日。当時公開された写真はにっこり微笑んでいたり、手押し車で遊んでいる]など普通の1歳児に見え、特に心配など感想は起こらず。 |
| 2002年12月5日 | 雅子の誕生日会見と、東宮夫妻オーストラリア・ニュージーランド訪問前公式記者会見開催。この場で雅子は「外国行かせろ」要求事件をやらかし、加えて「お陰さまで,(愛子は)とても今のところ身体が丈夫で,そしてまた,おおらかな性格といいますか,皇太子さまに似ましたのか,何ていうのかしら,ゆったりと,どっしりとしておりますので,その点健康に恵まれた子供を持っているということは,そうでない方もたくさんいらっしゃるわけなので,本当に恵まれたことだと思って有り難いことと思っておりますし,……」といった障害者に対する露骨な差別意識丸出し発言もしでかす有様。 |
| 2002年12月11〜19日 | 東宮夫妻オーストラリア・ニュージーランド訪問。豪州病院では下肢障碍の少年に対する“Like you!”発言をやらかし、この事件から窺い知れるように海外でも愛子の写真を見せびらかす公私混同ぶり。 |
| 2003年1月1日 | 新年ご一家画像発表。玩具がいっぱい置かれた床に座る愛子と雅子、そして同じく床に乙女座りで写真に収まる皇太子が非常に強い印象を残す。 |
| 2003年1月16日 | 今上陛下が前立腺癌摘出手術のため東京大学医学部付属病院に入院される(2月8日退院)。 |
| 2003年1月 | 雅子がこの時期、林田英樹東宮大夫に「お友達作り」の対応を要請、大夫は、港区役所子育て推進課や東京都庁福祉局子供家庭部に愛子の「お遊び友達」となれる母子数組をリストアップするよう依頼という、明らかに余計な仕事を命じる事件発生。個人情報管理の観点からも大問題。このルートでの「お遊び友達」作りは結局頓挫とのこと。→【リンダ】 |
| 2003年2月23日 | 徳仁誕生日で一家画像映像(同月14日撮影)が公表。抱き寄せようとする雅子に対して顔をそむけ視線を合わせず、全身で拒否反応を示している愛子の姿が認められるが、この当時は雅子による扱いが下手だからという解釈が主だった。 |
| 2003年4月12-16日 | 東宮一家葉山静養。一般人の前で雅子に抱かれた愛子が執拗に犬(名前ポポちゃん)の顔を弄り回し、犬の目に指を突っ込もうとして軽く噛まれそうになる事件発生。その間中母親雅子は娘を止めようとも犬との距離を取ろうともしなかった。2006年3月31日「子供に恐怖心を与えてはいけないとのお考えがあってのこと」とテレ朝ワイドスクランブルが報じ、無茶苦茶なマンセー擁護をしてみせる。 白犬ポポちゃん、愛子に急所の目を突かれかけて「これ以上やったら噛むよ!」と威嚇行動 ttp://jp.youtube.com/watch?v=kz58BvSUmIM 黒いミニチュアダックス君の口元に愛子の指を突き出させる常識はずれの行動も。 黒ダックス君の口元に愛子の指を突き出させる光景(2:20あたり) ttp://jp.youtube.com/watch?v=BeyZPvVoKSE また同日地元の子供と遊ぶ中で、愛子が他の子供が手にしているペットボトルに興味を持ち取り合いとなり、なんと子供同士のことなのに雅子が娘に手を貸してペットボトルを奪い取る事件も発生。 |
| 2003年5月6日 | 那須御用邸静養から帰京する新幹線にて、愛子がまたも窓ガラスを舐め、雅子がそれを全く窘めない事件発生。追っかけ主婦撮影による「ひじ掛けの上に座って窓ガラスに口をつけるなど、車内では活発なご様子です」画像(週刊女性2004/1/6・13号グラビアより) 昨年10月末の愛子新幹線窓ガラス舐め事件に続き、雅子にとってはこれは子供がやって当然の振る舞いのようである。 |
| 2003年5月13日 | 赤坂御用地近くの「みなみもと町公園」にて、東宮一家が公園デビュー。林田東宮大夫の反対を押し切っての決行。 |
| 2003年5月23日 | 午前10時、再び「みなみもと町公園」にて公園デビューするも、今回は噂があらかじめ伝わってしまい大騒ぎに。ビデオ撮影に成功した主婦の一部はテレビ局に自ら映像提供、翌24日ワイドショーが大々的に報じ広く世に知られることに。 『女性自身』2003/6/24号<皇太子ご一家・公園での「おふれあい」全会話!「愛ちゃん」とどんなお話、したのかな?>5/13・23についてのモノクログラビア記事 同日、桃華楽堂にて皇宮警察音楽隊創設50周年記念演奏会があったのだが、皇太子夫妻出席キャンセルする。→同日シリーズ |
| 2003年6月10日 | 湯浅宮内庁長官が、東宮夫妻結婚10周年にあたり定例記者会見での質疑で「(皇太子ご夫妻の第2子への期待について)やはりもう一人ほしい」「多くの国民もそう考えているのではないか」と述べる。 |
| 2003年7月3日・14日 | 大騒動となってしまっても依然夫妻は公園で遊ぶことに拘り、今度は港区・神宮外苑児童遊園に出掛け愛子「公園デビュー」が続く。これらもやはりマスコミ取材殺到。しかし「反応が乏しいのでは?」と噂になる。この辺りから愛子の発達について心配だという声が上がり始める。 14日 神宮外苑の児童遊園にて「公園デビュー」、養育係ハクションさんと滑り台で遊ぶ雅子と愛子【ハクション大魔王さん】 |
| 2003年8月12日 | この日、那須静養先で皇太子一家が散歩する様子を公開する予定だったが、愛子風邪に胃腸炎を併発した疑いを理由にドタキャン。以後フリーな形での愛子取材は一度たりとも行われていない(これが他皇族との決定的な違い)。 一、二分歩く程度の映像と編集しまくった宮内庁提供の厳選映像だけ。 |
| 2003年9月4日 | 雅子、愛子と共に小和田家に里帰り。夕方皇太子が合流しに行くという極めて異例の行動。小和田邸玄関で待ちかまえたマスコミの前、愛子は父親である徳仁を無視状態。親だと認識出来ていないのではと話題になる。この日小和田家では中華料理をケータリング。 『週刊女性』2003年9月23日号<雅子さまと初めての小和田邸ご訪問は―白ワンピで「おめかし」>グラビア 「ひと足遅れて訪れた皇太子さまとご対面。ちょっと気恥ずかしそう。」=父親の顔も見ず存在も無視しているかのような態度だった愛子を無難な表現で記している。 |
| 2003年12月1日 | 愛子2歳誕生日。宮内庁HPにて自宅東宮御所で撮影のうんこ座り・床に縫い包みを押し付け画像などが公表される(但し現在は削除されている)。 検診で身長84.5cm、体重12.5kg、上下8本ずつ歯が生え揃ったという。 また「パパ」「ママ」と話せるようになって、動物も犬が以前は「ワンワン」だったのが、最近では猫を「ネー」、うさぎを「ウ」、ペンギンを「ペ」と呼んでいるとのこと。 |
| 2003年12月3日 | 雅子帯状疱疹の診断。4日夜から宮内庁病院に数日間入院。以後現在に至るまでの休業、静養状態が続いている。 |
| 2003年12月11日 | 湯浅宮内庁長官が、定例記者会見にて雅子帯状疱疹について「(ご負担が)病気にどう影響したかは分からないが、 公務に支障がある状況が続いたのは、我々にも責任がある」「今後はご夫妻の考えを伝えてもらって、必要な態勢を取っていきたい」と語る。 そして長官は秋篠宮ご夫妻のお子さまについて考えを記者から質問され、 「皇室の繁栄を考えた場合、3人目のお子さまを強く希望したい。多くの国民は歓迎してくれるのではないか」と期待を表明した。12月11日「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の繁栄を考えると、3人目を強く希望したい」「姉妹との年齢差を考えるとできるだけ早い時期にと思う」と回答。 |
| 2003年12月12日 | 湯浅宮内庁長官会見翌日、雅子が来年春ごろまで公務を休み静養に専念すると、宮内庁発表。 |
| 2004年1月1日 | 新年ご一家映像発表。玩具を持ち込み、床の上で秋篠宮両内親王を付きあわせ遊んでいる光景を撮影させる。既に満2歳になっているが発語している様子が全くない、無表情で遊ぶ愛子の様子で心配が高まる。 |
| 2004年3月25日〜4月26日 | 雅子、愛子を連れて軽井沢実家別荘に籠城。一ヶ月余り後帰京。軽井沢籠城期間には愛子を車に乗せて自らハンドルを握りドライブする姿が周辺住民に目撃され写真週刊誌などに記事となる。 ------------------------------------------------------ この時期、徳仁が皇居へ出向き両陛下と夕食会、それが終わったあと母美智子さまと話をし、腕をとりさすりながら涙を流したとのこと。 参考:『週刊新潮』2005/5/4号<雅子さま深夜の帰宅事件と皇太子殿下が御所で泣いた夜>より:一年前の「御所の一室で天皇皇后両陛下紀宮殿下とともに食卓を囲んでいた。アフター・ディナーの時、天皇陛下は御所のベランダに立った。雰囲気を察したのか紀宮殿下も続いてベランダに立つと、皇太子殿下は皇后陛下と話し始めた。が、そのうち、皇后陛下の手を握りしめ、涙を流した」という。話の内容は「雅子妃殿下のことだったのは間違いない」。雅子妃が実家に行ったり妹夫婦の家に愛子さまを連れて遊びに行き御所には戻ったのは夜の零時近かったなど「気まぐれな行動」に周囲がとまどっているという。 参考:徳島新聞2009年2月27日<共同通信社社会部長・宮城孝治氏講演 平成皇室の光と陰『公あっての私』考え方の違い 両陛下ら苦悩>記事より:人格否定発言の前、不調を訴えていた雅子さまは、実家・小和田家の別荘で静養された。「離婚では」という話も流れた。皇太子さまも行かれ、先に一人で帰ってきた。そして、両親がいる皇居に向かった。食事後、皇后さまと二人きりになった皇太子さまは母の腕をさすり、落涙されたという。悩みを打ち明けられるのは、母である皇后さましかない。 |
| 2004年4月 | 雅子、実家に行き深夜帰宅、また愛子連れで妹夫婦宅に行き深夜帰宅。≪週刊新潮2005/5/4号>≫ |
| 2004年5月10日 | デンマーク・ポルトガル・スペイン訪問前の徳仁が人格否定会見。 「外国訪問がなかなか許されなかったことに大変苦労していました」 「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」 「細かいことは控えたい。なかなか外国訪問ができなかったことを、雅子も私もとても悩んだということをお伝えしようと思います」 …これが諸々の問題を表沙汰にする全ての発端となる。 |
| 2004年5月14日 | 徳仁、デンマーク皇太子結婚式に出席、結婚式のスイーツ担当「Heibergs Dessertcirkus」のチョコレートをいたく気に入り2kg購入する。≪Part1461-189mixiでまた東宮の食べ物エピ発見、楽天でも「各国のVIPを魅了し、列席された日本の皇太子殿下も日本へのお土産としてお持ち帰りになられたそう」と宣伝≫ |
| 2004年5月21日 | 英国タイムズ紙が「不躾ながら彼女(=雅子)は天皇ご夫妻に対して敵意を持って(hostile)おり、おふたりが死ぬのを待っている(waiting for them to die)。」と記事にする。 →参考:『週刊新潮』2004/6/10号<「鬱病」の雅子さまは「天皇・皇后に敵意」を持っている英高級紙>記事 |
| 2004年6月〜 | 大野裕・慶応大保健管理センター教授が皇太子妃の治療を担当(2006年7月28日オランダ訪問閣議了承に伴い公式発表)→参考:礼節姉妹 また伝蓋幼稚園から引き抜かれた福迫美樹子氏が愛子養育係として就任。位は女官よりも低い「仕人(つこうど)/出仕」。 |
| 2004年6月9日 | 英国タイムズ紙が<Japanese Crown Prince demands palace reform>とのタイトル記事発表。その中で「愛子内親王が自閉症であるという噂がある」と触れられる。 引用:In this information void, wild rumours flourish. They include talk of the Prince and the Princess being estranged and of Princess Aiko suffering from autism. But the Crown Prince’s remarks yesterday set out the most credible reasons for Masako’s distress: the extraordinary difficulties of imperial life for a highly educated, cosmopolitan woman. |
| 2004年6月18日 | 林田東宮大夫が定例会見の場にて、皇太子妃の病名がうつ病・強迫神経症というのは事実無根であるとの発表に合わせ、敬宮自閉症の噂について「全くの事実無根で不本意だ。大変健やかに成長されている」「(成長ぶりの映像発表については)検討している。しばらく時間が必要」と発表。 |
| 2004年7月28日 | 東宮御所にて徳仁が第43次本土派遣沖縄豆記者の小中学生と接見、その場に愛子ちゃんを同行したお披露目光景画像が宮内庁HPに掲載される。 参考ようつべ:20041004笑顔復活の真相4/6−沖縄豆記者 ……しかし後日愛子ちゃんが写った豆記者接見画像は、愛子が写っていない別画像に差し替えられる。理由は不明。同年9月24日に発表されたハープ映像ではこの時と全く同じワンピースを着用していたものの、服のキツキツ度合いにかなり違いがあり「影武者」疑惑が持たれる1枚となる。 参考ようつべ:ハープ動画 |
| 2004年7月30日 | 林田東宮大夫が定例会見の場にて、雅子の病名が「適応障害」であると発表。 |
| 2004年9月4日 | 東宮夫妻(雅子は4ヶ月半ぶり)皇居・御所訪問するも、同行予定だった愛子は久しぶりの車に「ぐずられて」訪問取り止め。 →【おむずかり】 |
| 2004年9月24日 | 6/18東宮大夫定例会見での「(愛子が自閉症とは不本意、成長ぶりの映像発表については)検討している。しばらく時間が必要」の続きとして、皇太子夫妻の意向により愛子プライベートホームビデオが異例の公開をされる。絵本『うずらちゃんのかくれんぼ』を読んでいるかのようなシーンがあるが本は逆さま。本にない言葉を喋っている。思いついたことを独り言で言っているだけ。父母との会話は成り立っていない。ビデオ撮影している徳仁が発している言葉「おーい、もりよー」は『もりのこえ』という全く別の絵本という常識では考えられない異様ぶり。 合わせてハープ(雅子知人であるハーピスト長澤真澄氏のもの)で遊ぶ映像も公開。ハープを弾くのではなく、両の掌で弦をバンバン叩いたり上から下へチュルチュル滑らせるという、楽器どころか玩具扱いする随分と幼い印象の遊び。また子供好きな長澤氏が東宮御所階段で愛子と遊ぶ場面があるが、その間雅子はぼーっとしている状態。愛子ちゃんが着ているワンピースのリボンが縦結びになってしまっている点も、東宮御所では愛子ちゃんの格好に気を遣ってくれる人は誰もいないのかと訝る人も。自閉症疑惑払拭ビデオ公表のつもりが、違和感ばかり募らせる結果に。 参考ようつべ:うずらちゃん動画/ハープ動画 |
| 2004年10月17日 | 渡辺みどり著『美智子皇后と雅子妃 平民妃十年の苦闘』(講談社、2005)p161に、雅子が愛子を伴っての小和田家お忍び里帰りについての記述あり。 平成16(2004)年10月17日日曜日午後3時15分頃。三時間の里帰り。「所轄の警察もあとで聞かされて驚いたという」「お忍び中のお忍び」「この時は妹の池田礼子さんの姿も」「愛子さまを連れて里帰りをされたのは、前年九月四日以来のこと」 →危篤の母方祖母・江頭寿々子の見舞いか、恒も密かに帰国。皇太子は同行せず。 |
| 2004年10月20日 | 皇后陛下古希の祝賀会に一家で皇居御所へ。愛子は1月以来9ヶ月ぶりの御所訪問。雅子は祝賀・祝宴行事欠席。 |
| 2004年11月18日 | 来日していたデンマーク女王マルグレーテII世陛下と“非公式な”歓談に出席するため皇居へ参内する東宮夫妻。雅子は公式歓迎式典に晩餐会、答礼晩餐会(11/16)は欠席している。移動車内ではカメラを相当意識しているのか雅子の目付きが強烈なものに。【押しかけ】 参考ようつべ:20041121デンマーク女王陛下歓迎晩餐会 |
| 2004年11月20・21日 | 雅子の祖母江頭寿々子氏死去(19日)に伴い、弔問と葬儀。小和田家弔問で入るとき、愛子が手をひらひらさせ雅子が慌ててその手を掴む様子の映像放映。 |
| 2004年11月30日 | 秋篠宮殿下が誕生日発表会見で“公務は受身”との見方を表明する。 |
| 2004年12月1日 | 愛子3歳誕生日。東宮御所の庭でつないだ両親の手を舐めたり、木の枝に乗せられたコアラ状態の写真に、「ひげじいさん」お遊戯に、更には両親である徳仁雅子までマサイ族の風習よろしくびょんびょん飛び上がったりする映像が公開される。親と視線を合わせもしないのに、カメラ向こうの誰かの真似をしてお遊戯をする愛子の姿に、いかにも仕込みくさく薄ら寒いと感想が目立つ。「熱い湯気の出ているスープをどうぞ」などの優秀伝説も誕生日ニュースで追加発表。 参考ようつべ:20041201愛子さま3歳 ttp://www.youtube.com/watch?v=I3cwu-8pzbo 愛子は誕生日恒例ご挨拶で皇居参内するが、雅子は母方祖母喪中のため同行せず、徳仁と女官が付き添う。愛子は車中でチャイルドシートに座らされるが、そのあまりのぐったり状態に見た人驚く。 宮中の風習で子供は3歳になるまでは色つき着物は着られないのだが、それが身に着けられるようになる頃には親王に「黒紅縫」、内親王には「御地赤」というお祝いの着物が贈られる。愛子も御地赤をいただいている筈なのだが、この参内では普通のお出かけ洋服であり、着物が無視された形に。 →比較参照:平成16年(2004年)12月1日愛子3歳誕生日挨拶参内と、平成21年(2009年)9月6日「黒紅縫」をお召しになっている秋篠宮悠仁親王殿下3歳誕生日ご挨拶参内 |
| 2005年1月1日 | 新年ご一家映像発表。雅子の膝の上に乗せられて「ももたろう」を歌ってみせたりする。しかしカーペット床に直に座り込んで遊ぶのに秋篠宮両姉妹が付き合わされたり、かなり見苦しい光景に仕上がってしまう。また12月半ばの撮影でありながら、愛子の上着の下は半袖である。 |
| 2005年2月21日 | 東宮一家奥志賀スキー旅行。スキー好きの雅子は楽しげだったが、愛子は雪遊びをするでもなく無反応。自発行動の乏しいまま無理やり抱きかかえて滑り(画像その1/画像その2)、後日スレ住民に「文楽スキー」と評されることになる。TVで音声入り映像が当初公開されたが、付き添いの女性職員らが「宮様〜〜!」と黄色い声を上げる中「ぅぅぅぅぅ〜」と愛子の苦しそうな呻き声が発される。 このとき合わせて公表された「雪だるまの隣でピンクのウェア姿にゴーグルかけたままの子供」画像に「影武者」疑惑が巻き起こることになる。 |
| 2005年3月18日 | 青年海外協力隊との接見公務を雅子欠席。そして愛子たちと庭の芝生の上で遊んでいたところを、庭に面していた東宮御所「日月の間」にて皇太子と接見中の隊員たちに目撃されるという事件発生≪週刊文春5/19号≫ →【同日シリーズ】 |
| 2005年5月21-30日 | 栃木県御料牧場にて一家静養。那須オルゴール美術館ショップで愛子、買い物籠2つにいっぱいの買い物をして五千円を出し支払ったとのこと。雅子は籠を山盛りにする愛子を見て膝を抱えるようにして笑っていたと『週刊文春』2005/9/1号記事伝える。 参考:『週刊文春』2005年9月1日号 p152-153より引用 御用邸にほど近い那須ステンドグラス美術館に皇太子ご一行が現れたのは、12日の午後5時頃。雨が強い中、傘を差された雅子さまは愛子さまの手を引いて、中庭を通って美術館に入られた。(中略) 愛子さまが「初めてのお買い物」に挑戦されたのもこの美術館のミュージアムショップでのこと。「カゴを持たされた愛子さまはうれしかったのか、品物をつかんではどんどん入れてしまうので、その様子を御覧になった雅子さまはしゃがんでひざを抱えるようにして大笑いされてました。カスタネットやお風呂で体を洗うときに使うマペット(人形)などを選んでいたようですよ」(観光客) ------------------------------------------------------ また移動の宇都宮駅でかなり大きな身体の愛子を駅弁抱っこして階段を上る雅子の姿が一般人に撮影され、後にテレ東皇室特番で流され、「駅弁抱っこ」がスレ住民に定着する。 |
| 2005年8月10日 | 東宮一家那須御用邸静養。那須塩原駅でおさるのジョージの縫い包みが入ったバッグを手にした愛子が雅子に手を引かれて登場。ご挨拶の類は皆無。雅子が手で髪の毛を直しても全く視線を動かさなかった愛子が強い印象を残す。 |
| 2005年8月29日 | 奥志賀静養に向かう長野駅前での東宮一家マスコミ撮影時、愛子の左腕内側やわらかい皮膚をくすぐり刺激しているような雅子の姿が画像に残る。 |
| 2005年10月20日 | 美智子皇后陛下お誕生日。徳仁は皇居宮殿での祝賀・ご祝宴に出席するが、雅子は祝賀のみ。 |
| 2005年11月15-17日 | 愛子が38度台の高熱を出したとのことで、17日黒田ご夫妻の挨拶と青山こどもの城お楽しみは取り止め。 |
| 2005年12月1日 | 愛子4歳の誕生日。入園試験時のお洋服でミカン狩り映像が公表される。折り紙が好きなどの発表も。音声付の芋掘り動画も合わせて公表され土から掘り出したばかりにしてはきれいなサツマイモと、カラスの鳴き声が印象的。 皇居に向かう車中で「うさぎのダールン」縫いぐるみの腕を持ってのお手振り行動をする。 参考:『サンデー毎日』2006年6月4日号<優しさに包まれて>5/16遠足カラーグラビア 「(カメラマンの)みんな寒いところで待っていてくれるから、ワンちゃんの手を振ってあげましょう」、ン十年前のセンスでひねくりだしたとしか思えない奇妙な台詞で流布される「優秀伝説」。 |
| 2005年12月4日 | 愛子発熱、その看病との理由で学習院OB管弦楽団第52回定期演奏会に雅子欠席。 |
| 2006年1月1日 | 新年ご一家映像発表。巧妙に編集しているがよく見れば愛子は飛行機を折ってはいない。折る真似と、あとはもらったものを拡げたり投げたりしていることから、折り紙ではなく「開き紙」と評される。折ることより紙をぱらぱらさせることに関心がある模様。 皇居へ移動の車中で、髪を結って赤い着物を来た愛子が張子の犬のようなものを手にして“お手振り”行動をする。 |
| 2006年1月下旬 | 愛子スケートを始める。2回目には職人を呼んでエッジの位置を調整させるなどしたと、2ちゃん書き込み情報あり。 |
| 2006年2月7日 | 秋篠宮紀子妃殿下の第三子ご懐妊発表。以降、雅子&愛子登場の機会が増えだす。→【当たり屋東宮シリーズ】 当日の国会審議の場にて紀子妃殿下ご懐妊兆候の知らせが齎されたが、民主党のジャスコ次男坊岡田克也は「のりこさま」と名前を読み間違え、自民党でも石原伸晃が紀宮出産と勘違い、武部勤に至っては佳子さまがご懐妊などと口走るなど、与野党皆gdgd状態を露呈。 岡田ジャスコ克也の「のりこさま」発言ようつべ ttp://www.youtube.com/watch?v=oyqTO33XnRQ |
| 2006年2月10日 | 紀子妃殿下ご懐妊発表後初の東宮大夫定例会見。この場で「また、東宮御所の畑で愛子さまが水やりなどをして育てていたコマツナを収穫し、皇太子ご一家で食べた。」と、ワケワカメなコマツナ発表。 |
| 2006年2月23日 | 皇太子誕生日記者会見発表。東大経済学部長神野直彦氏から収録数日前に紹介されたロー・ノルトの詩を朗読したり、優秀伝説を紹介したり、「私は感じ取ることができます」発言がされる。 |
| 2006年3月6日 | 東宮一家が上野動物園行楽。通常は当然禁止されているサルへの餌やりが許されたり、ペンギンの前で動かなくなった愛子ちゃんのために態々群れの中の一匹「ピンキーちゃん」を出して歩かせるといった露骨な特別扱いが、後日『週刊朝日』3/31号にて記事にされる(なおペンギンを乾いたアスファルトの上で歩かせるのは脚を傷つけることにつながる。ペンギン行進で有名な動物園でも雪と氷がある冬季にしかしないのは言うまでもない)。またTV番組の取材を受けた園長は「愛子さまが○○に反応した」という表現を用いインタビューに答える。 動物園行楽当日は、愛子誕生記念でタイ政府から贈られた雌ゾウの「ウタイ」に初めて対面しバナナを与えたりしたと報道されたが、実はこのゾウ、つがいで贈られ雄の「アティ」が2005年12月に飼育員を死亡させる事故を起こした曰くつき。但しそんな事故については完全に伏せられた形で、ウタイと愛子の触れ合いだけがニュースにされる。→【法則】 |
| 2006年3月13日 | 東宮一家、池田礼子親子等を同行してTDR行楽。ミッキーとのご挨拶には後ずさりや笑顔の出ない無表情ぶりだったが、コンフェ拾いは楽しんでいた模様。一行が入った売店の中から「キーッ!」というような奇声が聞こえたとの証言あり。後日のTDR会長・アンバサダーのインタビューからも愛子が喋っていないことがわかる。 |
| 2006年3月15日 | 皇太子メキシコ訪問に出かけるのを東宮御所玄関前で雅子と見送り。愛子ちゃんは無表情、口モグモグカクカク、父親を認識せずあさっての方向を向いていることがあからさまで(ノД`)アチャーとなる人続出。雅子に腕を掴まれ無理やり背中を押されて強制お辞儀をさせられる愛子の姿が映像に残る。 なお愛子が右手に持っているのは3/13に出かけたTDRチケット(TVでも報じられた)、左手に握り締めているのは白いハンカチと思われる。お見送りという大事な場面で、躾の行き届いた家庭とは到底かけ離れた姿である。 最後に発車して去り行く皇太子の乗る車についても、進行方向とは真逆の方向に顔を向けたまま完全無視で終わる。 皇太子メキシコ訪問雅子愛子見送りようつべ |
| 2006年3月20日 | 2005年3月10日からこの日までに、高田装束研究所HPの業績紹介ページから、浩宮・礼宮・紀宮・秋篠宮家眞子佳子両内親王の「宮中着袴の儀御儀服調進」、そして敬宮愛子ちゃんの「御儀式御装束調進」情報がごっそり削除されるという、実に気味の悪い事件が発生する。→【宮中着袴の儀御儀服調進の記載削除】 |
| 2006年3月21日 | メキシコ訪問を終えて帰国した皇太子を東宮御所玄関前で雅子とお出迎え。父親の姿を認め口を大きく開けたとても嬉しそうな表情を見せるが、足元がくねくね。後日『女性セブン』2006/4/13号により「おしゃべりな足元」と説明が添えられる。お見送り時とは全く異なる反応に、「(父親の)消失は理解できないが、出現は理解できるのでは?」と分析される。 |
| 2006年3月27-30日 | 東宮一家葉山静養。天皇皇后両陛下も同じくご静養されたが一緒の行動はせず。葉山海岸での一家散策では厳重な撮影禁止、29日昼過ぎ〜17時過ぎまでソレイユの丘苺大福作りとチューチュートレインを楽しむ。 |
| 2006年4月11日 | 学習院幼稚園入園式。一家揃って幼稚園に向かう時、雅子が股間バッグ事件を起こす。 幼稚園入り口で出迎えた園長先生にまったくご挨拶しない愛子。浩宮の時とは異なり内部での入園式映像は公開されなかった。 なおこの入園式で園児の名前を読み上げる際、小山久子園長が「敬宮愛子“ちゃん”」と呼んだ事実がニュースで報じられる。 参考:学習院幼稚園に対する小和田家の考え 愛子さまがお生まれになった当時、小和田家親族には「学習院でないほうがいいのではないか」という声もあったというが、 結局、天皇家の家風に沿った方針がとられることになった。(『週刊文春』2005年12月15日号<雅子さま新たなお悩みは愛子さまの「女帝教育」>、p154より) |
| 2006年4月16日 | オール学習院の舞台を一家で鑑賞。「小学生の合奏では、大太鼓の音に驚いて耳を押さえる一幕もあった」と、自閉症の典型的症状の一つである聴覚過敏による耳塞ぎ行動が当日のFNNニュースで報道される。“耳をぴっちりふさいで「イヤイヤ」”とも。また予定外行動でヨーヨー釣りを体験、見物人やマスコミで危険なまでにごった返す。また一家がヨーヨー風船を3つもゲトしたと報じられ、「子供の玩具を大人の人数までガメてどうするんだ??」と強い違和感を残す。 |
| 2006年5月 | 『女性自身』2006年5月9・16日合併号が「愛子さまは最近、三輪車から補助輪のついた自転車の練習をされるようになり、それを眞子さまと佳子さまが“コーチ”なさっているようです」との記事発表。 |
| 2006年5月1-2日 | 幼稚園を微熱・咳といった風邪の症状が出たとのことでお休み。 |
| 2006年5月2日 | 愛子に風邪の症状が出たとのことで3-6日御料牧場静養を取り止めと、1-2日休園と合わせ発表。 |
| 2006年5月10日? | “Love子様ついに「やっちまい」ました”事件、しきりと話しかけてきた同級生の目に「突っ込んじゃった」、被害者は幸い目の下に傷を負っただけで眼球に異常はないとのこと。但し報道ベースでは未確認。 3年後、『サンデー毎日』2009年10月4日号<愛子さまが危ない!?名門学習院初等科で起きた学級崩壊と傷害事件>記事で、「★初等科1年生の★あるクラスで男子児童が後ろの席の女子児童の顔を鉛筆で怪我させ、幸い怪我は軽かったが、目にでも入ったら大変なことになるところだった」という、2006年の事件をまるでスライドさせたかような、老舗の私立名門小学校では有り得ない事件が報じられる。 |
| 2006年5月15日 | 幼稚園を風邪でお休み(NNNニュース情報、またこれに先立った四谷奥様との情報とも一致)。 |
| 2006年5月16日 | 新宿御苑の学習院幼稚園遠足へ雅子とともに参加。御苑に愛子の手を引いて歩く雅子の様子だけがニュースで流され、「ロケ撮影」と称される。愛子ちゃんは口半開き無表情と微妙なお手振り。一人で下を向いておにぎりとウインナー等おかずのお弁当をフォークで召し上がり、池の亀をじっと見るなどしたと報じられる。途中雨が降り出すなど不安定な天候だったが、雅子は他母親たちとコミュニケートすることもできずぼーっとしていて、レジャーシートを敷くこともままならず、傘も差そうとしないなど、あまりに鈍い当日の様子が後日複数雑誌記事で伝えられる。 当日の雅子は薄らぼんやりした様子だったが、何故か愛子「優秀伝説」は忘れず流布される。 参考:『サンデー毎日』2006年6月4日号<優しさに包まれて>5/16遠足カラーグラビア、全く長さ調節していないリュックサックと水筒ストラップに注目。 「(傘が)ふたつあるから、ひとつ貸してあげましょう」、ン十年前のセンスでひねくりだしたとしか思えない奇妙な幼稚園児の台詞である。 |
| 2006年5月19日 | 幼稚園通園路に警官がいないと四谷奥様情報(マスコミ発表は無し) |
| 2006年5月24-26日 | 幼稚園通園路に警官がいないと三日連続の四谷奥様情報。26日東宮大夫金曜定例記者会見で、愛子ちゃんが溶連菌感染で幼稚園お休みと発表。23日深夜から愛子ちゃんが溶連菌感染で発病発熱。そんな中で25日雅子は日本赤十字大会をサボった一方でテニスに興じていたと『女性セブン』2006/6/15号<皇太子妃雅子さま(42)赤十字大会ご欠席してテニスの波紋>記事で報じられる。愛子ちゃんの熱は25日夕方に下がったということで、公務より、病気の娘の世話より、自分の娯楽であるテニスを優先させる母親失格ぶりに多くのスレ住民が呆れ返る。 →【OWDQN】、【同日シリーズ】 |
| 2006年5月28日 | 雅子愛子母娘が恵比寿ウo○○o○ホテルからワンボックスカーで出てきたとの目撃情報、レストランビ○○ー○のランチ貸切とのこと。 |
| 2006年5月29-30日 | 幼稚園通園路に警官がいないとの四谷奥様情報。マスコミでは29日から通園再開とのこと。 |
| 2006年6月1日 | 幼稚園通園路に警官がいないと四谷奥様情報。この週について公式情報なし。 |
| 2006年6月8日 | 愛子ちゃんが熱か何かでお休みかもと四谷奥様情報。 |
| 2006年6月18日 | 皇太子学習院幼稚園父親参観日。傘をさしながらの父娘手繋ぎと、愛子の口ぴよぴよプップクプー表情画像が全世界配信される。 学習院幼稚園父親参観日で一緒に登園する皇太子と愛子ようつべ |
| 2006年6月22-23日 | 愛子風邪の症状で学習院幼稚園お休みと東宮大夫6/26公式発表(後日四谷奥様レスよりこの6月はお休みが多かったとのこと) |
| 2006年6月28日 | 読売新聞夕刊第2面読売コラム「愛子様の写真」にて、愛子が手を引かれて歩いている写真ばかりだと痛烈な指摘。 |
| 2006年7月1日 | 愛子、皇宮警察創立120周年記念作品展で2005年12月こどもの城で作った型押しタイル9枚(イタリア製の粘土)を出品。 ---------------------------------------------------------- 夜、皇居で両陛下主催の「ホタル鑑賞会」があり東宮一家と秋篠宮ご一家が出席。その帰り際に徳仁が両陛下に直接「葉山(静養で合流)の件ぜひよろしくお願いします」と、オランダ静養を前に円満仲良し演出を目論み唐突な依頼をするも、葉山静養予定についてはノムヒョン東宮大夫が事前根回しをしておかず、あわてて渡辺允侍従長に打診するも宮中オク方式の拒否回答の空気を読めなかったことから、陛下から「今回は……」と拒否返答。自分たちの目論見が失敗したことにより、その場にいた雅子は「顔色を変えて横を向かれてしまった」事件発生。両陛下の葉山ご静養予定は中止となる。≪週刊文春7/27号≫ |
| 2006年7月12日 | 『週刊新潮』7/20号が<笑わない「愛子さま」>記事掲載。 |
| 2006年7月13日 | 雅子と愛子代々木ポニー公園に皇宮警察・SPを引き連れ現れた姿を目撃される。雅子は群馬県行啓を、愛子は幼稚園を欠席。 |
| 2006年7月24日〜8月3日 | 東宮一家那須御用邸静養、移動ワゴン車内でお手振りはできた愛子ちゃんだが、那須塩原駅で雅子の呼びかけにも応えない・駅長挨拶にも反応しない・ぴよぴよ口遊び状態だった。那須テディベア美術館ショップで買い物籠いっぱいのお買い物再び、今回二千円と五千円札を愛子ちゃんが支払ったとTBSニュース報じる。8月3日帰京の那須塩原駅前で、ワゴン車からまたもや駅弁抱っこで移動をする。 |
| 2006年8月17日 | 東宮一家オランダ静養へ出発。愛子はずっと片手を引かれたまま歩き移動、話しかける母親雅子と目を合わせず、見送りの野村東宮大夫らにもご挨拶できず体クネクネはこれまでと同様。 皇太子一家オランダ旅行出発ようつべ 前日16日には出産を控えた秋篠宮妃紀子殿下が、前置胎盤に伴うリスク対策として愛育病院に入院されている。 |
| 2006年8月18日 | 皇太子一家とオランダ女王らと馬車庫での歓談光景が8分間公開される。4歳8ヶ月の愛子(2001年12月1日生まれ)は笑顔を見せるが左手は相変わらず雅子に掴まれたままでどうやって立っていられるのか不思議がられるほどの超クネクネポーズも見せる。2歳8ヶ月のアマリア王女(2003年12月7日生まれ)は手繋ぎなしでブーンと可愛らしい様子を披露。ちなみにTV番組にて愛子の足の大きさが「21cm」と報じられる。 また愛子のえへらえへらした感じの「笑顔」が異様だと話題に。雅子「ツボ押し」による、愛子ちゃんへの“笑顔でお手振り”指示疑惑がニュース画像・映像から高まる。 皇太子一家オランダ王室ご一家と馬車庫撮影映像ようつべ |
| 2006年8月23日 | 愛子が城の庭にて日本から持っていったピンクのフラフープで遊んだり、一家三人動物園でイグアナに興味を持った等と報じられる。 |
| 2006年8月24日 | 東宮一家、オランダ皇太子一家とサル公園へ。『女性自身』9/19号に<愛ちゃん・サル公園で遊んだね!−皇太子ご一家オランダでの「リラックスな休日」独占フォト>とのタイトルでカラーグラビアが掲載され、皇太子が愛子を肩車したと記事になる。 参考:『週刊ポスト』2006/9/15号<紀子妃「厳戒のご出産 高まる男児誕生への期待」と雅子妃「サル公園の笑顔」>記事 |
| 2006年8月25日 | 一家でハーグ小和田夫妻宅訪問し愛子を預け、夫妻は国際司法裁判所がある平和宮を訪問、ベアトリックス女王とマウリッツハウス美術館で絵画鑑賞、小和田夫妻宅で夕食を共にする。 |
| 2006年8月26日 | ベアトリクス女王ご自慢のヨットでのクルーズに東宮一家が招かれるものの、当日朝に雅子と愛子がドタキャン。 |
| 2006年8月31日 | 東宮一家オランダ訪問より「愛子さまを抱いた雅子さまが、宮内庁幹部らの出迎えを受けました」と抱っこ帰国報じられる。 |
| 2006年9月6日 | 雅子学習院幼稚園へ愛子登園に同伴。秋篠宮新親王誕生報道内で、英語仏語伊語の原語で歌を唄うとハープ奏者長澤真澄氏(外交官の娘で雅子と親しい)証言。この週6〜8日は順調に登園と四谷奥様情報。 |
| 2006年9月8日 | 雅子が子供の頃から好きな「世界の巨大恐竜博」見物に東宮夫妻揃って出かける。しかし同日あったブルネイ国王甥のアブドゥル・カウィ殿下との接見公務には雅子欠席。→【同日シリーズ】 |
| 2006年9月10日 | 一家で大相撲観戦。またもやご挨拶できず両親より先に着席。笑顔も出て大変楽しげな観戦だったが最後はクネクネ両手を引かれて退場。後日『週刊新潮』9/21号に貴賓席で肘付き・鼻糞ほじり白黒グラビア写真が掲載される。単に鼻をほじっていただけならともかく、すぐ隣にいる両親・徳仁と雅子どちらも注意する素振りを見せず。 皇太子一家大相撲観戦ようつべ(1) 皇太子一家大相撲観戦ようつべ(2) |
| 2006年9月11日 | 午後、東宮一家が東京都現代美術館「ディズニーアート展」鑑賞にお出かけ。≪週刊ポスト9/29号≫ 夕方、愛育病院へ秋篠宮親王誕生のお見舞い。愛子は手をつながれたまま皇太子の後ろに執拗に隠れる。ご挨拶は相変わらずできず。唇周りも涎のようなもので濡れている状態。建物に入る直前、いつもの無表情とは違い、激しく顔を歪めた嫌悪感を示すような表情を見せる。愛子の口から出た言葉には「やめろよ」「やめろお」の説がある。その表情の激しい変化に「チャッキー」なる表現が定着する。「カメラきらい」と必死にスレにて宣伝する工作員と思しき存在も。 →2006年9月11日東宮一家愛育病院にお見舞い映像【高解像度(HQ)版あり】[HQ]ボタンをクリックして、その隣の画面サイズボタンも押すと高解像度大画面で視聴できます。 ttp://www.youtube.com/watch?v=Q_dkZLxnBk8 東宮一家愛育お見舞いようつべ動画 |
| 2006年9月14日 | 『週刊新潮』9/21号、愛子の大相撲観戦時「肘つき」「鼻ほじり」光景を白黒グラビアで掲載発売。 |
| 2006年9月18日 | トンガ行き皇太子を東宮御所玄関前で雅子と見送り、両手をガッチリ繋がれ登場し強烈クネクネ。手のツボ押し指示かお手振り成功するも父が乗る車はシカト。 皇太子トンガ訪問出発雅子愛子見送りようつべ(1) 皇太子トンガ出発雅子愛子見送りようつべ(2) →見た人が皆ガクガクブルブル となったトンガ見送り光景・日テレにこにこアルバム動画。皇太子が乗った車を見送った直後からの愛子の足と雅子の引きつった表情に注目。この映像最後愛子の足の形から「シャネル足」という表現が誕生する。 |
| 2006年9月25日 | 元チッソ会長・母方祖父江頭豊氏死去について一家で小和田邸弔問。雅子がつないだ手を振りほどき皇太子の手を求める愛子。 |
| 2006年9月27日 | 元チッソ会長江頭豊葬儀に皇太子夫妻揃って出席。 |
| 2006年10月5日 | 東宮大夫定例会見(なぜか従来の金曜でなく木曜)で微熱など風邪のため2〜5日まで幼稚園を休み、7日が運動会と発表。 |
| 2006年10月8日 | 学習院幼稚園運動会。大玉ころがしのみ取材が許され、奥歯が見えるほど馬鹿笑いする夫妻の姿)がニュースで報じられる。 競技の前には「はとぽっぽ体操」があったのだが、それについては愛子ちゃんが遅れがち・立ったままぼーっとしていてついていけない様子だったと、後に複数雑誌が記事で触れる。 参考:『週刊文春』2006/10/19号・『女性自身』2007/3/20号 |
| 2006年10月13日 | 四谷奥様からいつもの場所に警官がいないと報告があったが、別スレで福迫女史が送ったとの情報齟齬発生。どうやら翌14日運動会へ行く光景をマスコミ撮影させる段取り練習するため、登園ルートが変わった可能性大。 |
| 2006年10月14日 | 幼稚園年少組も見学する初等科運動会。運動会◆kXechWajpM奥様により「先生がつきっきりでお世話」報告される。 『週刊ポスト』2006年11月10日号<ロイヤルファミリーで祝う「美智子皇后誕生会10.20」に おふたりの姿だけがなく……「愛子さまも欠席」で囁かれる雅子妃の覚悟>によると次の通り; 10月14日、秋篠宮家の二女・佳子さまが通う学習院初等科の運動会が開かれた。プログラムの中に幼稚園年長組による遊戯もあったため、愛子さまら年少組の園児も見学や応援に参加した。 保護者のひとりが語る。 「運動会での愛子さまの様子が他の園児たちと少し違って見えました。小学4年生の短距離走が行われた時、園児席の他の子供たちはきちんと座っていたのに、愛子さまを含めた3人の園児だけが立ち上がっていたんです」 雅子妃が保護者席に座っており、隣にいないため落ち着きをなくしているのではと受け取る保護者もいた。 |
| 2006年10月18日 | 埼玉県江南町に幼稚園遠足芋掘りに母娘参加。「フジテレビのスーパーニュースで今日の芋掘りイベントの映像見ましたが、全くもって普通の幼稚園児でした」と嘘報告する人物が当夜出現(心配スレPart38-168)。FNNスーパーニュースはヤフ動画・フジHPにニュース掲載されるがそれがなく、完全に大嘘確定。 『週刊ポスト』2006年11月10日号<ロイヤルファミリーで祝う「美智子皇后誕生会10.20」に おふたりの姿だけがなく……「愛子さまも欠席」で囁かれる雅子妃の覚悟>によると次の通り; 周囲にうまく溶け込めない様子は、18日の親子遠足でも見受けられた。 「雅子さまと愛子さまだけが他の園児や保護者から離れ、ふたりきりで芋掘りをしていました。他の子供たちは一緒にはしゃいでいたのに、なんだか寂しそうに見えました」(参加した保護者) |
| 2006年10月20日 | 美智子皇后陛下がお誕生日発表文書にて紀宮と秋篠宮家内親王の「着袴の儀」の思い出、また儀が予定されている愛子について触れる。 発表文書より引用:「敬宮は,背もすくすくと伸び,おさげ髪のよく似合う女の子になりました。今年はもう着袴(ちゃっこ)の儀を迎えます。男の子の着袴(ちゃっこ)姿もそうですが,女児の裳着(もぎ)の姿も本当に愛らしく,清子,眞子,佳子のそれぞれの裳着(もぎ)の姿や所作は,今も目に残っています。」 また当日夜の夕食会は雅子&愛子ともに欠席。愛子はドタキャン、理由は「(当日普通に登園したのだが)幼稚園での疲れが出たため」≪週刊ポスト11/10号≫ |
| 2006年10月21日 | テレ東番組「オヒョイさんのイタリアで金魚すくい」にて、イタリア・クレモナのバイオリン工房日本人職人による愛子へのバイオリンが紹介される。 2007年2月に“Strings”October 2003,No.113で、クレモナのTakashi Ishii(=石井高)という人物が愛子のヴァイオリンを製作中との記事が掲載されていたことが明らかとなった(ソース書込み)。 |
| 2006年11月1日 | 赤道ギニア国ヌゲマ大統領夫妻との懇談途中からは愛子も同席、会見後は一家で大統領夫妻を見送った。幼児を海外要人との公務に同席させるという非常識っぷり。 |
| 2006年11月7日 | 着袴の儀予行練習「習礼」。元々5日にやる予定が6日に延期と『週刊文春』11/30号報じる。再延期しての実施か。着付けはハクション大魔王さんと福迫女史と見られる。 また愛子の瞼に不自然な点が見られ、アイプチ使用疑惑が起こる。 |
| 2006年11月11日 | 着袴の儀当日。グンニャリお辞儀のようなものとお口を開けて舌レロレロ姿が動画・画像で配信される。また新しい優秀伝説も追加される。その中には「愛子さまは最近、補助輪が付けられた自転車の練習を東宮御所の庭で始め」も含まれる。 着袴の儀1(お昼のニュース)よつうべ 着袴の儀2(夕方ニュース)よつうべ |
| 2006年11月12日 | 夜ご一家集合で着袴の儀内宴。当日夜の内宴の様子について書いた友納尚子署名記事が、翌13日発売『週刊現代]』11/25号で掲載されるという摩訶不思議な事態発生。 |
| 2006年11月13日 | 日テレザ・ワイド「着袴の儀がこれほど大々的に取り上げられるのは異例」「それだけ注目されていたということなんでしょう」by有田芳生氏 仁クンは「背が高くなられたと思いますね」とだけコメント。 |
| 2006年11月17日 | 多摩動物園遠足。雅子は入り口まで付き添い、愛子は他の園児と手をつないで園内へ。口遊びする様子はこれまでと同様。『週刊文春』11/30号にて雅子が動物園売店で22,106円のお買い物をしたことが記事になる。 |
| 2006年11月24日 | 赤坂御用地で愛子誕生日発表用の映像を、代々木ポニー公園から白いポニー=ミルク牡16歳と他一頭+インストラクターを態々借りて撮影する。 |
| 2006年12月1日 | 愛子満5歳誕生日映像についてテレ朝ワイスク 皇室ジャーナリスト神田秀一氏「愛子さまのしぐさに皇族ならではのしぐさが見られるようになった、それは“時々取材カメラを見ること”」 週刊女性近重幸哉氏「(夫妻が揃いの)赤のタートルを着たのは白い馬にまたがる愛子さまを際立たせるための親としての配慮、オランダ静養から帰って来てから雅子さまは元気になったがでもすぐに公務完全復帰にはならない」 コメンテーター川村晃司氏「愛子さまが横に目線を移したりして何か知性が少しずつ感じられてきた」 日テレザ・ワイド仁クンは前日11/30秋篠宮誕生日で見せたにこやかさ・饒舌さとは打って変わって厳しい顔で一言もコメントせず。 |
| 2006年12月9日 | 雅子満43歳誕生日。公表された東宮一家3人手つなぎ画像から「愛子ちゃんのズボン後ろ前では?」との謎が発生する。 |
| 2006年12月11日 | ご一家集まっての正月発表用映像撮影と皇居夕餐会の予定だったが愛子の風邪を理由にキャンセルされる。幼稚園も11〜14日欠席。≪週刊文春&新潮12/21≫ |
| 2006年12月13日 | 宮内庁職員組合文化祭に愛子の工作として、色紙粘土に貝殻を嵌め込んだ写真立てと宝箱が出展される。ピンクの写真立てに入っている白百合の花の真ん中にとまったトンボの写真は愛子自身による撮影と記事発表。 |
| 2006年12月14日 | 11日から延期になっていた新年発表用映像撮影。その場に同席させる身分ではない福迫美樹子養育係(出仕)を愛子おむずかり対策で東宮夫妻が撮影会に連れてくることを強行し、天皇陛下ご自身に「もうしょうがないね」と言わしめた事件が発生する。 |
| 2006年12月18日 | 『週刊ポスト』2007年1月1・5日合併号「(愛子様は)お辞儀やご挨拶などにも消極的という指摘もされている」 |
| 2006年12月23日 | 天皇誕生日記者会見にて「愛子(“敬宮”の称号不使用)」「残念」「会う機会が少なく、話をしていない」との陛下の明確なお言葉が発表される。 午後、祝賀のご挨拶に上がる際には皇太子とハクションさんが愛子ちゃんに付き添い(雅子は一般参賀に2回出席したがこちらは欠席)、車内でお口が開きっぱなしの様子もニュース映像で配信された。 |
| 2006年12月25日 | 『週刊新潮』2007/01/04・11号「感覚過敏の様子が見られる、感情の表し方が不自然、機械的記憶力に優れている、幼稚園のお遊戯も他園児よりテンポがひとつずつ遅れている」と、完全に自閉症を匂わせる記事発表。 |
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その2(敬称略、2007年1月〜6月)
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その3(敬称略、2007年7月〜12月)
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その4(敬称略、2008年1月〜6月)
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その5(敬称略、2008年7月〜12月)
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その6(敬称略、2009年1月〜6月)
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その7(敬称略、2009年7月〜12月)
- 愛子の成長と雅子の静養の軌跡その8(敬称略、2010年1月〜6月)

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最後の二つの年が違っています。2007年でつ。
Posted by ばば 2007年01月30日(火) 09:53:00